第10話 <0日>

文字数 3,569文字

パッと目を開けて起き上がり、大きく息を吸い込む。今まで酸素を求めていた体に一気に酸素が行き渡る感覚と荒い息遣いで顔が熱くなる。
病院か・・・?
辺りには物はあまりなく、電極や点滴を打たれている自分と、何かの波形が画面に映っている機械
があるだけ。看護婦も両親も誰もいない。
ナースコールのスイッチを探して見たが見当たらず、仕方なく声を上げる。
「誰かいないの!ねぇ誰か!」
「目ガ覚メマシタカ?遠野美央サン」
どこかから、機械的な声が響く。聞いたことのない声。
「あんた、誰よ。ここはどこ?病院?」
「私ハSHION107。ココハ紫苑刑ノ執行場デス。」
執行?しおん?何言ってんのコイツ。
「アナタハ高垣霞サンヘノ罪ニヨリ、ココヘ送ラレマシタ。」
霞・・・・そうだ、霞だ!私、今さっきまで、あいつの中にいた!
「サスガニ頭ノ回転ハ早イデスネ。ソウデス。アナタハ霞サントシテ、霞サンノ痛ミト思イヲ体験シマシタ。」
最悪・・・・。私が霞になるとかあり得ないし!あんな貧乏おばさんになってたかと思うと、鳥肌が立つ!
「アナタハ何モ理解シテイナイノデスネ。霞サンノ痛ミヲソノ身デ受ケテモ尚、霞サンヲ侮辱スルノデスカ?」
「なんで私が、霞にならなきゃいけないの?大体、あの子が悪いんじゃない!」
「霞サンガ悪イトハ?」
忘れもしない小学3年生の時、お母さんに握ってもらったおにぎりを持って遠足に来た日、私はいつも家政婦のお弁当で、豪華で周りの皆はうらやましがったけど、霞だけは私をうらやましがったりしなかった。
お母さんのおにぎりが何よ。私の方が何倍もすごいのに。
「ツマリアナタハ、霞サンガ羨マシカッタノデスカ?」
羨ましい?違う!違う!あいつが私のお弁当を・・・・
「今デモソレヲ覚エテイルノハ、ナゼデショウ?タダ霞サンガ羨マシガラナカッタダケデ、何故ソコマデ霞サンヲイジメルマデニナッタノデショウ?」
そんなの、あいつがブスで貧乏で私より劣っているからに決まってる。
「アナタガ霞サンノ中ニイタ時、アナタノオ弁当ヲ霞サンハ本当ニ羨マシガッテイマセンデシタカ?」
・・・・・・・・
・・・・・・・・あっ・・・・母親に抗議してた・・・・美央ちゃんのお弁当は豪華だったって・・・・・
「本当ハアナタガ羨マシカッタノデハ?」
私があいつを羨ましいと思ってた?
「違う!そんなわけ無い。私はあいつの何倍も幸せ!だから羨むことなんて、一つも無い。そんなの認めない!」
「アナタガ今マデ霞サンヲイジメテイタノハ、アクマデモ霞サンガ悪イトイウンデスネ?」
絶対に認めない。私は霞を羨んでなんかいない。あいつがムカつくから・・・・
「あいつの存在自体がウザい。ただそれだけ!それだけよ。」
「反省ハシナイノデネ。自分ノ感情スラ認メナイノデスネ?」
「そうよ!私は反省なんかしない!」
「ワカリマシタ。アナタハ未成年ノタメ、コレカラ少年法ニ基ヅキ量刑ガ決マリマス。アナタガ自分ノ本当ノ気持チニ早クキヅイテ、ヤリ直セルト良イデスネ」
突然扉が開く。白衣の男と婦警らしき女2人が入ってくる。
体中から管や電極が外され、そのままどこかへ連れて行かれる。
変なこというから、頭がおかしくなりそうじゃない!
混乱した頭を抱えながら、美央は退室した。


