第5話 <0日>坂本達樹

文字数 2,333文字

「ゴホゴホッ」
息苦しさと混乱の中で目が覚めた。
白い天井に明るい部屋。
「オカエリナサイ。坂本達樹サン」
急に声がして、体がビクッと飛び上がった。
何が起きた。ここはどこだ。
「ココハ、紫苑刑の執行場デス。」
紫苑刑?
「ドウデシタカ、会田愛菜サンノ記憶ノナカハ」
ああそうだ、俺は今まであいつだった。夢だったのか?
そっと自分の肌やお腹に手を当ててみるが、痛みはない。今さっきまで現実に痛かった場所には、何の痕跡も残っていなかった。
やけにリアルな夢だった。俺が俺に蹴られていた?
「イイエ、アナタハ今ノ今マデ、愛菜サンデシタ」
「お前、さっきから何言ってんの?てかお前なんだよ!」
「ワタシハSHION107。会田愛菜サンノ記憶ヲ保管シ、ソノ感覚ヤ思イヲ伝エルコトガデキマス」
意味が分からない。俺があいつの記憶の中にいたという事か?
「ソウデス。アナタハ会田愛菜トシテ、アナタガ行ッタ暴力ノ痛ミヤ苦シミヲソノ身デ体験シタノデス」
こいつ何でさっきから俺の思ってることが分かるんだ?意味分かんねぇ・・・
「ワタシハAIデス。ワタシトアナタノ脳ハ繋ガッテイマス。思考ヲ読ムコトクライ簡単デス。」
「勝手に思考を読むなよ。大体、なんで俺があいつの痛みを感じなきゃいけねーの?母親だって殴ってたじゃねーか。」
俺は母親の代わりに躾てやっただけだ。
体中に貼り付けられた管が鬱陶しいと感じて取ろうとするが、上手く外れない。
「愛菜サンニナッテ、ソノ身デ痛ミヲ感ジテモ、何モ思ワナイノデスカ?」
「そりゃ、痛いし、辛いし、しんどかったけど、そんなのみんな我慢して通る道じゃねーの?」
俺だって親父に何度も殴られてきた。出来損ないとさげすまれて、ご飯もろくに食わせてもらえない日だってあった。子供はそうやって強く育てる物だ。少なくとも俺はそう育った。
「アナタハ自分ガヤッタコトガ正シイト思ッテイルノデスカ?オ父サンハ正シカッタト?」
正しいか?そんなこと考えたこともない。言うこと聞かないから、体に教えただけだ。
「無抵抗ナ子供ヲ殴ッテ、楽シカッタデスカ?優越感ガ得ラレマシタカ?」
楽しいとか楽しくないとかではない。優越感?正直、自分が気に入らないと殴ったこともある。そもそも、自分の子供でもないのに、なんで俺が罰せられてるんだ?
「デハ、自分ノ子供ナラ殴ッテ、罰ヲ与エテモイイト?」
「元々は母親が殴ってたんだから、主犯は母親だろ?俺はそれに便乗しただけだし。確かにやり過ぎたかなとは思うけど、なんで俺があいつと同じ目にあわなくちゃいけないんだよ。」
「ツマリ、反省ハシナイノデスカ?」
「いや、だからやり過ぎたとは思ってるよ。確かにいきすぎたなぁとはちゃんと思ってるし、あいつにもひどいことしたなとも思ってるけど・・」
「思ッテルケドナンデスカ?」
だんだんめんどうになってきた。機械的なこの声にもイライラする。勝手に思考を読まれるのも腹が立つ。
頭に血が上って腕に付いている管を勢いと力任せで一気に力一杯引き抜いた。
皮膚が裂けた痛みとともに血管を傷つけたのか、そこら中に血がまき散らされる。
頭に付いている電極らしき物に手を触れた瞬間、突然、耳をつんざく警報音が鳴り響く。
その途端、白衣を着た男と警察官らしい男2人が飛び込んでくる。
そして体を押さえつけられ、ベッドにくくりつけられた。
医者らしき男は、その場で腕の出血箇所の処置を始める。
あのいけ好かない声は黙ったままだった。
「ここから出せよ。もう刑はうけただろ」
「ナゼコノ刑ヲ受ケタカ、ワカッテイナイヨウデスネ。ココハアナタノ量刑ヲ決メル場デモアルノデス。アナタノ態度1ツ、言動1ツデアナタノ今後ガ決マルノデス。モウ遅いデスガ」
また声が響いた。
これだけで終わりじゃないのか?そういえば裁判で、紫苑刑の後、量刑が決まるとか何とか・・・・
今度は血の気がひいた。今まで何度も反省しないのかと聞かれたのはそういうことか・・・
「いや、待ってくれ、反省はしてる。悪いことしたと思ってる。でも、俺も同じように育てられたんだ。だから子供を殴っても、それが躾だと思ったんだ。この通り、本当に反省してます。」
ベッドの上でもがきながら、必死に反省の言葉を述べる。
「アナタガ、サレタコトダカラ、愛菜サンニシテモ良イ事ダト思ッタノデスネ?」
「違う、そうじゃない、いやそうだけど、今はちゃんといけないことだと理解したから!」
今までの態度とはうって変わって、ひたすらに反省の言葉を述べる。
「アナタガ目覚メテカラノ言動ハ、スデニ裁判官ニモ伝ワッテイマス。モウ手遅レナノデスヨ。」
一瞬言葉を失った。なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!
「先ほど、会田愛穂サンノ刑ハ確定シマシタ。次はアナタノ番デス。」
「こんなの卑怯だろ!勝手に人の頭つついて、混乱してる所に質問ぶつけるなんて!不公平だろうが。俺の言い分も聞けよ!」
「裁判デアナタノ言い分ハ充分ニ聞イテイマス、ソノ上デコノ刑ガ執行サレタノデスヨ。」
「不公平ダト言イマシタガ、アナタハ、愛菜サンニ公平ダッタノデスカ?言イ分ヲ聞イタコトガ、アルノデスカ?」
白い壁の扉が再び開いて、さらに2名の警察官が入ってくる。
医者が、管を一本ずつ外し、最後に頭に付いていた電極が外される。
「待ってくれ、ちゃんと話をきいてくれ」
そう叫んでみたが、もう二度とあの声は聞こえなかった。
ただベッドが運ばれていく駒の音と罵声だけがその場に響いていた。


坂本達樹 暴行および傷害 懲役6年4ヶ月以上 執行猶予 なし
紫苑の刑により反省を促したが、途中妨害により中断、反省の色は見られず。
以上の点を考慮し6年4ヶ月以上の不定期刑に処す。
控訴は即日行われたが、裁判所はこれを棄却。坂本の刑は確定した。
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