第5話 土産話

文字数 883文字

***

「鳴り高し、鳴り高し。さてもさても、ここに舞いまするは(こまの)猿麻呂(さるまろ)。人はいざ、我が舞は散楽には(あら)ず。猿が歌舞(うたまい)にて猿楽(さるがく)と申す」

 ハタクモが大げさな身ぶりを加えながら、昼間見てきた散楽をまねて見せた。

「本当に面白かったよ鳥兄。あんなに変な舞は初めて見た」
「そうそう、気味の悪い(おきな)の舞。腰が折れて、こうやって、よいしょよいしょって」
 ノチセが腰をかがめてよろよろと歩くまねをすると、ハタクモは声を立てて笑った。

「へえ。そんなに面白かったの」
 鳥彦がつぶやくように言ったが、二人はまだけらけらと笑っていた。
「本当に良い俳優(わざおぎ)だったねえ。私もあんなに笑ったのは久しぶりだよ」
 母がハハカに乳をやりながら言う。
「母さまも一番だと思う? ああ、次もあの人が来てくれれば良いのに。鳥兄は見られなくて本当に残念だったね」
「……うん。次も同じ人が来れば良いなぁ」
 鳥彦はどうにか笑って見せたが、それをにやにやしながら見守っていた福麻呂と目が合い、思わず顔をしかめた。

「まことに残念残念。一人舞いも軽業もすごかったのに。もう次は来ぬだろうな。あの俳優(わざおぎ)は流れ者だって井隈(いのくま)のお(じじ)が言うていた」
「流れ者なら、どこへ行くか定まっているわけじゃないだろう。ここが気に入ればまた来るかもしれない」
「来ぬ来ぬ。流れ者は同じ所は二度と行かない。天地(あめつち)の果てまで流れて行くものなんだぞ」
 鳥彦が言葉につまると、母が「こら」と福麻呂の頭をこづいた。

「そんな意地悪ばかり言うんじゃないよ。かわいそうじゃないか。そんなことばかり言っているとハタタ神のところへやってしまうよ」
 母が鳥彦をふり返り、「ありがとうね」とやわらかく笑うと鳥彦はあわてて首をふった。

「ちぇー。いいよ別に。ハタクモ、猿楽ごっこしよう!」
 福麻呂が声をかけるとハタクモは「おお!」と声を上げ、さっそく鳴り高し鳴り高しと口まねを始めた。それにつられてソヨメもその輪に入る。


 鳥彦は何とも言えない心持ちがし、そっと出て行こうとすると、ノチセが袖を引き福麻呂に聞こえぬよう耳打ちした。

「あの俳優(わざおぎ)、もうしばらく井隈のお爺の所にいるらしいよ」
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