第2話 <2日-2>

文字数 4,264文字

1限目、2限目・・・4限目が終わると、昼休憩になった。
今ではお弁当を自分で作れるようになり、冷食を混ぜながらそれなりに普通のお弁当を持ってくるようになった。それでも、教室で弁当箱を開く勇気はやはりなく、いつも図書室の裏で一人、昼食を食べる。
ここは屋根もあって、雨が降っても来られるし、図書室の裏だけあって静かだ。
何より人がこない。まだ誰にも知られていない場所。誰の視線も感じずに、一人になれる場所。やっと見つけた場所だ。
冷たくなったお弁当を黙々とたべる。彩りは単調なお弁当だが、冷食とは言えおいしいし、おかずとして申し分ない。
いつものようにさっさと食べ終わると、鞄から色鉛筆を出して、絵を描きはじめる。
それがいつもの日課だった。
自分の頭に浮かぶ物を自分の色で自由に描き、白いスケッチブックを埋めていく。
それは黒だったり、青だったり、緑だったり、その日の気分と思い描いた物によって毎日違うが、絵を描いている間だけは気持ちが自由だった。
「ガサっ」
突然、いつもは音のしない空間に、急に何かが動く音がした。
音のする方へ視線を向ける。
そこには・・・・
そこには美央と取り巻き2人が立っていた。いつものように、にやついた顔で。
ここは美央達に知られたくない場所だったのに・・・・
「霞、こんなとこでご飯食べてたんだ。いつもこの時間教室いないから、どこに行ったのかと思ってたんだよね。」
「なんで・・・」
「あれ?だめだった?いいじゃん。べつにここ霞の土地じゃないんだし。私達がここに来ても何の問題もなくない?」
この場所を知られたことにショックを受ける。唯一の逃げ場だったのに。
「何描いてんの?」
取り巻きの一人、江森陽菜が私の手からスケッチブックを奪う。
「返して。」
私は手を伸ばして取り返そうとするが、もう一人の取り巻き、吉田莉子がそれを阻む。
「何これ、グロ!霞、こんなの描いてるの?頭、大丈夫?」
スケッチブックを一枚ずつめくりながら、こちらを見て笑っている。
そのスケッチブックを今度は美央が受け取ると、そのまま地面にたたきつけた。
「絵を描く道具を買うお金はあるんだ。良かったね。」
そう言ってスケッチブックを踏みつける。
「やめて。」
土にまみれたスケッチブックを拾おうと手を伸ばす。その手にも容赦なく足が振り下ろされる。
その隙に陽菜が再び拾い上げると、その中の何枚かを引きちぎり、ビリビリに破いてしまった。
私はそれを見ていることしか出来ない。まるで自分を引き裂かれているように胸が痛くなる。
踏まれたままの手を無理矢理引き抜くと、破れた紙を拾いながら、陽菜をにらみつける。
「にらまれても怖くないから。そんなに大事な物だったんだ、ごめんねぇ」
何がおかしいのか分からないが、謝りながらもゲラゲラ笑っているその姿が余計に私を煽った。
怒りで頭が真っ白になる。
ドンっという音に気がついたときには、陽菜を押し転がしていた。
陽菜は地面に尻餅をついた状態で何が起こったのか分からないまま、呆然としている。
美央と莉子が慌てて陽菜をお越しにかかっていた。
「霞!今何したか分かってる?暴力振るったのよ?」
美央が大きな声で叫び声を上げる。私は黙ったまま、残りの紙切れを拾い集めていた。
「聞いてるの!これ先生に言うから。あんたなんて退学になればいい!」
陽菜はスカートのほこりを払いながら、私の背中に向かって吠えている。
私には先生に言われる恐怖より自分の絵を破かれたことの方がよっぽど重要だった。
「ちょっ」
美央が何か言いかけたとき、5時限目の予鈴が校内に鳴り響いた。
「とにかく、先生には言うからね。」
小学生の様な台詞をのこして、3人は去って行った。
私は見える全ての紙切れを拾い集めて、鞄に詰め込む。涙があふれ出る。
人から見れば、だかが絵でしかないが、私には毎日の苦しみや悲しみが詰まった絵だ。
絵に多くのことをぶつけることで、毎日を生きてきた。
それを破かれる気持ちは、どんな痛みよりも耐えがたかった。
もうここには来られない。新しい場所を探さなくてはならない。
踏まれた手は擦り傷になり血がにじんでいた。それをハンカチで押さえながら鞄を持って教室へと急いだ。

