最終話 おかえり

文字数 851文字

 二人は長い間土手から鳥彦たちを見送っていた。

 石を投げたり散々馬鹿にした者に名残惜しそうに見送られて、妙な感じがしたが悪くない。むしろ淋しいような気さえするのが鳥彦には不思議でならなかった。

──自分に意地悪をするものほど味方にしてしまえ

 意地悪をしてきた者を、猿麻呂は本当に味方に付けてしまった。猿麻呂にそういう意図があって鬼ごっこにおよんだのかどうかは、はなはだ疑問であるが、鳥彦はかなり感じ入ったようだった。

 前に砂をかけてきた男たちも、猿麻呂なら味方にできたのだろうか、と思って隣を見上げると、彼はまぬけに大口を開けてあくびをしていた。

「ああ、童の相手は骨が折れる。歩きながら眠れそうだ。今日は日暮れ前に眠ってやる」
 いまいましそうに言って、猿麻呂はまた無遠慮な大あくびをする。それに鳥彦はそう言えばと眉をよせた。
「妙に疲れているようだけれど、お前、どこに行っていたんだよ。そんなにあくびが出るようなことをしてきたのか?」
 猿麻呂の体が、ぎくりと強ばったのがわかった。

「いや、その、ちょっとそこまで……」
「三日も留守にしておいてちょっと? こっちはいろいろと大変だったんだぞ!」
「いろいろって何かあったのか?」

 問われて今度は鳥彦がしまったと口ごもる。

 その様子に、雨も降ったしな、と猿麻呂は密かに苦笑した。

 井ノ原であったことを話してやるべきだろうか、という思いが胸をかすめる。話してやれば雷を恐れずにすむようになるかもしれないし、うまくすれば井ノ原に戻してやることもできるかもしれない。

 そう言えば、鳥彦は帰りたいと言うだろうか……?

「猿麻呂」

 呼ばれて猿麻呂は危うく飛び上がるところだった。思うことが口から出ていたのかと、恐る恐るふり返ると、鳥彦は少しふくれて前を向いたまま、猿麻呂の左手の人差し指をにぎった。

「おかえり」
「おう」

 春ざれの野を行く二人の足も、どこか春風駘蕩。伸び始めた影法師が、ふわり、ふわりと、まだ若い緑をなでてゆく。


 大猿と小鳥の旅は、まだ始まったばかり。




- 了 -
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