第7話<1日-3>

文字数 3,734文字

二時間ほど経った頃、担任の小山先生が私の所へやってきた。
少し困惑したような表情で、私に
「大丈夫か?」
と聞いてきた。
「大丈夫です。」
そう答えることしか出来ない私は、顔を伏せたまま答える。
「話は殆ど聞いた。小林先生から、高垣に何があったかも説明を受けた。生徒数人とその親御さん達が、第一会議室に来ているんだが・・・・高垣も来られるか?」
来られるかと聞かれても、嫌ですとは言えない。というか迎えに来た時点で、私が行かなくてはいけないという事くらい理解出来る。
「誰がいるんですか?」
「江森と遠野、吉田、境、それとそれぞれの親御さんだ。高垣のお母さんとお婆さんもきてる。」
最悪だ・・・・祖母がこのことを知った。それが何よりも最悪だ。
「何の話をするんですか?」
「そりゃ・・・今回のことだよ。写真の件だ。あと昨日のスケッチブックの件も合わせて話をしなくてはいけない。
校長先生もいらっしゃるし、この件は事が大きい。被害者である高垣の話を聞かないと、これからのこともあるし、出来れば話を聞かせて欲しいんだ。」
そこへ小林先生が入ってくる。
「小山先生、無理に連れて行かなくても・・・私が聞いた話をするだけではだめなんでしょうか?」
「こういう場合、基本的には両者の言い分を聞かなくてはなりませんし、親御さんも話を聞きたいそうなので・・・」
首の辺りをしきりに搔きながら、小山先生は答える。
「高垣さん、行けそう?私もついて行くから、行ってみる?具合悪くなったらすぐ出ていいから。」
心配そうな顔で小林先生が話しかけてくる。
行かなければ、小山先生はこのままここで困ることになるのだろう。
出来れば行きたくもないし、もう話したくもない。
それでも、懇願するような小山先生の顔をみて、行くしかないのだと悟った。
「行きます。」
そういうと私はベッドから起き上がって、上履きを履いた。
ソロソロと足を動かしながら、会議室はと向かう。
その間、誰も口を開かなかった。小林先生は私の横を、寄り添うように歩いてくれている。
今はその温もりがありがたかった。
「失礼します。」
そう言って小山先生に続いて会議室に入ると、冷たい視線にさらされた。
母だけは、勢いよく立ち上がり、私の方へ早足で駆け寄ると、涙で腫れた目を拭きながら「ごめんね」と小さく言った。私は、小林先生と母の間に座らされ、これまでの聞き取りやスマホの履歴の確認報告などが小山先生と生徒指導の山崎先生から説明を受けた。
他の生徒も、親も静かにそれを聞いていた。
「高垣さん、今の内容で今回の写真のことはあっていますか?」
校長が私に聞く。
「はい。ただ私も知らないところで上げられた写真については、私には分かりま・・・」
「すいませんが・・・事の発端はあくまでも高垣さん側にあるんですよね?」
私が答え終わる前にそう切り出したのは、陽菜の母親だった。
「うちの子がやったことは、許される事ではないでしょうが、先に怪我をさせたのは高垣さんではないのですか?」
少し興奮気味に校長に意見する。
「お母さん、落ち着いてください。確かに昨日、そういうことがあったという話は聞いています。しかし、陽菜さんの怪我を小林先生に確認していただいたところ、痣にもなってないようですし、包帯を巻くほどのことではなかったときいております。」
「なんですか!痣がないからうちの子が嘘ついたとおっしゃりたいんですか!」
怒り方が親子でそっくりだ。
「そういうことではなくですね、その腹いせに写真をとってSNSに上げてしまったことが今は問題なのです。しかも陽菜さんのスマホから、霞さんの写真が何枚も出てきました。中には口に出せないような物もありました。そして、そこに、遠野さんと吉田さんも写っていた。これは隠しようがない事実です。」
美央達は黙って私をにらみつけている。写真を撮ったのも、アップしたのも自分たちなのに。
「では、美央はあまり関係がないのではありませんか?もちろん、高垣さんに失礼なことをした事については謝りますし、賠償もさせていただきます。しかし、写真を投稿したのは陽菜さんですよね?ここまで大事になったのもそれが原因ですし。」
美央の母親は悪びれもなく、まるで会社の定期報告会のように話をする。
美央があまり関係ない?あんたの娘が全部招いたことだとは思ってもいないのか・・・滑稽だ。
「それはどういうことです?一緒になっていじめていたなら、その子たちだって共犯ではないですか。うちの子にだけ押しつけるなんて、卑怯ですよ。」
何という有様なんだろう。大人になっても、自分の子供がやったことの善悪すら分からないなんて。
