第5話<3日-2>

文字数 3,454文字

警察に迷惑行為として被害届を出した後、涼の家に落ち着いた。
一人暮らしなのに、いつも綺麗な部屋。物が少ないせいもあるけれど、整頓された部屋はいつ来ても埃一つ無い。
結婚したとしても私の出番があるのだろうかと思うくらいきちんとしている。
「少し寝たら?俺もシャワー浴びたら、夜勤まで寝るから。」
ソファーの上でクッションを抱きしめて座っている私に涼が優しく言う。
「うん。ありがと。」
涼はシャワーを浴びるために、バスルームへと消えていった。
あまりにも色々ありすぎて、展開が早すぎてまだ戸惑ってもいる。
冷静さを失っていた昨日の夜が夢だったかのような平穏がここにはあった。
やっと息がつける。安心したのかやっと眠気が襲ってきた。
私はそのままソファーの上で眠ってしまった。

「ピロロローーピロロローー」
電話の音でハッと目が覚める。ソファーで寝ていたはずなのに、今は涼のベッドで眠っていた。
多分、涼が運んでくれたのだろう。涼は隣でぐっすり眠っている。
スマホの画面には店長の名前が表示されていた。
涼を起こさないように、そっとベッドを抜け出し、電話に出た。
「お疲れ様です。黒瀬です。」
「黒瀬、大丈夫?」
「はい。今は彼の家に避難してるので。どうかしましたか?」
「・・・・・・」
一瞬、沈黙の時間があった。
「連絡するか悩んだんだけど、やっぱり伝えておいた方がいいと思って。」
切れの悪い物言いに何だか不安を覚えた。
「なんですか?」
「今日、店に黒瀬宛の封筒が3枚届いてるんだけど、今日の朝、黒瀬が言ってた封筒に似てる気がして。
かといって、勝手に開けられないし。どうしたもんかと・・・」
・・・・・・・・・・・
「それって白くて、縁にレースの模様がある封筒ですか?」
「ちょっと待ってよ・・・・・うん、レースの模様が入ってる。」
身の毛が一気に逆立つ。まさか・・・・
「店長、すいませんが、それ、開けてください。かまわないので。」
「いいの?・・・・じゃあ開けるからちょっと待ってて」
はさみで切る音がスマホの音声に響く。時間が長く感じる。
「開けたけど・・・多分、黒瀬の家に届いた物と同じ物だと思う。絵はがきだよ。オフィーリアの・・・」
一瞬にして血の気がひいた。目の前が真っ暗になって、その場にへたり込んだ。
「黒瀬!黒瀬!大丈夫?」
店長の声が遠くに聞こえる。
「後でかけ直します」
かろうじてそう答えると、スマホが手から落ちた。
何・・・・もう何なの?何がしたいの?誰が・・・・・
家に続き、職場にまで届いたという事は、私の事を相手は把握している。下手をすればこの場所も。
「涼!起きて!涼!」
声は涙に紛れ、震えていた。精一杯の声で涼を起こす。
その声を聞いた涼は、飛び起きたのか、慌てて私のいる場所まで走ってくる。
「どうした?なんかあったのか?」
私は何も言えず、ただ涼に抱きついて声を上げて泣いた。
涼はずっと抱えていてくれたが、何が起こったのか分からず、ひたすら背中をさすってくれながら、私を落ち着かせようとしていた。
「何があったか、話してくれないと何も出来ない。ゆっくりでいいから何があったか話して」
嗚咽と涙で上手くしゃべれないが、何とか伝えようと、声を出す。
「職場に、ノワールに・・・・ひっぃ」
「ノワールに?」
「手紙、手紙が3通・・・」
そこまで言えば、涼は理解出来た。
「あの手紙がノワールにも届いたのか?」
うん、うんと首を縦に振って答えた。後はもう泣くだけで、何も言えなかった。
泣き続ける私をソファーに座らせると、涼は手を伸ばして自分のスマホをとり、電話をかけ始める。
話の内容からして、今日訪れた警察署の担当と話をしているらしい。
私はその間も、恐怖と混乱から逃れられず、泣き続けていた。得体の知れない何かに追い込まれていく。
正体が分からないことが、一番怖かった。
「ノワールの店長に電話かけられるか?話は俺がするから。」
私は自分のスマホを涼に手渡す。
「店長の名前って広瀬だったよな?」
うん、と首を縦にふると、涼は早速、電話をかけ始めた。どうやら警官がノワールへその手紙を取りに行くらしい。手紙の保管の仕方や警官が来てからの手順を説明している。
自分の周りがどんどん慌ただしくなっていく。私の知らない何かに日常が壊されていく。
