第6話 <1日-2>

文字数 3,860文字

案の定、学校では校門の鉄門が閉じられる寸前に滑り込む形になった。
自転車を所定の位置に止めて、教室まで急ぐ。
朝礼に遅れて、悪目立ちすれば、クラスメイトにまた何を言われるか分からない。
特に今はなるべく存在感を出したくはない。
そっと扉を開き、体を滑り込ませる。
相変わらず皆はおしゃべりに夢中だったが、私の存在に気づいた何人かが、私を見たまま固まっている。
それは、同情の様な哀れみのような、はたまた興味本位のような、いつもとは違う視線だった。
私が席に着くと、いたたまれないほどの視線と、聞こえないほど小さな声でゴソゴソ話している声がひとかたまりになって私に降り注いだ。
何・・・・この異様な雰囲気・・・
居心地の悪い、不快な思い空気が辺りを包む。
「はいはい、席について!」
そんな中に担任が入ってくる。もう私への視線は消えていた。
いつも通り出席を取り、連絡事項を伝え、そそくさと教室を出て行く担任の話は、ほとんど聞いていなかった。
そしてまた、あの好奇な視線をクラス中から感じる。
私はその視線が怖くて席に着いたまま動けない。まるで金縛りに遭ったように。
手が汗ばみ、顔を上げることも出来ないまま、じっとしていると、
「おい、これって本当にお前?」
一人の男子がスマホを私の視線の先へ突き出した。
「やめろよ!」
もう一人が制止するが、もう私の目にはその写真がくっきりと見えていた。
あのSNSに載っていた写真の顔以外がモザイクを外された物・・・・
胸元に付いているネームには高垣の文字がはっきりと写っている。
一瞬、目の前がくらんだ。混乱した。
私が河川敷で確認した時にはなかった写真だ。
河川敷からここまでの時間で流されたということなのか・・・・
「なっ、これお前だろ?なに?こんなん撮られてよく学校来れるな。」
その男子は周りに制止されても、私に言葉をかけ続けた。
胃からものすごい勢いで何かがせり上がってくる。
混乱と羞恥と怒りと後悔と悔しさと・・・・
「こんなん出回ったら普通こないでしょ?お前、逆にすげーな。」
「もうやめとけって」
もう一人の男子が、力ずくで私の机から、そいつを引っ張っていった。
それと同時に、私はその場に吐いた。
周りにいた人は「うわっ」といいながら飛び退く。
その後のことは、分からない。
意識がそこで途切れたから。


気がつくと、ベッドに横たわっていた。
多分、保健室だろう。起き上がろうとゴソゴソしていると、保健室の先生が仕切りのカーテンを開けて入ってきた。
保健室の小林先生が言うには、吐いてそのまま倒れ込んだらしい。それをクラス委員長から報告を受けた担任がここへ運んでくれたらしい。
「気分は悪くない?」
「はい。」
「顔色悪いから、もう少しここで休んで行きなさい。」
原因・・・・そうだ写真!
「大丈夫です。」
ベッドから勢いよく立ち上がる。寝ている場合ではない。
「大丈夫な顔色じゃないわよ。今、担任の小山先生がクラスの皆と話しているから、色々あったのよね?」
・・・・ばれてる?・・・・・
顔面は一層白くなっただろう、血の気が全て胸の中心へ集まった気がする。
そしてまた吐き気を催す。先生はあわてて洗面器のような物を私に手渡す。
吐けるだけ吐いて、肩で息をしながら呼吸を整える。
先生は水を持ってきて、飲む様に促した。
「先生、クラスで話って、どういうことですか?」
のみ終えて間もなく、質問する。
「なんで、クラスで話をしてるんですか?何について話をしてるの?なんで・・・!」
矢継ぎ早に質問する私に先生は少しビックリしながら、そっと私の横に腰掛け、肩をさすった。
「落ち着いて、高垣さん。大丈夫だから。とにかく、今は落ち着こう。」
息を切らせながら、焦る私を懸命になだめようとしてくる。
でもそんなことで落ち着ける訳がない。何が起こっているのか私には見えないから余計に不安だった。
「そうだ・・・スマホ!」
「高垣さん!!」
今度は強く私の名前を呼び、両肩をがっしりつかんで目を合わせる。
「もう全部分かってるから、とにかく、今は落ち着いて、私と話しましょう。」
全部分かってる?つまり、全部バレてしまっている・・・?
「どういうことですか?」
「あなたが倒れた理由。あなたがされたこと。高垣さんが倒れた後、クラス委員長から全部聞いたの。私も小山先生も。」
・・・・・・あぁもう・・・・だめだ・・・・写真が・・・あれだけじゃないのに・・・
「高垣さん、今親御さんもこちらに向かってるから。」
・・・・・まさか!・・・・
「母に・・・母に連絡したんですか?」
「事が事だけに、親御さんに来ていただくしかないの。」
また胸がむかつく。体の芯まで冷え切ったかと思うと、一気に熱が顔にせり上がる。
「なんで!なんで勝手に・・・どうして・・・」
後は涙で言葉が続かなかった。小林先生の白衣を握りしめ、必死に言葉にしようとするが、出ては来ない。
苦しい・・・・
「大丈夫、大丈夫だから。落ち着こう。先生が話を聞くから、ちゃんと聞くから。話してくれない?高垣さんは何にそんなに苦しんでいるのか。」
そう言って私を抱きしめる。温かかった。話してしまえば楽になれるのに、全部ぶちまけてしまえば・・・・
先生の腕の中で、声を出して泣いた。これまでの辛さを全て吐き出すように声を大にして泣いた。
こんなに苦しいのに、こんなに惨めで悔しいのに、誰にも分かってもらえなくて、誰にも相談できなくて。
そんな思いも全部涙となってあふれていく。
先生は何も言わず、ただ頭を撫でながら、私が泣き止むのを待ってくれていた。


