第9話 発覚と現実

文字数 6,774文字

「学校側の対応に、間違いはなかったのでしょうか!」
「生徒が自殺未遂したことについて、何か一言お願いします!」
校門の前に報道陣が詰めかける。
道行く生徒に声をかけ、インタビューを試みる記者達、門の前の教師に我先にと詰め寄る記者達。
どこにでもある普通の高校が一気に、世間に広まっていく。
「午後に校長、および教育委員会の方から記者会見をさせていただきますので、生徒へのご質問はお控えください。」
声の限りに何度も記者達に呼びかけるが、一向に聞こうとしない。
急遽、休校となった学校には幾人かの生徒が登校しており、帰宅を促したが、門を出れば記者達に囲まれるといった状態に、教師総出で対応せざるを得なくなった。
やっと全ての生徒が帰って、門を閉め切ると今度は電話の嵐だ。
ニュースで生徒の自殺未遂が報道されると、他の生徒の親、マスコミ、誹謗中傷、悪戯の電話の対応に追われた。
「なんだって自殺未遂なんか。まだ話し合いも始まったばっかりだったていうのに。」
高垣霞の担任、小山は電話を置きながら、困り果てていた。
3日前の夜、霞の親からの電話で霞が川に落ち、幸運にも近くでランニングしていた男性に助けられ、病院に運ばれたことを知った。
警察は事故、事件、自殺の可能性を視野に捜査を始めたが、河川敷に置いてあった靴とスマホに残された遺書から自殺と断定した。
当初、この問題は学内と教育委員会、霞の家族などその関係者で話を進め、内々に終わるはずだった。
だが、ネットに書き込みが相次ぎ、問題が公になったのが昨日。そしてこの騒ぎである。
霞が残した遺書も読ませてもらった。遠野達が行ってきたことの大半は知らないことばかりだった。
それでも、学校側は写真の事件があってから、個別の面談も予定していたし、保護者達にも話をする予定だった。全てがこれからだった。
本人から話を聞こうにも、霞はまだ意識を取り戻してはいない。
「小山先生、校長がお呼びです。」
どこからともなく、呼び声がかかる。鳴り続けている電話を無視して、校長室へと向かった。