罪状 器物破損、脅迫 紫苑の刑により反省を促したが、認めず
判決 少年院に1年収監とする。


<江森陽菜>
「ハァハァハァっ」
まるで息の仕方を忘れたかのように、吸えない。吐くことは出来るのに、吸うことが出来ない。
「江森陽菜サン、落チ着イテ。マズハ、ユックリ深呼吸シテクダサイ。」
冷たい声が響く。手を胸に当てたまま、ゆっくり息を吸う。
・・・吸えた・・・・
「落チ着キマシタカ?」
再び聞こえた声にビックリしながら、辺りを見回す。誰もいない。
「誰?」
「私ハSHION107、AIデス。アナタニ高垣霞サンノ痛ミト思イヲ感覚ゴト伝エルコトガデキマス」
人工知能?何?どういう状況?
私は川に入って、それから・・・
違う。川に入ったのは霞で私じゃない。でも、私が川に入った。訳がわからない。
「ソウデス。川ニ入ッタノハ霞サンデ、アナタデハアリマセン。シカシ、私ノ機能ニヨリ、アナタハ霞サントシテ、2日間ヲスゴシタノデス」
私が霞・・・・追体験させられたという事?
「ソウデス」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「ドウシマシタカ?」
・・・・・・・・・・・・
「私は、本当にあんな思いを霞にさせていたんですか?」
「アナタガ体験シタコト、ソノ時ノ思イハ、紛レモナク霞サンノモノデス。」
一人で教室にいるときの惨めさ、顔を上げられない程の羞恥心、そして、絵を破かれた時の喪失感。
まるで手に取るようにその感情が今は分かる。
「霞は、一人でも平気だと思っていました。いじめても何もやり返してこないし、そしたら行動がエスカレートして・・・美央達といることで自分が強くなった気がして・・・」
そこまで言うと涙があふれた。怖かった。悔しかった。
「アナタハ想像シナカッタノデスカ?霞サンノ気持チヲ」
霞の気持ちなんて考えなかった。いや、最初はちょっとだけ罪悪感が会ったと思う。でも皆がやってることだからって思ってた。
「知ッテイマスカ?本当ハ傍観シテイル人モ、イジメル側ダトイウコトヲ。ソノ側ニ飲ミ込マレテ、皆ガト一括リニナリ、イツノ間ニカ傍観者カラ加害者ニナッテシマウ。」
そう最初は、霞の悪口を聞いたり、SNSでみたりしているだけだった。それがいつの間にか私は手を下す側へと変わっていた。
裸の写真を撮ったときも、それをSNSにアップしたときも、私は悪いというより、やってやったと得意にすらなっていた。それはまるで、記者がスクープを物にしてときのような感覚だった。
何を間違えたのか・・・・
「アナタハアナタ自身を止メラレナカッタノデスネ。優越感ヲ捨テラレナカッタ。霞サンヲ痛目メツケルコトデ、自己満足ニ浸ッテイタノデハ、アリマセンカ?」
自己満足。そう言われればそうなのかもしれない。誰の得にもならないただの自己満足。
「私は、どうしたら良いんでしょう?私は自分が怖い。」
「アナタハ自分ノ事ヲチャント理解デキタハズデス。ワタシニアナタノ未来ハ分カリマセンガ、アナタガ今ノ気持チヲ忘レナケレバ、キットカワレマス。」
変れる・・・・本当に変れるだろうか。
「コレカラアナタニ、少年法に則ッタ判決ガ言イ渡サレマス。カワレルトイイデスネ。今ノアナタヨリモ綺麗ニナッテクダサイ。」
扉が開く。3人の人が入ってきて何やら作業を行っている。
「ねぇSHION、私本当にかわれるのかな」
そう呼びかけてみたが、もう答えてはくれなかった。

罪状 監禁 脅迫  紫苑刑により反省の色が見られることを考慮する
判決 保護観察処分 2年


<吉田莉子>
「いやぁ!やめて、やめて!」
警報の音が鳴り響く中、医師と看護婦数人で、ショック状態に陥った莉子から全ての器具が外されていく。
「聞コエマスカ、吉田莉子サン。目ヲアケマショウ。ユックリト・・」
遠い意識の中で誰かが話しかけてくる。
「目ヲアケテ」
目を開ける・・・・
必死にその声にしたがって目を開ける。見えたのは数人の知らない人だった。
「ぎゃぁあああ。何、何、私に触らないで。いや!」
私はその場で手足を振りながら、その人たちに抵抗する。
そこではっとして、自分の体を慌てて隠した。
私は今、裸だ!
「吉田莉子サン、モウアナタハ戻ッテキタノデスヨ。大丈夫デス。」
さっき聞こえた声だ。
「怖い!怖い!ここから出して!」
そう言って自分の体をつかんだ時、服の感触に気がついた。
私、服着てる・・・?なんで?今、裸で写真撮られて・・・
「アナタハ高垣霞サンデハナク、吉田莉子サンデス。」
私は・・・・自分の手を見る。そして足を、体を、最後に顔を触ってみる。
「アナタハ今マデ高垣霞サンノ記憶ノ中ニイマシタ。裸ニサレタノハ、高垣サンデアナタデハアリマセン」
そう・・だ。裸の写真を撮ったのは私で、撮られたのは霞・・・・。
霞は、あのとき確かやめてと言った。でも私たちは止めなかった。
怖い・・・・今でもその感覚が消えない。はさみで切られていく感触も、追い詰められて逃げられない恐怖も、全部が私の脳にこびりついている。目を閉じればあの光景が目の前に広がって、目を閉じることすら怖い。
落ち着かず貧乏揺すりが止められない。
「SHION107カラ、警告。コレ以上ノ執行ハ不可能。精神ニダメージヲ与エル可能性ガ認メラレマス。」
震える体を押さえながら、混乱した頭を整理しようとするが、出来ない。
ベッドに座ったまま、移動し始める。
「どこ連れてくの?ねぇ、もういや。ごめんなさい。もうしないから!ごめんなさい。」
後には莉子が泣き叫ぶ声が残るだけだった。

罪状、監禁 脅迫  紫苑刑は精神混乱のため、休止。
判決 保護観察処分2年 
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