第4話<3日-1>

文字数 2,731文字

朝7時。店長に理由を話し、今日1日有給をもらうことにした。
昨日話をしていたおかげで、店長も心配しながら休む事を快く承諾してくれた。
梨沙と一緒に朝食を取る。食欲はなかったが、梨沙が用意してくれたので、少しだけ手をつけた。
コーヒーを飲んでいるところへ、勤務を終えた涼が駆けつけた。
あらかたの話は梨沙から伝わっていたようで、私の落ち着いた姿を見て、ほっとした表情を見せた。
「いつからこの絵が送られてきてたんだ?」
椅子に座るなり、前のめり気味に、ジップロックに入れられたオフィーリアを指さして聞かれた。
「1週間くらい前・・・かな。最初はSNSのコメントに貼り付けられてて。でも悪戯だと思ったし、まさか家まで送ってくるとは思わなくて。」
「つけられてる気がするって相手は見たのか?」
「ううん。振り向いてもいつも・・・誰もいない。だから気のせい・・・だと思って。」
「それはいつ頃から?」
まるで私が聴取を受けているような気分になる。矢継ぎ早に質問攻めにされて、少し戸惑う。
「兄さん、そんなに一気に質問したら瑞季さんが困るから!」
梨沙が私の様子で察してくれたらしく、涼の質問に割って入る。
「あっ・・・ごめん・・・つい。」
梨沙の言葉に、涼は椅子に座り直して大きく吐いた。
「コーヒーでも飲んでゆっくり話したら。」
涼に入れたコーヒーを顎でさしながら梨沙が促す。
それに従うように涼は一口、コーヒーを飲み込む。そしてテーブルの前で手を組むと、
「で、いつからつけられてる気がしてる?」
「5日位まえ?はっきりとは分からない。ごめん」
つけられている気配なんて、気にしなければ気づかなかったかもしれない。
視線だって、気にしなければ気づかない。その程度の物で、明確なものは何一つ無い。
もしかしたら、もっと前からつけられていたかもしれないし、見られていたかもしれない。
「別に謝ることじゃない。まぁ絵だけじゃ悪戯だと思っても仕方ないしな。でももう状況が違う。明らかに同じ人間が送ってきている。という事は何らかの意味があるはず・・・・」
そう言ったきり、オフィーリアを見て黙り込んでしまった。
よく推理小説やドラマで犯人が自分の犯行の印として、カードやサインを残すという物があるが、私はまだ生きているし、そんな大層な事件に巻き込まれる覚えもない。
「似たような事件とか起きてないの?この辺りで。」
梨沙が沈黙を破る。
「さぁ・・・俺、今交通課の人間だしな。・・・・・聞いてみるのも手かもな。似たような事件があれば、対処も簡単だろう。」
そう言って電話をかけながら、私の寝室へと入っていった。
梨沙はスマホをつつきながら、コーヒーをまだ飲んでいる。
「梨沙、大学はいいの?」
ふと気がついて梨沙に声をかけた。
「今日は講義無いから大丈夫。帰ったら寝るし、心配しないで。瑞季さんこそ寝てないのに大丈夫?」
「私は、大丈夫。」
結局、昨日は一睡も出来ず朝を迎えた。梨沙はそれに付き合って、やはり一睡もしていない。
しかし、眠気はない。神経が興奮しているのか、全く眠気は起きなかった。
スマホに視線を戻した梨沙は、何かを真剣に眺めている。
時々、送られてきたオフィーリアを見ながら、また視線を戻す。
私はその様子を見ながら、大事になったなと感じていた。今更だが、なんであんなに怖くなったのか・・・
冷静になれば、そこまで怖がることでもなかったのかもしれない。急いで涼に連絡しなくても、仕事が終わった涼にだけ相談すれば良かったのに・・・・
「似た事件は、無かったよ。そういう迷惑行為の通報は皆無。」
そう言いながら戻ってきた涼に梨沙が慌てて駆け寄っていく。
「兄さん、これみて!微妙に違うの、分かる!」
スマホを兄に突きつけながら、梨沙が興奮気味に話す。
「何、何、ちょっ待て、待てって。意味が分からない!」
近すぎる画面を離しながら、梨沙も遠ざける。
それでも梨沙は興奮が収まらず、机の上のオフィーリアを持って兄の元へ駆け寄ると、
「とにかく見てってば!」
そう言って兄にスマホと絵はがきを突きつける。
やっと涼がその二つを受け取ると、怪訝な顔をしながらそれを見比べている。
私は蚊帳の外で、何が何だか分からないまま、二人のやりとりを見ていた。
「何が違うんだ?違ったとしてなんだ?」
涼が頭を抱えながら、梨沙に向き直る。
「兄さん、それでも警官ですか!よく見て。スマホのは本物のオフィーリア、このはがきのオフィーリアと少しずつ違う部分があるの!この花の色とか、ここの縁の描き方とか!よーくみて!」
そう言われて、涼は目を細めながら両方を見比べている。
「あぁ言われてみれば、確かに違うな・・・・でもだから?」
「もう!つまりこのハガキのオフィーリアは偽物。模写したって事でしょ?つまりコレを描いた人がいるって事でしょ!」
「だから、何が言いたい!」
「えっ・・・だから、コレは偽物で・・・・あれ?」
私は何を見せられているのだろう。私の話のはずなのに、兄弟げんかが始まってしまった。
梨沙は自分の言いたいことが分からなくなったらしく、そこで会話が止まる。
「本物でも偽物でも、とにかく何かしらの意図があるって事だけは確かだ。かといって、今すぐに命の危険がある訳では無い・・・となると、とりあえず警察に行って被害届だけは出した方がいい。今までの事も話して、迷惑行為として届けを出しておこう。後をつけられてる事がはっきりすれば、ストーカー被害としても扱えるだろう。とにかく、ここにいるのは良くない。警察行った後は俺の家に行こう。」
「確かに、その方がいいね。瑞季さん、兄さんの家に落ち着くまで行った方がいいよ。その方が私も安心できるし。」
「えっと・・・・」
2人の会話について行けず、置いてけぼりを食らったかのような状態で返事に詰まる。
今の会話が何だったのかはなんとなく察しはつくが、急展開に頭が付いていかない。
「瑞季は身の回りのいる物を用意して・・・とりあえず1週間もあれば何とかなるだろ。梨沙、送っていくから。その恰好じゃ外歩けないだろ。」
どんどん話が進んでいく。
私は言われるがまま、キャリーバッグに必要な物を詰める。
「用意出来たか?」
バッグに入れ終わったと思ったら、涼にバッグを取られ、そのまま玄関へ運ばれた。
梨沙はもう玄関先で靴を履いて待ち構えていた。
言われるがまま、とりあえず家を出て涼の車で梨沙を送った後、近くの警察署に着いた。
「ねぇ、ちょっと待って。私の頭が混乱して、まだ今の状況を把握できてないんだけど、本当にこんなことで警察に相談するの?」
「警察にはちゃんと被害届を出しておこう。何かあってからじゃ遅い。」
そう言うと、そそくさと車から降りていく。仕方なく私もその後をついていった。
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