校長室には教育委員会のお偉いさんであろう人物が2名と、小林先生、山崎先生がすでに座っていた。
「とにかく、記者会見を行った後、保護者説明会も必要になるでしょう。」
こちらには目もくれず、話し続けている。
そっと空いている席に腰掛け、話の続きを聞く事にした。
「現状で分かっている範囲でかまいません、どういう経緯で学校側がどう対処していたのか、正直にお話ください。隠していること、嘘をついていることも全てです。こちら側はそれを聞いてどう対処するか考えなくてはなりませんので」
冷ややかに皆を一瞥する。
校長は写真の件やそれに対して行ったこと、保護者を呼んで話し合った内容やこれから行うはずだった事を掻い摘まんでではあるが、一通り話をした。
「小山先生・・・でしたか?高垣霞さんの担任で間違いないですか?」
「はい、私が担任をしておりました。」
「高垣さんの遺書には、前々から嫌がらせ・・・というかいじめのような物があったという風に書かれていましたが、その事実をご存じでしたか?」
「・・・・・いじめとは、把握しておりませんでした。いつも一人でいることは薄々気付いてはいましたが、一人を好む生徒もおりますので、そこまで深くは考えていなかったと思います。」
相談やそれらしい報告は受けたことはない。自分で確かめたこともないが・・・
「では、一人でいつもいたことは、知っていたのですね?」
「・・・・はい。」
「では、クラスでSNSのグループを作っていたことは?」
「それは、知りませんでした。」
知っているはずもない。そこで教師への不満や悪口を言う場でもある。わざわざ教師に報告することもしないだろう。
「今回の事件は未遂とは言え、いじめが原因の自殺だと各局が放送し始めています。しかし、遺書を拝見する限り、自殺に走らせたのは、高垣さんの祖母にも責任があるようにもとれますが、いかがですか?」
「それはどういう意味ですか!」
それまで黙って座っていた小林先生が声を上げて立ち上がる。
「どういう意味とは?」
「今の言い方では、学校側には殆ど責任がないように聞こえます。いじめがあったのは事実ですし、証拠もあるのに、それでは高垣さんが死ぬ思いで伝えたいじめの実態をすり替えてしまいます。」
「しかし、実際に担任の小山先生だって気づかないような事ですよ。相談や報告があって放置していたのならこちらの責任でしょう。事実、こちらが知っているいじめに関しては、適切に対処しようとされていたわけですから。」
冷静に応えるその委員の眼鏡の奥は、さらに冷たい。
「とにかく、こちら側は、やれる事はやったという事で記者会見は進めます。もちろん、加害者側の生徒達には厳罰が必要となるでしょう。高垣さんの親御さんが告訴でもすれば、さらに問題は大きくなる。その覚悟はしておいた方がいいでしょう。ならば学校側としては、知らなかった事実と、知っている事実を伝える事で十分です。」
「・・・・・・」
まだ何か言いたそうだったが、小林先生は黙ったまま席に着いた。
「今いる生徒を守る事も私たちの仕事です。そこはご理解ください。」
後は記者会見で話す内容や、質疑応答にそれぞれがどう答えるか、答えられない場合はどうするかなどの細かい打ち合わせが始まった。
午後になると、多くの報道陣が体育館に集まる。こんな不名誉なことで自分が画面に映るのかと思うと情けなくなった。
1時間を予定して行われた記者会見は30分以上オーバーし、納得しないマスコミを振り切る形で終了となった。
終わった途端、体から力が抜け、どっと疲れが襲ってきた。自分が質問された内容もよく思い出せない始末だった。自分の席に座ると、頭を抱えたまま、しばらく動けなかった。
職員室の電話は相変わらず鳴り止まず、教師達はその対応にもう疲れ切っていた。
保護者説明会は明日の夜7時から行うことが決まり、高校は明日も臨時休校となった。
加害者になった生徒達の所には明日の午前中に他の担任達と一緒に会いに行く事になっている。
もともと3人は仲も良く、今まで問題を起こしたことはない。模範生といっても良いだろう。3日前までは。
高垣の遺書に書かれた3人への恨み言は尋常ではなかった。
未だにあの3人が行ったことが、何かの間違いか勘違いではないかという気もしている。
しかし、スマホに写っていた3人には悪びれもなく、楽しそうですらあった。
気づかなかった自分が愚かなのか、彼女たちが狡猾だったのか。
その日結局、家へ帰れたのは夜半過ぎてからだった。