どれくらいの時間泣き続けただろう。長く泣いた気もするが、そうでもない気もする。
ただ、目の周りは痛く、鼻は真っ赤になっているのか、熱を持っている。
「落ち着いた?」
「はい・・・多分・・・」
息をはきながら、ゆっくりと呼吸を整える。先生の白衣は私の涙と鼻水で濡れ、強く握っていたせいで腕の部分がしわくちゃになっていた。
「写真、とられたの?」
先生は優しい声でゆっくりと私に質問してきた。
もう隠していても、仕方がない。どこまで知っているのかは分からないが、あの写真については、隠しきれないだろう。
「はい。」
「誰に?」
「・・・・・・・」
「他にも撮られた?」
「・・・・・」
「その他に何かされた?」
「・・・・・」
質問をされても、答えられる事は殆どない。答えられない。まだあいつらが写真を持っている限り・・・・
「ここまで分かっていること、知りたい?」
私は顔をあげて、先生を見る。
「まず、写真がクラスのSNSグループにモザイクがかかった状態で上がったこと。それを上げたのが江森さんだと言うこと。そして、それとは別のSNSのグループにモザイクが顔だけ残された物が出回ったこと。これは境くんが興味本位でモザイクを外した物よ。それを他のクラスの子が皆に見せたり、共有したことで皆が知ることになった。ここまでは分かっているの。」
別のグループ・・・・だから、私は知らなかったのか・・・・・
手の震えが止まらなかった。もう陽菜がその写真を上げたことも分かっているという事に恐怖した。
「今、江森さんにも話を聞いているし、この件に関わった人の親御さんは、こちらへ出向いてもらうことになる。」
「だから、いまさら隠さなくてもいいの。ちゃんと話をしましょう。ね。」
もう隠しても意味がない。こうなった以上、例え私が何をあいつらに訴えても、写真はばらまかれる。
「言っても、きっと誰も信じません。私はあくまで存在感のない人間で、クラスからの信用も、先生からの信頼もない。しかも、こんなことが世間にバレたら大変でしょう?きっと何事もなかったことにされてしまう・・・」
「私がちゃんと聞くし、信じる。それに他の先生方だってここまでの事件を、放置することは出来ないはずよ。
世間にバレたら大変だからこそ、必死に解決してくれるはず。」
そう言われても信用できない。昨日だって、結局は私が謝って、問題を終わらせてしまった。
よく考えれば、どちらが正しいか分かったはずなのに。
「今回はスマホに証拠が残っているから、かかわった人は逃げられない。多くの人の目には入ってしまったけど、それだけ多くの証人がいる。だから、教えて欲しいの。高垣さんの事も。」
・・・・・・・・・
どうすべきか悩んだ。ここで本当に話してもいいのか迷った。話しても話さなくても結果は同じ・・・・
それなら・・・・・
私はゆっくりと口を開き、最初の一言を声に出すまで時間はかかったが、話し始めた。
いじめられるようになったきっかけ、いままでうけた仕打ち、昨日のことも、吐き出し始めてしまえば、もうそこからは一気に雪崩のごとく言葉が飛び出していった。
息をするのを忘れるほど、全部を吐露し、感情はむき出しになった。
あいつらへの恨みがこんなにあったのかと、自分でも驚くほど、口悪く罵った。
先生はそれをただ黙って、聞いていた。質問や相槌すらないまま、ただじっと。
全てを言い終えて、息を切らす私の背中をそっと片手で撫でながら、
「よく我慢してたね。辛かったよね。」
そう言って目に涙を浮かべ、私の手にそっともう一方の手を重ねた。
どこからこんなに水分が出てくるのか分からないが、私はまた泣いた。
でもそれは静かに、流れるままに・・・
「たくさん泣いていいのよ。今お水を持ってくるから、水分補給しながらここで休みなさい。私は小山先生に様子をうかがってくるから。」
小林先生はそう言うと、静かに保健室を出て行った。私はもらったペットボトルの水を抱きしめながら、泣いていた。

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