第4話 <2日-4>

文字数 2,743文字

家に帰り、マンションの鍵を開けると、家の中は真っ暗で、まだ母は帰宅していなかった。
おもむろに靴を脱ぎ、玄関のスイッチをつける。
時計は20時を回っていた。
母が戻るにはもう少し時間がある。
自室へ戻って、鞄を置くとそのままバスルームへ向かった。
シャワーを浴びる間に浴槽に湯を張る。
何度も何度も体を洗って、あの屈辱を落とそうとするが、落ちるはずもなく、こすりすぎて赤くなった皮膚のまま、浴槽につかる。ピリピリとあちらこちらが染みるが、心の傷の方が何倍も痛かった。
今日、自分に起こった事は何だったのか、実はよく理解出来ていない。
いや、分かってはいる。されたこと、言われたことはちゃんと覚えているのに、どこか他人事の様に見ている自分もいて、現実逃避しようともがいている。
何がいけなかったのか、私の何が間違っているのか分からない。常識的に考えれば、私の言ったことに間違いはなかったはず。間違えたとすれば・・・・
そう、あいつらに逆らったことだ。感情を露わにしてしまったことで、こんなことになった。
いつものように、何も感じないふりをしていれば良かった。素直に謝っておけば・・・
シャワーのつまみを回し、思い切り水を出してその音に紛れて、声を出して泣いた。
泣いたところで何も代わりはしない。それでも、涙は止まらなかった。
これからどうすればいいのか、どうなってしまうのかも分からない。
あの写真をネットに流されてしまえば、世間から好奇の目にさらされてしまう。
あの写真・・・
そこまで考えて私は慌てて浴槽から立ち上がって、バスタオルを巻いたまま、自室へ飛び込んだ。
鞄をひっくり返して、スマホを取り出した。
あまりに慌てるせいでロック解除に手間取る。
やっと開いたスマホの画面からSNSのグループにアクセスする。
あの写真、まさかばらまかれたりしてないよね!
あいつらは言うこと聞けば、SNSには投稿しないと言った。だから、大丈夫なはず。
あれは私を脅すための切り札だ。簡単にそれを公開したりはしないはず。
そう自分に言い聞かせながらも、手の震えは止まらない。
グループメールのページをスワイプしながら、写真がないか確認していく。
途中、どうでもいいページに飛んだりしてイライラしながらも、確認を続ける。
よくもまあこんなに書くことがある物だと、思いながらも、目的物がないことを願う。
「あっ・・・・・」
スワイプする手が止まる。
そんなことあるはずがない。そう思いたかったが、目の前の画面には見たくない現実が映し出されていた。
全体にモザイクはかかっているが、それはスカートを引き裂かれた時の私の姿だ。
はっきりと見えるわけではない。
でも私には分かる。それが私だということ。
スマホが手から滑り落ち、床へ落下する。私はその場にへたり込んだ。
何十人もの人がこの画像を見たはずだ。そのうち何人が私だということに気がついただろう。
「うわあアアアアア!!!」
渇かしてもいない髪をかき乱し、声の限りに叫ぶ。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・・・・
そればかりが頭を駆け巡る。
体中の毛穴という毛穴が一気に開いて体中に汗が滴っているような不快感が襲う。
呼吸は速くなり、気が遠くなる。
冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ・・・・
今ここで気を失うわけにはいかない。しっかりしなければ。
落としたスマホを拾い、立ち上がるとバスルームへ戻る。
体と頭を拭き、服を着替えて、キッチンへ行きゴミ袋を一枚取ると、何事もなかったかのように自室へと戻る。
今日破かれた全ての物をゴミ袋へ詰め込むと、とりあえずベッドの下に見えないように隠した。
まるで機械のように感情もなくその作業を終えた頃、玄関から母の「ただいま」という声が聞こえた。
スマホの電源を切り、キッチンへと向かう。
そこには疲れた顔の母が、電子レンジで夕飯を温めていた。
「ごめん、今日も惣菜になったけど・・・ってどうしたの?目が腫れてるけど、なんかあった?」
そういうことに鋭い母が今日は少し鬱陶しい。
「別に何もないけど、帰ってきてみた動画に感動して、涙が出ただけ。」
自分でもよく言い訳が思いついたなと思うほど、スラスラと嘘が出る。
「ならいいけど・・・あんまり動画ばっかり見てちゃだめよ。勉強もしなきゃ。」
「うん。分かってる。ご飯注ぐね。」
食器棚から茶碗を二つ出して、適当にご飯をつぎ、テーブルの上にのせる。
母は電子レンジから職場でもらってくる惣菜の残りを引っ張り出して皿に盛っていた。
母は朝から晩まで仕事をしながら、私を育てている。
父は私が4歳の時に事故で亡くなったが、借金をのこしてこの世を去ったために、生活は苦しかった。
私が高校生になったとき、バイトをすると母言っていたが、その話を聞いた祖母が、子供に仕事させるなんてと猛反対をし、結局バイトには行けていない。だからといって、祖母が資金的援助をしてくれるわけでもなく、なぜ母が祖母の言うことを律儀に聞いているのかは分からないが、私が意地を張ると母が困るので、私も祖母には逆らわなかった。
「いつも同じような物しか残らないから、おかずにも飽きちゃうね」
母は困った顔をしながらも私に笑いかける。
「たべられるだけ、ましだよ。」
食欲なんて本当はあるはずもないが、食べなければ、母に何かあったのかと聞かれるのが嫌だった。
仕方なくおかずに箸をつけるが、全く味を感じない。
早々に食事を済ませて、勉強を理由に自室へと戻った。
ベッドの端に腰を下ろして、スマホを見つめる。
現状を把握したい気持ちと、見たくないという気持ちが葛藤してもう何分もこうしている。
知るのも怖いが、知らないままなのも怖い。
握りしめていたスマホの電源を入れ、恐る恐るSNSを開く。
ずらりと並んだコメントを繰り上げながら、写真の部分まで戻すと、ゆっくりとコメントに目を通す。
「何これ?人だよね?」
「何々?なんでモザイク?」
「誰かモザイク外せねーの?」
「これ誰?うちの制服にも見えるけど?」
・・・・・・・・
突然投稿された写真にコメント欄は荒れてはいるが、私だと特定したようなコメントはない。
バレる前に何とかしなくては・・・・
写真がこれ以上載せられれば、いつか私と気づかれるかもしれない。
どうにかして、写真を消してもらわなければ・・・・
でも、どうやって?担任なんか頼れない。もし本当に裸の写真をばらまかれたら、それこそ取り返しが付かない。
母に相談する?いやだめだ。そんなことしたら、祖母に何をされるか分からない。
ああ、私、誰にも相談できないんだ・・・・・
どうしたらいいか考えても、答えも出なければ、方法も思いつかない。
八方塞がりの状態でも、頭は考える事をやめない。
その夜、結局私は寝ることが出来なかった。
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