第2話 迎え

文字数 1,257文字

 ぐっぐと雪が鳴る。

 先ほどから郷長の言ったとおりに、雪がちらちらと舞い始めている。これ以上ひどく積もれば本当に埋もれてしまう。

 頭目たるそなたがそれでは──

 情けない、と猿麻呂は白いため息をつく。郷長に追い出された後も里を回ってはみたのだが、猿麻呂の言葉に耳をかたむける者などいなかった。見える限りの家々を訪ねたものの、得られたのは古くなってぐらつく(くわ)が一本だけだった。

 どの土地に行っても怪しまれぬよう、身なりも見苦しくならぬよう気を配っているし、人相だって悪くはないはずだ。しかしあの里は形姿(なりすがた)が怪しいからではなく、よそ者だったから拒んだのである。そういう理由ならば、どうあがいてもしかたがない。理不尽なようでも里には里の都合がある。

「まあ、これだけでも手に入ったことで良しとしよう」

 手にある(くわ)を見ながら独りごち、ふと顔を上げると、何やら雪の中でうごめくものが目に入った。猿麻呂はぎょっとして思わず身構えたが、よく見ればそれは小さな菅笠(すげがさ)だった。その持ち主に思い至り、猿麻呂はあわてて駆けよる。

「猿麻呂!」
 ぐぐと雪を踏みしめる音に気付くと、白い息を吐きながら鳥彦が笑った。

「阿呆! お前、こんなところで何をしているんだ」
「迎えに来た」と言ったところで、鳥彦はようやく猿麻呂にたどり着き、ばふっと抱きついた。「また雪が降ったろう? 足跡が消えたら困るだろうと思って。でもずいぶん歩いたのにたどり着かないからどうしようかと思った」
「足跡が消えたからと言って、猿麻呂様がそうやすやすと迷うわけがなかろうが。まったくお前を迎えによこすとは……いや、お前、勝手に抜け出て来たな」

 猿麻呂がにらむと、鳥彦はしまったという顔しておずおずとうなずいた。猿麻呂はため息をつくと、阿呆、ともう一度言って鳥彦の頭にどすんとげんこつを落とす。
「お前は馬鹿犬か。こんなことなら首に縄をかけてつないでおくのだった。戻ったら刀自に叱ってもらわねばな」
 猿麻呂がにやりと歯を見せると、鳥彦は不満げに口をへの字に曲げた。

「一人のようだけど、どうだったんだよ」
「さっぱりだめだ。手に入ったのはこれだけ」
 猿麻呂は手に持っていた鍬を上げて見せた。
(くわ)?」
 鳥彦は思わず目を丸くする。
「何とでも言え。俺なりに努力はしたんだ」
「まだ何も言っていないよ」
 猿麻呂は眉間にしわをよせて、首の後ろをぼりぼりかいた。

「さて、また降ってきたようだし、さっさと戻ろう」
 ちゃんとついて来いよ、と言って猿麻呂は鳥彦の手を引いて、彼の作った細い細い道をたどっていった。

 二人とも冷えていて、手をつないでいても凍えるような冷たさは変わりない。党が宿っている所まではまだずいぶんとあったはずで、この調子であれば四刻(二時間)はかかりそうである。

 しかし音と呼べるほどの音もたてず、ひっそりと、しかし雨より確かな形を残して雪は降り積もる。さっき鳥彦が通ってきたはずの道をも埋め尽くすように、見上げる空は鈍色(にびいろ)ににごっている。まずいな、と猿麻呂は密かにつぶやいて眉をひそめる。
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