第2話<4日-2>

文字数 1,548文字

閉店後、やっと事務作業が終わったところで、店長がご飯に誘ってくれた。
さして予定もなかった私は、彼氏の涼にそのことをメールで伝えて店を出た。
彼は一応、警察官であまり会う時間もとれないけれど、上手くいっている。
付き合ってもう3年になる。大学の先輩後輩からの交際だが、彼が非番の日には会いに来てくれるので、普段はSNSで連絡を取り合うくらいだ。
店舗の鍵をかけ、店長と大通り沿いのいつもの居酒屋に入る。
お客さんもそこそこ入っているし、ここのモツ煮が私は好きで、店長とよくご飯を食べて帰る。
ビールとモツ煮をそれぞれ注文する。
「最近、なんかあった?仕事中もソワソワしてるように見えるけど。」
注文をとった店員が去るなり、店長が私に聞いてくる。
よく見ているな・・・と思いながらも、
「たいしたことではないんですけど、私が疑心暗鬼になってるだけで・・・」
おしぼりで手を拭きながら答える。
「えっ何?彼氏とけんか?」
店長はニヤニヤしながら聞いてくる。いや、喧嘩したとして何故ニヤける・・・と突っ込みを入れたいところを我慢して
「違いますよ、店長のところと一緒にしないでください。」
と私は笑いながら答えた。
「ウチはほら、もう付き合って長いから、喧嘩なんてしょっちゅうよ。」
店長も笑いながら切り返した所へビールが運ばれてくる。軽く乾杯した後、前菜をつまみにビールを飲む。
大学時代はビールの良さが分からなかったが、仕事を始めてから、ビールの苦みの良さを知った。
その時は「大人になったなぁ」と自分で自分を笑ったものだが・・・
「んで、どしたの?彼氏じゃないなら仕事?」
まだ店長はこの話題から離れる気は無いらしい。仕方なく、SNSでの事や誰かに見られている様な気がする事を話した。
「まぁ気のせいだとは思うんですけど、ちょっと気味悪くて・・・」
「それ、彼は知ってるの?」
「いや、こんなこと話しても笑われるかと思って・・・」
実害はないし、正体も分からないのにどう説明して良いのかも分からない。だから涼には話していなかった。
「気のせいだったらそれに超したことはないけど、もしもって事もあり得る世の中だからねぇ。ストーカーなんてここ最近よくニュースでも耳にするようになったし。勘違いかもしれないけど、話しておいたほうが良いと思う。彼、警察官なんだし。違ったら、後で笑い話の種にすれば良いだけじゃない?」
ビールを飲み干した店長は2杯目を注文する。
私はモツを突きながら、まだ半分も飲んでいないビールに口をつける。
「でも、別にストーカーになるような元彼もいないですし、心辺りがないんですよ。誰かに何かを要求された訳でもないですから・・・こんなことを警察に言っても、どうしようもないんじゃないかと思って。」
ビールグラスの縁をなぞりながら、自分で話していて少し不安になった。
「まぁ確かにSNSに絵が貼られてるだけじゃ、ただの悪戯にしかとられないかもねぇ。でも、ストーカーって別に付き合ってた人がなるってわけじゃないらしいよ。ただ、ストーカーにとって魅力があれば、黒瀬の知らない誰でもがなり得るんだから。とにかく、そんな気がするって事だけでも、ちゃんと彼に話しておいたら?」
「そうですね・・・・次に会ったら話してみます。」
店長はそれがいいわと、やっと納得した後は今日のお客の愚痴やら、上司の無理難題がどうやらといつもの話題に戻り、それぞれ追加で注文した料理を食べながら、雑談して2時間ほど楽しく過ごした。
居酒屋を出ると店長が、「今日はタクシーで帰りなさい。遅くなったし私も心配だから」とタクシーを止めて、無理矢理私を押し込むと、お金を運転手に預けた。
その心遣いがうれしかった。お礼を言い、タクシーの運転手に行き先を告げると、ゆっくりと自宅へと進み始めた。
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