第5話<1日-1>

文字数 1,984文字

寝てはいなくても、頭は働いていた。意識は明瞭で昨日のことを繰り返し繰り返し思い出し、吐き気を催す。
トイレに駆け込んでは吐き、もう胃液もでないほどだ。
時計は6時半を指している。洗い替えの制服をタンスから取り出すと、昨日破かれた制服を入れた袋を持って家を出た。
いつもより、ずいぶん早いが家にいるのも苦痛だった。
マンションとは行っているものの、寂れたアパートのような家の付近は、殆ど入居者もおらず、周りには古い建物ばかりで、朝すれ違う人も少ない。時々、どこからか叫び声のような声が聞こえたりもするが、普段は物静かな街だ。ゴミ捨て場に切り裂かれた制服を捨てる。
今日もすれ違う人もなく、自転車を押しながらいつもの河川敷へと向かった。
いつもよりも遅い足取りで、いつもより重く感じる自転車を押して、やっとたどり着く。
ここにも誰もいなかった。自転車を止めて、いつもの場所に腰掛ける。
今日は曇っているせいか、川面にあの輝きはない。空と同じどんよりとした色が広がっているだけだった。
少しだけ川面に近づいて見る。草の影に紛れて、自分の顔がそこに映り込んでいる。
鏡のようにはっきりと写っているわけではないが、お世辞にも綺麗な顔には見えない。
背も低く、ぽっちゃりした体型に、この顔が乗っている。
手元にあった石を写っている自分の顔を目掛けて投げてみる。
水紋が広がり、自分の顔がゆがむ。
私の顔がもう少し綺麗だったら、私の家にもう少しお金があったら、私の体がもう少し整っていたら。
自分の人生を呪いたいくらいだ。
努力すれば変れるという人もいる。化粧でもして、綺麗になって見返してやればいいと。
でも、化粧道具一つ買うにしてもお金がいる。母の使っている物は、職場の人からもらった試供品やいつの物かも分からない物ばかりで、買って欲しいなんて言えなかった。バイトも許されていないから、自分のお小遣いなんて文房具を買ったら消えてしまうほど微々たる物だ。
内緒でバイトしようにも、祖母が怖くてどうしても出来なかった。
髪の毛だって年に2回、激安の美容院でカットしてもらう程度で、前髪は自分で切っていた。
その2回も大体は祖母に注意をされてから行っているようなものだ。
未成年にはどうしようもないこともある。だからといって、法を犯して万引きなんかする勇気もなかった。
どうしてこんな顔に生まれてしまったのだろう。どうしてウチはお金がないのだろう。そんな答えも出ないようなことばかり考えてしまう。
どうしてこんな目に遭わなくちゃ行けないの・・・
ずっとずっと我慢してきたのに・・・・
神様がいるならば、きっと私は見捨てられたか、忘れられた存在なのだ。
そんなことを考えながら、ずっと川面をにらみつけていた。
今日も学校へ行かなくてはいけない?
こんなに辛いのに、こんなに苦しいのに、あそこへ行って私の人生の何の教訓になるのか・・・
国語も理科も数学も英語も100点取ればそこでおしまい。この苦しい思いを乗り越える手段は、教えてはくれない。
それなのになぜ、私はあそこに毎日通っているのか分からない。
今日は行くのやめようか・・・・
ふとそんな考えが頭に浮かぶ。
今日1日くらい行かなくても、大丈夫なんじゃないか・・・
でも、行かないことであの写真が私だとバレたら・・・
今までほとんど休んだことのない私が、急に休んだら、しかも無断欠席したらバレるかもしれない。
何より、美央達に逃げたと勘違いされて、もっとやばい写真を載せられたら?
いや、今日くらいなら・・・
行きたくないのに、行かなければもっとひどくなりそうで、全てに言い訳をしながら、考えをまとめようとしていた。
矛盾した考えなのだから、まとまるはずはなく、ただの堂々巡りでしかない。
それでも思考は止まらなかった。
行きたくない、行かなくちゃいけない・・・
川面に写る自分をじっと見つめながら、自問自答を続ける。
そこに、ポツポツと波紋できはじめた。
空を見上げると、雨が空から落ちてきていた。
あめ・・・・
小さな波紋はだんだんと増えていく。
慌てて自転車まで戻ると、鞄から折りたたみ傘を取り出して開いた。
風も少し冷たくなっている気がする。制服が濡れたせいだろう。
さっきまでいた場所に戻りながら、片手をスカートのポケットに手を差し込む。
スマホに手があたる。
昨日、遅くまでSNSをチェックしていたが、私だとは誰も気づいている様子はなかった。
誰もメッセージを書かなくなって、ようやく見るのを止めたが、朝はチェックせずに、ここへ来た。
不安になり、傘の柄を首で挟んでSNSのページを開く。
朝早いせいか、そこには昨日の夜から変わっていない文字列が並んでいるだけだった。
少しほっとする。
スマホの時計を見る。
そろそろ、ここを出発しないと遅刻する時間になっていた。
結局、来た道を引き返し、重い自転車を引きずる様にこの河川敷を後にした。
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