「では、よろしくお願いします。」
涼が電話を終え、こちらに向き直り、
「とりあえず、ノワールは1週間休みにしてもらったから。まぁ状況しだいだけど、店長は承諾済み。後、手紙は警察が証拠として取りに行くし、ここの周りの巡回もしてもらえるように頼んでおいた。瑞季は一人にならないように、梨沙もここに呼んだから、今日の夜には来ると思う。」
一通り、説明を終えると、隣に座ってそっと私の肩を撫でる。泣き止んだ私は、ただ呆然とするばかりで、自分の事なのに何も出来ないことに苛立ちを感じていた。
「大丈夫。警察も動いてるし、相手も少しは警戒するはず。もう少ししたら俺は仕事に行くけど、梨沙が来るまで1人で大丈夫か?」
「うん。ありがとう。大丈夫。まだ明るいし。」
「わかった。梨沙にはなるべく早く来るように言っとくから。」
梨沙にも迷惑をかけている。大学の授業も大変だろうに、私まで・・・・。
かといって、実家は遠く離れているし、両親に心配もかけたくない。きっと飛んでくるか、戻ってこいと言われるのはわかっている。どちらにせよ、現段階では大きな身動きはとれない。
ソファーで膝を抱えたまま、色々考えるが、結局答えは出ないし、涼の言うとおりここにいるのが、懸命だと思う。
とにかく心が疲れ切って、鉛のように体が重い。眠いわけでもないのに、瞼すらも重く感じて、目を開けるのも億劫になっている。
涼が仕事に行く準備を始めるまで、ずっとソファーに座って過ごした。
「あっそうだ。忘れるところだった。スマホ貸りるぞ。」
そう言ってテーブルの上のスマホをつつきはじめた。何をしているのかと、ソロソロ歩いて近づくと、何やらアプリをダウンロードしているようだった。
「何?それ。」
「瑞季の位置情報が俺に分かるように、共有アプリを入れておいた。何があっても、スマホだけは持ってるように。」
「そこまでしなくても・・・」
「念のためだよ。ポケットにでも入れて、肌身離さず持ってろよ。」
キッとした声で言いながら、スマホを私に渡す。私はそれをズボンのポケットにしまった。
普段見たことのない表情だった。それだけ真剣に心配してくれてる事が、この状況でもうれしいと感じてしまった。
「梨沙が来るまでは、どこにも行かないから。大丈夫。仕事遅れるから、早く行って。」
本当は一緒にいて欲しいが、これ以上わがままも言えない。
玄関まで見送ると、鍵とチェーンロックかけた。その後で窓の鍵もチェックして、戸締まりできていることを確認する。ここは3階で登ろうと思えば、登れない高さではない。カーテンは引かず、明かりは全てつけておいた。
まだ16時過ぎで外は明るいが、暗い部分があるのは怖かった。
一日・・・・たった一日でどれだけの恐怖を感じなければいけないのか。
一体、いつまでこの恐怖を味あわなくてはいけないのか、考えるだけでも気が狂いそうだ。
何も音がしないのも怖いので、テレビをつけてみる。見る気にはなれないが、音が鳴っていれば少しは気が紛れる。
またソファーに座って、耳に入る雑音を聞き流しながら、頭に浮かぶ事をグルグルと考えていた。
考えまいとしても、どうしても考えてしまう。かといって何かする気にもなれず、そのまま考え続けていた。
―――ピーンポーンーー
突然のチャイムが私の考えを吹き飛ばした。部屋に広がるインターホンの音に体が一瞬こわばった。
「坂崎さん、お届け物です!」
玄関から聞こえる声はどうやら配達員らしい。足音を立てずに玄関の前まで行くと、のぞき穴から外を確認する。
涼がよく頼むネット通販の箱を持った若い男性が立っている。有名な宅配業者の制服のロゴも確認できた。
それでも玄関のドアを開けるのを戸惑った。
鍵を開け、チェーンロックはかけたままの状態でドアを開ける。
「坂崎さんのお宅ですか?お届け物です。」
そう言って見せられた箱には、確かに涼の名前と住所が記載されていた。送り主はネット業者の名前だ。
それを確認した私は、少しほっとして扉を一度閉め、チェーンロックを外した。
「受け取りのサインをお願いします。」
配達員が渡してきた紙とボールペンで名前を書こうとした瞬間だった。
お腹の辺りに強い衝撃と熱い感覚が走ったと思った直後、私は意識を失った。
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