次の日、小山は他の2人の教師と遠野、江森、吉田の家へと訪問した。
始めに行ったのは遠野の家だった。住宅街に建つ家は周りの家の何倍もありそうだ。
インターホンを鳴らすと、エプロンを着けた中年の女性がリビングへと案内をしてくれた。
そこのソファーに腰掛けて、美央と母親を待った。
調度品も価値のある物なのだろうが、小山にはその価値が分からなかった。
しばらくすると、スマホを片手に美央がやってきた。遅れて母親もソファーに腰を下ろす。
「遠野さん、高垣さんのことはもう知っているね?」
そう質問すると、スマホから視線を外すことなく、
「はい。」
と答えた。そこには小山の知らない美央の姿が映る。
「スマホを置いて話をしてくれないか?」
そう促すと、渋い顔をしながら、スマホを机に置いた。
「何が聞きたいんですか?」
足を組み、前のめりで小山達に切り返す。
「高垣さんの遺書は読んだのか?あそこに書いてあったことは事実なのか?」
美央の担任の佐々木先生が質問する。
「だから、嫌だったのに。陽菜が余計なことするから。めんどくさい。」
ふてくされたように答える。
教師は全員で顔を見合わせる。学校にいるときの美央とは全く違う。
「そう。多少違うこともあるけど、やりました。これでいい?」
母親はそんな美央に何も言わない。
「これでいいって、反省はしてないのか?」
「霞がそこまで追い込まれてるとは思ってなかったし、写真アップしたのは私じゃないし。しかも、別に私だけじゃないでしょ?悪口言ってたの。確かに、制服切っちゃったのは、やりすぎたなって思うけど。そもそも、霞が暗いからクラスになじめなかったんじゃん。それは私らのせいじゃないし。別に殴ったりしたこともないし。」
全く反省は感じられない。自分たちがしたことを、まるで正当だと言わんばかりだった。
「確かに暴力は振るってはいない。しかし、遠野。これはもう事件なんだよ。警察が介入している。遠野達が高垣にやったことは、犯罪だ。分かるか?高垣の親御さんが訴えたら、3人は少年法で裁かれることになる。」
・・・・・・・・
「少年法って、たかが子供の喧嘩みたいな物でしょ?暴力も振るって無いのになんでうちの子が裁かれるの?」
「お母さん、いじめは暴力をふるったかどうかではないんです。美央さんは制服を切っている。器物破損、脅迫行為にあたります。無理矢理、部屋へ連れ込んだのも下手をすれば監禁です。細かいことは省きますが、とにかく、ただの喧嘩では済まないでしょう。」
「賠償金を払えば良いんですか?高垣さんの治療費もこちらで持ちます。美央が犯罪者だなんて、学校側はそれでいいんですか!」
親が親なら・・・・か。
「高垣は今も意識が戻らず、危険な状態です。お金では解決出来ない問題なのですよ。警察が明日にも事情を聞きに来ると思います。まずはやったことの反省をするべきです。」
・・・・・・・・・・・
それ以上、遠野親子は何も言わなかった。明日の保護者会では名前は伏せるが、いじめの実態については話さなくてはならないという旨を伝えて、遠野宅を後にした。
教師達は終始無言で、次の江森宅までは重苦しい空気だけが車内に充満していた。
江森の家に着くと、憔悴しきった母親と、泣きはらした目をした陽菜が待っていた。
普通はこうだよな・・・と思いつつ、案内された席へ着く。
「江森さん、高垣さんの事はもう知っているね?」
遠野に話した内容とほぼ同じ質問をした。
陽菜はうつむいたまま、首だけを振りながら質問に答えていく。
「自分がやったことの重大さは分かってるな?」
首が下へ動く。その間もずっと泣きっぱなしだった。
「なんでこんなことをしたのか、教えてくれるか?」
佐々木先生がそう質問すると、ようやく口を開いた。
「理由は・・・・分かりません。ただ、霞が皆に悪口言われてて、ノリの様な感覚でした。それがエスカレートしたというか、3人でいるときは、何だか自分が強くなった気がして・・・」
母親は娘の肩を抱き、一緒になって泣いている。
「警察が介入した限り、事件として扱われる可能性もある。今はとにかく自分のしたことを反省しなければいけない。」
「私逮捕されるんですか?」
「高垣の親御さんが告訴すれば、その可能性もある。」
場がシンとなる。ここまでのことになるとは思いもしなかっただろう。狡猾に隠したいじめも、バレてしまったその後のことまでは考えてもいなかったのだろう。そういう所はまだ子供なのだ。
これが普通の反応だろうに。と小山は思った。やってしまった事の重大さに気づいて怯え、考える。
でも遠野は・・・・
どうしてもあの開き直った態度の遠野が頭をよぎって仕方がない。
一通りの確認と説明を済ませ、最後に吉田の家へ訪問するため、車へ戻る。
他の教師達の顔色も段々と悪くなっていく。
「少し、休憩しませんか?」
佐々木先生は自動販売機を指さし、休憩を促した。
確かに、異様に喉が渇く。各家で飲み物を出されたが、誰も手にしなかった。
「そうですね。少し休みましょう。」
小山も同意した。
それぞれ飲み物を買い、駐車した車の中でそれを飲みながら、一息つく。
信じていた生徒が、いじめを行っていただけでもショックは大きな物だった。その事実を確認する作業はなんとも言いがたい気持ちになる。
「遠野が、あんな子だったとは・・・・」
佐々木先生がぽつりと漏らす。やはりそのことが一番ショックだったのだろう。
肩を落とす佐々木先生を、吉田の担任の川本先生がその肩をたたいて励ます。
これまで小山と川本先生は聞き役に回っていた。自分の受け持ちではない事もあるが、担任の方が生徒も話しやすいだろうという考えもあった。
次に行くのは川本先生が受け持つ吉田の家だ。生徒2人の姿を見て、他人事には思えないのだろう。
小山もいずれ、高垣が目覚めれば話を聞きに行かなくてはならない。
加害者と被害者の立場が違うとはいえ、いじめに気がつかなかった、いや、気づこうともしなかった自分が高垣にあれこれ質問する事を考えるだけでも、辛い。
「そろそろ、行きますか。」
川本先生はそう言って車のエンジンをかけた。