ー放課後ー
美央達は有言実行したようで、私は担任から生徒指導室に呼び出された。
狭い空間に美央達3人とそれぞれの担任、生活指導の先生までその場にいる。
「高垣、江森を突き飛ばして怪我させたって言うのは本当か?」
席に座らされて早々、担任が問い詰めてくる。陽菜を見ると、足首に包帯を巻いて泣いている。
普通に歩いて教室に戻ったはずなのに・・・
「江森は高垣が何か書いていたから見せてもらおうとして、誤ってそれを破いてしまったら、急に突き飛ばされたと言っているんだが。」
・・・・どこをどうしたらそんな話になるのか・・・・
「確かに突き飛ばしました。でも、それは絵を故意的に破かれたからです。」
私は冷静に事実だけを話した。無駄な抵抗はするつもりはないが、今回だけは許せなかった。
「先生、私は横で見ていました。陽菜はそんなことしていません。絵を見ていて、高垣さんがひったくったせいで絵が破れたんです。」
美央が陽菜をかばうかのように、反論する。
私は鞄の中から、あの破かれたスケッチブックと紙片をとりだして、机の上に広げた。
「引きちぎれただけでは、こうはなりません。」
生活指導の先生はそれを手に取って確認している。
「確かに、ちぎれたというよりは破いたという感じだな」
「私、そんな事しません。私が先生に言うって言ったから、高垣さんが後から破いたんじゃないですか?それに、私を突き飛ばして怪我をさせたことは認めてるじゃないですか!」
陽菜は泣きながら必死になって、先生達を納得させようとしていた。
「私もその場にいたけど、陽菜は本当に破ってなんかいませんでした」
追い打ちをかけるように莉子が応戦する。
多勢に無勢とはこのことだ。私には不利でしかない。ここで全てをぶちまけたとしても、私1人で何が出来るというのか。失望感にさいなまれながら、何も出来ない自分が情けなくなった。
「まあ、故意じゃなかったにしろ、故意だったにしろ、たかが絵で人に怪我をさせるのはどうかと思うぞ。絵はまた描けばいい。高垣にとって大切な物だったにしろ、怪我をさせたことに変わりはない。」
また描けばいい?冗談じゃない。私には唯一の物だ。誰にも犯されない唯一の・・・
怒りが喉元まであふれそうになっていたが、深呼吸と一緒に飲み込む。
「その怪我は、保健室で手当てしてもらったの?」
陽菜の足に巻かれている包帯を指さして聞いた。
「そうよ。先生はいなかったから、美央に手当てしてもらったけど、それが何?」
「私と別れたときは、普通に歩いていたけど。一応、保健室の先生に来てもらって、見てもらってください。あまりにひどいなら病院に行ってもらわないといけないので。」
「ああ、確かにそうだな。痛そうにしているし、小林先生まだいらしたかな?」
生活指導もその意見には賛成だったようで、保健室に短縮をかけようと席を立った。
急に陽菜が金切り声を上げる。
「私が嘘ついてるって言うの?何のためによ。高垣さん、自分が不利だからって、私を嘘つき呼ばわりするなんてひどい!」
取り乱しながら大泣きしている陽菜を美央と莉子が肩をさすって慰める。
「嘘とは言ってない。病院に行くか行かないか、判断してもらうだけ。」
「私が痛いって言ってるんだから、そのことを問題にしてるんでしょ?すり替えないで!」
相手が怒るほど私は何故か冷静になった。
「すり替えてはいない」
「まあまあ。とりあえず、言い合っても仕方がない。実際に突き飛ばしたのだから、高垣は江森に謝りなさい。」
何も分かってない教師に心底、失望する。その前に私にしたことは全てなかったことにするわけだ。
どう考えたって、明らかに辻褄が合わなくなっているのは陽菜達で取り乱し過ぎてるのが分からないのか・・
教師とはこんな人ばかりだ。人の話をろくに聞かず、検証もせず、ただこの状況を早く終わらせたい、問題を大きくしたくない、そればかり気にして結局真実なんか見ようとはしないのだ。
陽菜の演技もたいした物だ。よくもそんな嘘で泣ける物だ。
「謝ればいいんですか?突き飛ばしてごめんなさい。」
投げやりだった。事実を知っているのは4人だけ。その中の3人は嘘をついて私を陥れている。
何のためにそんなことをするのかなんて理解も出来ない。
「っ・・・ほら江森、高垣も謝ってるから。なっ、許してやろう。」
陽菜はまだエグエグ言いながら、私をにらんでいる。
「謝るだけなんですか?私は怪我したのに!」
今度は先生にくってかかる。
「殴ったり、蹴ったりの明らかな暴力ではないし、別に脅したわけでもない。これ以上の罰則は必要ないだろう。この話はこれで終わりだ。4人ともいいな。」
生活指導がそう結論を出すと、3人は黙ったまま、仕方なさそうに頷いた。
どうしたかったのだろう。私に土下座でもさせたかったのだろうか。意味が分からない。
「じゃあ4人とも、もういいぞ。気をつけて帰れ。江森はちゃんと手当するように。」
そう言って私の担任が部屋を出るよう促す。
私は、失礼しましたとだけ挨拶をして、その場を後にした。
いい加減な嘘に腹も立つが、いちいち相手にしていたら、身が持たない。この数年、いろんな事を体験させてもらったおかげで、ある程度は耐性も付いたし、冷静でもいられる。
だからといって、傷つかないわけではない。悪口が聞こえれば、耳を塞ぎたくもなるし、言いがかりをつけられればどうしてそうなるのかと悲しくもなる。
教室でのヒソヒソ話もこういう言いがかりも、慣れているのではなく、心を閉ざして、他人事の様に聞く事でしか自分を守れない。そう学んだだけのこと。
いつもなら、このままため息交じりに自転車をこいで、帰路につくはずだった。
だが、今日だけはいつもと違った。
自転車置き場で鍵を探していると、美央達が自転車の前に現れた。
「ちょっといい?」
そう言うと、陽菜が私の鞄をひったくり、少し離れた場所へと移動する。
足、平気そうなんだけど・・・
そう思って見ていたら
「ちょっと付き合って。」
「いや。私帰りたいし。鞄返して。」
そういう私の両腕をつかみ、美央と莉子が無理矢理私を引きずっていく。
抵抗はしてみるが、顔に似合わず力が強くて逃げられない。
その間、何人かのクラスメイトとすれ違ったようにも思うが、誰も気にしていないらしく、私はそのまま美央達に引きずられていくしかなかった。
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