我が子可愛さであったとしても、この場は一体何のために設けられているのか・・・・
私、ここにいなくても良かったんじゃないかな。しかも加害者同士が言い争っているのに、私の話なんか聞く気ないのに、こんな醜い様を見せつけられて・・・・
先生達は親たちの間に入って、しきりに落ち着けと促している。
立って怒鳴る親、座ったまま悪態をつく親。様々だが、小林先生と私の母、祖母だけは黙ってその様子を見ていた。
やっと親たちが平静を取り戻したのは、陽菜が泣き出してからだった。
陽菜が本当に泣いているのか演技なのかは分からない。けれど、陽菜が泣いたところで、私の心はピクリとも動かない。
本来なら、私が大泣きしても良い場面だ。でも私の心は凍り付いたままで、まるで他人事の様に思える。
「私が悪かったんです。ごめんなさい。ちょっとした悪戯心でアップしてしまって、まさか、モザイクを外されるなんて思わなかったんです。ごめんなさい。」
「なんだよそれ。なんか俺が悪いみたいじゃん。お前がアップしなきゃ、俺だって何もしてねーし。」
ふてくされた顔で境が陽菜に文句を言う。
「陽菜だけではなく、私たちも悪いんです。止めなかったし、一緒になって、霞をいじめてしまったんです。霞、本当にごめんなさい。」
美央はこれまたしおらしく、私に頭を下げる。莉子もそれに倣った。
子供達が謝ったことで、親たちは一斉に口を閉ざす。私は何も答えなかった。
ここで謝られたところで、もうこんなことがないとは言えない。何かされる確率の方が高い。
そんな状況で私に何か言えることなんてない。
「高垣霞さん、親御さんも。こうして子供達は反省していますが、何かありますか?」
祖母はただ黙って口を一文字に結んでいる。私を見る目は冷たい。
母が口を開く。
「写真は全部消してください。この場で、全員。そして、ちゃんと他の生徒にも指導を行ってください。グループにいた子、全員のメールを削除させてください。この子の写真を1枚も残さないでください。」
母は泣き声になりながら、それでもまっすぐ他の親たちに視線をむけて話した。
「みんな、スマホを出しなさい。写真を消したら、残ってないか確認する。」
山崎先生がそう言うと、各自がスマホを出し操作している。
ネットに一度上がってしまえば、それを完璧に消してしまうことは出来ない。例えこの場で消したとしても、ネットの渦の中に必ずその痕跡は残ってしまう。
そんなことは今の小学生でも知っていることだろう。またどこからともなく、その画像を手に入れる人が出てくるかもしれない。唯一の救いは、裸の写真は消されるという事だけだ。
消し終わると、山崎先生が確認をする。そして、ここにいる生徒全てのスマホから私の写真は消えた。
「霞さんは何か言いたいことがありますか?」
校長が問いかける。
「言いたいことは言っておきなさい。私が付いてるから。」
小林先生がそうささやく。
「いえ。何もありません。何も言いたくありません」
私の一言に親たちがざわつく。それでも、もうこれ以上何か発することはしたくなかった。
茶番だ。こんな物・・・
「えぇ。それでは事実確認はすみましたので、今日はこれで終了としましょう。全て解決するには時間がかかりますし、本人達も考える時間も必要でしょう。個人面談等を後日行い、その内容によってまた皆様にご足労いただくことになるかと思います。生徒は教室に戻りなさい。ここでのことは、先生から話があるまで、言ったりせず、各で反省をするように。」
校長の一言で、皆が会議室を出て行く。私は座り込んだまま、動くことが出来なかった。なぜなら・・・・
祖母の怒りの視線がずっと私に向いているからだ。
恐ろしかった。少しでも動けば獲物を狙う虎の様に飛びかかってきそうで、息をすればその場で殺されそうで、皆がいなくなってその視線が強くなり、私を突き刺してくる。
「先生、申し訳ありません。今日はこの子をつれて帰りたいのですが、よろしいですか?」
母が小林先生に尋ねる。
「かまわないと思います・・・小山先生、よろしいですか?」
うんとうなずいた小山先生を見た後、
「顔色が悪いようなので、気をつけてあげてください。嘔吐していますので、水分補給と胃に優しい食べ物にして、安静に。」
と小林先生は母に私を渡した。
母は私の肩を自分の方へ寄せながら、一礼して歩き始めた。私もそれにつられて歩き出す。
私の荷物はすでに母の手にあった。先生の誰かが渡してくれたのだろう。
力の入らない足を引きずるようにして、私たちは学校を後にした。
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