吉田の家は江森の家から近く。10分かからない時間で到着した。
隣で大きく深呼吸する川本先生を見ながら、インターホンを押すと、両親そろって出迎えられた。
莉子の姿はない。
「すいませんが、莉子さんは?」
川本先生が聞くと、母親が小さな声で
「部屋から出てこないんです。誰にも会いたくないと・・・」
「このたびは、娘が飛んだご迷惑をおかけいたしました。なんと言って良いのか分かりませんが、親として恥ずかしい限りです。」
母親の言葉に間髪入れず、父親が頭を下げる。
「いえ。謝るのは私たちではなく、高垣さんにお願いします。」
川本先生がそういって、父親の頭を上げさせる。
「もちろん、先方にも出向くつもりではおりますが、この騒ぎの中、病院へ行っても良いものかと思案しておりました。」
「莉子さんに少しでもお話出来ませんか?」
そう言うと母親が2階へと上がっていく。莉子の部屋が2階あるのだろう。
「莉子は自分がいじめていたことを話してくれました。私も始めは信じられない思いでした。まさか自分の娘が人を傷つけていたなんて。しかも母親も学校に呼び出されたことを、私には内緒にしていたもので。」
親としては信じたくないだろう。父親はそれでなくても娘との時間が少ないであろう。
「すいません。やはり莉子は会いたくないそうです。」
二階から降りてきた母親が言う。仕方なく川本先生は両親に質問をした。
「娘さんから話を聞いたとおっしゃいましたが、いじめていた事は認めているのですね?」
「はい。いじめに加担したことは認めていました。皆がやってるから自分もやって大丈夫だろうと軽い気持ちだったと。高垣さんがあのようなことになって、かなりショックを受けたようで。」
「警察が介入していますので、事情を聞きに来るかと思います。告訴もあり得るかもしれません。こちらとしても、証拠がある限り、原因や内容を把握しなくてはならないことはご理解ください。」
「理解・・・しております。正直、あんなことをしてしまった子供でも私たちにとっては大切な娘です。どこで間違ったのか・・・・」
父親はそれきり黙ってしまった。
莉子に話が聞けないのでは、これ以上ここで話をしていても仕方ないので、小山達は早々に家を出た。
三者三様だった。
学校までの道のりは長く重く感じた。帰ったら、保護者説明会の為の会議が待っている。
三人ともため息が止まらなかった。

保護者説明会には多くの保護者が集まり、批難や怒号が飛び交う。
説明した内容では、満足してもらえず、学校の責任問題や加害者への処分まで話は及んだ。
どんなに説明したところで、全員の納得は得られない。
そして、自分たちの子供が傍観者として、いじめに加担していたことなど、思ってもいないだろう。
しかしそれは、責められない。自分たちがいじめられる立場になりたくないのは誰でも同じだ。
ひたすら、頭を下げ、説明し、また頭を下げる。その繰り返しだ。
その日、夜遅くまで説明会は続いた。


それから2ヶ月後、高垣は目を覚まし、退院して自宅療養するまでに回復した。
高垣の母は、3人を告訴し、それぞれ家庭裁判所での判決を待っている。
名誉毀損、器物損壊、脅迫などの罪に問われた3人は、学校からも退学処分となった。
軽い気持ちでやってしまった事が、自分たちの将来をも傷つけてしまったのだ。
ネットでは3人の名前や住所などが公開され、公開した人間も逮捕された。
いわば公開処刑である。
それぞれの家は落書きや悪戯が相次ぎ、そこでも逮捕者が出る。
このいじめ事件だけで何人もの人間が逮捕された。
2ヶ月経って、ようやく学校も元の落ち着きを取り戻しつつあった。



判決 遠野美央  紫苑刑2日 その後少年法に基づき処罰の決定を行う。
    江森陽菜  紫苑刑2日 その後少年法に基づき処罰の決定を行う。
    吉田莉子  紫苑刑2日 その後少年法に基づき処罰の決定を行う。
 3人に紫苑刑が下ったのは、高垣が目覚めて3ヶ月後のことだった。
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