第3話 <2日-3>

文字数 2,328文字

美央達に連れて行かれたのは、今は使われていない運動部の部室らしき場所だった。
一応、南京錠は付いているが壊れて、その役割を放棄している。
中に入れられると、誇りにまみれて、なんだかかび臭い匂いが鼻をつく。
何もなくコンクリートがむき出しの床が広がっているだけ。
そんなに広くはないが、ドアを閉めてしまえば、中の様子は外から見えず薄暗い。
ここで少し恐怖を感じた。
「まさか閉じ込める気?」
「そんなことしても、全く面白くないじゃん。」
と美央が笑いながら取り出したのは、大きめのはさみだった。ドアの前には莉子が立ち、行く手を阻んでいる。
今まで、言葉の暴力は受けてきたが、さすがに身の危険を感じたことはなかった。
これはやばい。と私の心が叫ぶ。
これから行われるかもしれないことが走馬灯のごとく頭を駆け巡る。
さすがに殺しはしないだろうが、傷つけることぐらいはされるかもしれない。
それともただの脅し?
はさみの刃先から目が離せない。
美央の行動の先が読めず、ズルズルと足を後方へずらしていく。
それに応じるように美央は前へ進んでくる。
何歩か後ろへ下がったとき、トンっと踵が壁に当たる。
行き止まり・・・
仕方なく、横へずれようとしたとき、そこに陽菜が立っていた。
行き場のない状態に息をのむ。
「さっきの謝り方、納得できないんですけどぉ」
陽菜が耳元で話しかけてくる。温かい息が耳にかかって不快だ。
「どうあやまってもらおうかなぁ」
美央が刃先を触りながらこちらをにらむ。
また1歩前へ寄ってくると、ジャリッと言う音とともに、制服のリボンが切られた。リボンが床に落ちる。
「制服買うお金はあるのかなぁ」
冷ややかに笑うその顔は綺麗が故に恐ろしい。
血の気がひいていくのが分かるほど、体中に鳥肌が立つ。
今までに感じたことのない恐怖だった。
反射的に叫んだ。
「やめて。謝るから。土下座でも何でもするから」
「今更じゃない?さっきまで強気だったくせに、制服は惜しいんだ。」
その場から逃げようと、首を振り身を翻すが陽菜に捉まり、上手く動けない。
こわい!こわい!いやだ!
莉子は入り口でスマホをいじりながら、横目でその様子を見ている。
窓はあるにはあるが、外から格子がされているので、出られない。
「誰か!誰かたすけて!」
今出る精一杯の声で叫んでみる。その口を陽菜が片手で塞いでしまう。
涙があふれて、前がちゃんと見えない。
ジャリジャリっと言う音が再度響くと、今度は両袖が縦に引き裂かれる。
「ウーウ!ウーウー!」
声にならない悲鳴をあげて、掴まれた腕を振り払おうと必死にもがく。
「あんまり動くと傷が付いちゃうよ?」
その様子を見ていた莉子が、スマホをポケットにしまって陽菜に加勢する。
両腕をつかまれ、口を塞がれた私は逃げられずに、パニックになる。
「霞がさ、ちゃんと謝らないからこうなったんじゃん?つまり、自業自得だよねぇ」
「大体、先生も先生だよ。こんなやつの肩もつなんて、信じらんない。」
そう言いながらも、はさみは切る事をやめない。今度はスカートを縦に幾重にも裂かれ、下着が見えている。
「はははっ信じられない!霞、高校生にもなって、そんなパンツはいてんの?衝撃過ぎ!」
そう言って美央はスマホを取り出すと、私の姿を写し始める。
1枚撮っては、陽菜達に見せて、3人でゲラゲラ笑っている。
私は恥ずかしさと悔しさで心が引き裂かれそうになる。
心臓はこれまでにないほど鼓動を早め、呼吸が出来ないほど胸が潰される思いで一杯になる。
「ウウウウゥっ」
声がかれるほどに声を出し、顔に血が上る。
屈辱的なこの光景を写真に撮られることへの抵抗もむなしく、はさみは動かされ続ける。
ブラウスの横を切られ、剥ぎ取られる。
スカートも最終的には、切り取られ全ての下着があらわになると、それすらも切られた。
裸の体を手で隠す事も出来ず、体をひねることも出来ない。
それを美央はひたすら笑いながら写真に収める。
その頃にはもう、叫ぶ力も抵抗する力もなくなっていた。
「霞、ダイエットした方がいいよ。お腹の肉やばいって。貧乏なのになんでそんなに肉付いてんの?胸はでかいけど、顔と腹肉で台無し、ぎゃはははっ」
何がおかしい?何がそんなに楽しい?私はこんな目に遭うほどのことを、あんた達にした?
言いたいことはたくさんあるが、声にならなかった。
「霞ちゃん、この写真どうしたらいいと思う?」
やっと私を解放した陽菜が私の裸の写真を見せながら、聞いてくる。
「消し・・て。今す・・ぐ」
「えー嫌だ。SNSに流されたくなかったら、これからは言うこと聞きなさいよぉ。あと先生とかに言ったら、そくアウトだから」
やっと解放された私は膝をかかえてなるべく体を隠すようにうずくまる。コンクリートの冷たさが直に伝わってくる。体は震えていた。
どんな感情にも例えられないほどの激情が体を駆け巡る。
屈辱、怒り、悲しみ、恨み、孤独、不安全てがぐちゃぐちゃで、一度にその波が襲ってくる。
「はい、鞄返すね。あと、そのまま外出られたら、公共の迷惑だから、これ着て帰って。あー楽しかった」
美央はそう言うと、私に鞄と体操着を投げて2人を引き連れ出ていった。
体操着をたぐりよせ、それを抱きかかえて、私はやっと声を出して泣いた。涙と鼻水で顔がグチャグチャになっても、泣き続けた。
どんなに泣いても慟哭は治まらず、とにかく泣いた。
やっと泣き終わった頃には、ドアから差す光もなくなり、辺りが暗くなってからだった。
体操着をきて破かれた制服を、破かれたスケッチブックの入った鞄に詰め込む。
幸いというべきか、怪我はしておらず、押さえつけられていた腕が痛いくらいで、動くのに支障はなかった。
ゆっくり体を動かすと、そのまま自転車置き場にむかって歩き始めた。
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