第11話 高垣 霞 END

文字数 2,658文字

目が覚めると真っ白な天井と、細長い電球が目に入った。
その光景に、私、いきてるんだ・・・と思った。
残念なような良かったような複雑な気持ちになった。
「霞!分かる?お母さんよ。霞!」
耳元で母の大きな声がする。
そんなに大声出さなくても聞こえてる。
息苦しさを覚え、口元へ手をやると、酸素吸入器であろうものが取り付けられていた。
口が渇いて声が出ない。
目を開けて動いた私を見た母は、あわててナースコールを押す。
その後、医者と看護婦が室内へ入ってきて、目やら感覚やら色々調べた後、酸素吸入器が外され、少しだけ水を飲むことを許された。
私は1週間も眠っていたらしい。道理で体が痛いわけだ。
目覚めて二日目には重湯が用意され、久方ぶりに胃に物を入れた。
空腹は最高の調味料というが、何の味も付いていないドロドロの重湯がとてもおいしかった。
私が元気になるにつれ、点滴の数も減り、トイレにも自分で行けるようになった。
警察の人から事情を聞かれたり、担任の小山先生が話を聞きに来たりと、目覚めて数日は慌ただしかった。
莉子の両親が謝罪にきたと母から聞いたが、私は会わなかった。
それも落ち着くと、ほとんど人が来ることはなく、母が毎日、仕事の合間を縫ってきてくれるだけだった。
私の自殺騒動は思っていた以上に大事になり、ニュースでも高校1年生の女子生徒という匿名にはなっているものの、それなりに大きく報道されていた。
ネットでは美央達の本名や写真まで出回り、住所まで特定されていた。
インタビューに答える同級生らしい生徒が声を変えて、いじめの内容を話している物もあった。
川に入ったときは、助かることなんて想定していなかったから、こうしてテレビやスマホを見ている事が、何だか不思議な感じだった。
2週間もすると、体力もそこそこ回復し、退院の許可が下りた。
検査の結果も良好で、後遺症もなかった。
祖母はその間1度も姿を見せる頃はなかった。
私の自殺騒ぎの後、遺書を読んだ母は、祖母と縁を切る事にしたらしい。
祖母はどんな気分だろう。名前が出ることがなくても、ニュース報道に自分の孫の事件が放映されている。
耐えられているのだろうか。世間体が孫よりも大事な祖母にとって、私が自殺未遂をしたことで、より恥ずかしいと思っていることだろう。いっそ死んでいてくれたらとか思っていそうだ。
祖母はきっと理解出来なかったのだろう。なぜ虐げられるのかが分からなかったのだ。その意味が・・・
祖母は元々、富豪の家の生まれで、成人するまで大切に育てられたお嬢様で、地方の出身ではあったが、そこでは、その名を知らない者はいないほどの名家の出だ。祖母が結婚した後に、両親が詐欺に遭い、全財産を失ったらしい。しかし、祖母は企業の重役だった祖父のおかげで、収入は安定しており、そこまで不自由はなかった。
母の姉妹は、琴や生け花を習い、祖母と同じようにお嬢様のように育ったが、母は不器用で習い事もできず、姉妹に虐げられて育った。祖父が亡くなり収入も無くなったが、お金の使い方は変わらず、どんどん落ちぶれ、残ったのは気位の高さとお金への執着心。祖母はそういう環境で育った人間だ。だからいじめられるのは、恥ずかしいと、私の責任だと思っているのだろう。母の姉妹は祖母を見捨てて、今や音信不通状態。それでも母は祖母を見捨てられず、ずっと祖母の言うことを聞いていた。
そんな母にとっては祖母との絶縁は苦渋の決断だっただろう。母にだけは、申し訳ないと思った。
仕事の合間に病院へ来るのも大変だったと思う。心配もかけてしまった。
今はまだ祖母に会う気にはなれないが、祖母がちゃんと話を聞いてくれる日が来れば、また会う気にもなれるかもしれない。環境は人を変える。祖母にも時間が必要だと思う。

私は退院後、高校を退学した。今は通信制の学校へ通っている。高校に戻ったところで、私の過去は消えないし、あの写真を見られてしまっている以上、戻る気になれなかった。
家を変わることは難しいが、学校を変えることで私の気持ちが落ち着くならと母は賛成してくれた。
裁判所へも何度か出廷したが、今はもう落ち着いている。
バイトも始めて見ようと思う。母の仕事先ではあるが、キッチンの中での仕事なので、人にもあまり会わなくていいし、慣れれば一人で黙々とできる仕事らしい。マスクや帽子で顔を隠して作業も出来る。
容姿に自信が無くても、それなら出来そうだと思った。
正直言うと、それでも怖い。バイト先でいじめられるのではないか、自分の容姿を笑われるのではないか。
私の知らないところで、また写真が出回るのではないか。そんな恐怖で心が折れそうになる。
でも、お金があれば、何か変えられるかもしれない。贅沢は出来なくても、自分にお金をかけることも出来る。
どうせ死のうとした人生。だったら、今までとは違う生き方をしてみたい。
美央達は退学処分になった後、家裁での判決を待っている。そろそろ結果も出るだろう。
そんなことで許せるはずはないし、二度と会いたくもない。憎む気持ちも消えてはいない。
だけど、母や私を助けてくれた人が救ってくれた命だ。
あいつらのために、無駄に生きるのは嫌だと思った。

私を助けてくれた人は、救急車が到着すると、すぐに去ってしまって名前すら分からない。
もしかしたら、あの河川敷で会えるかもしれない。
体が本調子に戻ったのは12月を過ぎていて、それから何度か足を運んでみたけれど、それらしい人にはまだ会えていない。
気がつけばもう1月の半ばを過ぎている。
今は前と変わりない日常生活を送っている。
「ただいまぁ」
いつもとそう変わらない時間、母が帰宅する。
「おかえり。先にご飯?」
「外、雪が降ってるのよ。珍しい。寒くなるとは言ってたけど、先にお風呂入る。」
そういって荷物を台所に下ろすと、早々にお風呂場へは消えていった。
いつもと変わらない日常は、私が今生きているから感じられる幸せを運んでくる。
どうなるかは分からないけれど、これからも生きていくだろう。
久々に振った雪が見たくて、道路側の窓を開ける。
滅多に開けることのない窓は、ガラガラと大きな音を立てる。
途端、一気に冷気が部屋の中に入ってくる。
「本当に降ってる・・・明日は積もるのかな」
そっと手を出して雪に触れてみる。
うん。冷たい。
当たり前のことだが、それも生きている証拠。
そう思いながら、空を見上げた。
向かいのマンションには子供らしき姿が見える。
あの子も雪を見ているのかな・・・・?
そんなことを思いながら、大粒の雪をながめていた。
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