第7話 散楽

文字数 1,311文字

「昨日は、この里のほとんどの者が集まったと聞いていたが、お前は来なかったんだな」
 顔をのぞき込まれて鳥彦は、ぷい、と顔を背ける。
「散楽ぐらいいつでも見られる」
 猿麻呂は甘いなと意味ありげに笑む。
「そこいらのと一緒にしてもらっては困る。この猿麻呂(さまろ)様の散楽だぞ」
「弟たちが見せてくれた。我が舞は散楽に(あら)ず、とか何とか」

 鳥彦が憮然として言うと猿麻呂は大げさに咳払いをして「さてもさても」と帯に差していた(かわほり)を、ばら、と開いて両手を広げた。

「ここに舞いまするは(こまの)猿麻呂(さるまろ)。人はいざ、我が舞は散楽には(あら)ず。猿が歌舞にて猿楽(さるがく)と申す」

 見ると聞くとは大違い。弟たちの甲高い声が唱えるものとは全く違い、これから何が始まるのだろうかと自然に胸が高鳴る。が、その鳥彦の様子を見て猿麻呂は、にや、と福麻呂(さきまろ)がよくするような笑い方をした。そして、ばら、と音を立てて(かわほり)をたたんでしまった。
 なんだ見せてくれるわけではないのか、と鳥彦が肩を落とすと猿麻呂はしゃがんで鳥彦を見上げてきた。

「続きが見たいか?」
 問われて思わず鳥彦が目を輝かせると、猿麻呂はぷっと吹き出した。
「悪いが俺はこれを生業(なりわい)にしているんだ。ただで舞うわけにはいかん」
「……別に見たくない」
「ほう、そうかい。面白いのになぁ。猿麻呂の散楽には(みかど)でさえ腹がねじ切れるとばかりに笑うんだがなぁ。残念だ。まあ、何か持ってくれば見せてやらぬでもないんだが」

 猿麻呂がまた意地の悪い笑みを浮かべ、鳥彦は顔をしかめてそっぽを向いた。と、そこで、ごつ、と(にぶ)い音がして、見れば猿麻呂が頭を抱えて小さくうなっていた。その脇を見れば、先ほどまではなかった太い木ぎれが落ちている。

「いいかげんにしな。大人げない」
「このっ、刀自(とじ)!」

 涙目になりながら猿麻呂が叫んだ先には女がひとり立っていた。青擦(あおず)りの小袖をまとい、その袖先(そでさき)からはたくましい腕がのぞいている。歳は猿麻呂と同じく三十路前後と言ったところだろうか。やや厳めしい顔をしかめて猿麻呂をにらんでいる。

「何か事情があって見に来られなかったんだろう? けちくさいことを言っていないで、ちょっとぐらい見せておやりよ」
「ただで舞うなと言うのはお前じゃないか」
「こんな小さい子にまで言うことはないんだよ。この阿呆」

 刀自と呼ばれた女はずけずけと言い、腰に手を当てて、猿麻呂の前に立った。いつ猿麻呂が殴りかかるか、と鳥彦ははらはらしたが、猿麻呂は少しもそのようなそぶりは見せず、悔しげに唸った後大仰に舌打ちした。

「だから童は嫌いなんだよ」
 ぶつぶつ言いながらも、刀自が手で拍子を取り、歌い出すとそれに合わせて猿麻呂は舞い始めた。



 天人(あめひと)の作りし田の石田は いなゑ
 石田は (おの)()作れば
 かわゆらとゆらと鳴る
 石田は いなゑ
 石田は いなゑ



 腰の曲がった(おきな)が固すぎる田をあえぎあえぎ耕し、石を掘り当ててはよろよろと田の外へ捨てに行く。腰の痛さに顔をしかめ、石の重さに汗をぬぐって石を取り落とす。

 笑うものかと鳥彦はしばらくこらえていたが、そのしぐさの面白さに、ついには吹き出してしまった。


※「刀自(とじ)」は「女将(おかみ)」「おかみさん」ぐらいのニュアンスの、リーダー格の女性に対する呼び名です
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