第9話<0日>

文字数 2,196文字

意識が朦朧とした中、目が覚めた。
今の今まであの部屋にいたはずなのに、今はその面影が1つもない。
「オフィーリア」
自分はオフィーリアだった。いや、違う、オフィーリアは・・・・
「目ガ覚メマシタカ?坂崎柊サン」
部屋のどこからか声が響く。
「目が覚めた・・・今のは夢?」
「違イマス。アナタハ私ニヨッテ、黒瀬サンノ記憶ヲ体験シタノデス。」
オフィーリアの記憶・・・
僕がオフィーリア・・・・オフィーリアの視点で見ていた?
坂崎は混乱と疑問の中にいた。混乱と言っても普通の物とは違う。
僕を怖がっていた。僕の物なのに・・・・
オフィーリアが坂崎を恐怖の対象として見ていたことに混乱していた。
「黒瀬サンハ、アナタノ物デハアリマセン。物デハナク、人デス。」
嘘だ。オフィーリアは僕に笑ってくれた。話しかけてくれた。怖いと思うならそんなことはしない。僕のオフィーリアになることを喜んでいたはず。
あの感情を受け入れることが出来なかった。
「黒瀬サンハ、本当ニ喜ンデイマシタカ?アナタニ絵ヲ送ラレテ、ソノ意味ヲ理解シテイマシタカ?」
絵を送られたとき・・・最初は悪戯・・・2回目からは不気味だと思って、SNSブロックして・・・
あれ??何で?
「黒瀬サンハ、アナタヲ怖ガッテイタ。モウ一度言イマス。黒瀬サンハ人間デス。」
そんなの分かってるよ。だって、人間じゃないと生と死の狭間なんて描けないもの。あの瞳が死を前にしてどう変わるのか、想像しただけで・・・
言っていることは理解出来るが、感情がそれを拒否する。
「何故、生ト死ノ狭間ニ、コダワルノデショウ?」
なぜ?その瞬間が一番、人間らしいから。その瞬間にそれまでの全てが映し出されているから。
悲しみも苦しみも愛も全てがそこに凝縮しているから・・・
「アナタニトッテ、死トハ何デスカ?」
僕にとっての死?うーん、考えたことないけど、全ての終わりかな?でも死んだら絵が描けなくなっちゃう。
「黒瀬サンモ、同じデハ?死ンダラ、何モ出来ナクナル。ソウハ思イマセンカ?」
死なないよ。死なせる気なんかないよ。僕の大事な物なのに、壊すはずがない。皆、僕がオフィーリアを壊す様な言い方をするけど、僕は壊さないよ。
「黒瀬サンノ記憶ノ中デ、坂崎サンヲ、ソウイウ風ニ思ッテマシタカ?」
オフィーリアの記憶。怖かった。とにかく怖くて、何も分からなくて、恥ずかしくて・・・死にたくなった。
オフィーリアは、私はオフィーリアじゃないって、ずっと思ってた。僕に触られる度に気持ち悪いって・・・・
「嘘だ!そんなはず無い!だって、彼女は僕の・・・・」
感情に理解が追いつかない。信じたくない気持ちの方が勝って、否定することしか出来なくなっていく。
「ソウデス、<アナタノ>デアッテ、アナタハ黒瀬サンノ<ミレー>デハナイノデス。」
「ソモソモ、<オフィーリア>トハ、アクマデモ物語ノ中ノ人物デアッテ、実在ハシナイノデス。」
「だから僕は本物のオフィーリアを・・・」
「本物トハ何デショウ。ミレーノ作品ハ、ミレーノ物ガ本物デアッテ、アナタガ描イテモ、ソレハ模写ニシカスギマセン」
何でそんなこと言うんだよ。僕は僕の絵を突き詰めたいだけだ。僕が描いたはずのオフィーリアはミレーを超えるはずなのに。
「模写ヲシテイル時点デ、偽物デハ?本物ヲ超エル事ナド出来ナイノデハ?」
「偽物なんかじゃない!!」
「黒瀬サンハ、本当ニ<オフィーリア>ダッタノデスカ?タダ、アナタガ彼女ニ優シクサレタカラ、自分ノ理想ニ当テハメタダケデハ、アリマセンカ?」
「アナタハ絵ヲ口実ニ彼女ヲ手ニ入レタカッタノデハ。」
彼女を手に・・・・欲しかった。僕は彼女が欲しかった。
「彼女ハ玩具デハアリマセン。モウ一度イイマス。彼女ハ人間デス。」
僕はオフィーリアが描きたかった。僕のオフィーリアで、僕の物で・・・・
「なんでそんなことばっかり言うの?君は誰なの?僕のこと馬鹿にしてる?」
「私ハSHION107。AIデス。」
「AIに何が分かるのさ。人間の複雑な気持ちなんて、理解出来ないだろ?僕の気持ちもオフィーリアの気持ちだって、分かるはずがない。」
「ハイ。私ニハ心ヲ理解スルコトハ出来マセン。シカシ、黒瀬サンノ体験ヲアナタニ、サセル事ハデキマス。アナタハ、私ト違ッテ人間デス。ナラバ、彼女ノ気持チガ理解出来ルハズデス。」
「人間トハ実ニ不可解ナ生き物デス。自分スラ理解出来テイナイ。ソレナノニ、他ガ理解シテクレナイト納得シナイ。今ノアナタノ様ニ。」
「もういいよ。どうせ僕の事は理解出来ない。僕は帰ってオフィーリアを仕上げなくちゃ。」
「本気デスカ?帰ッテモ<オフィーリア>ハイマセン。ソシテ、アナタハ家ニハ帰レマセン。」
「なんで?僕はウチに帰るよ。帰らなきゃ。」
「最後ニ一ツ、伺ッテモ」
「何?僕、急いでるんだけど」
「本当ハ、アナタガ、オフィーリアニナリタカッテノデハ?」
僕がオフィーリアになりたいってどういうこと?僕はオフィーリアを描きたかっただけだよ。
「本当ニ?アナタガ、オフィーリアニ、コダワルノハ何故カ、考エテミテクダサイ。」
僕は川で流れている女の子を見たから・・・・
SHIONはそれきり喋ることはなかった。ただ無音の空間と混乱した感情だけが取り残された。
警官と医者が入ってくる。たくさんの管を抜かれた後、白い部屋を後にした。
ベッドで運ばれている間も、SIONの最後の言葉が頭から離れることはなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み