特別話 他方前線・前編

文字数 3,896文字

 もう集落を出発してから、数時間が経過した。未だに幻霊砲の第二発が撃ち込まれない。

「まだ、間に合う…」

 大刃はそう思っていた。神代が何故チンタラとしているかは不明だが、攻撃が止まっている今がチャンス。この機は逃せない。
 森の木々を揺らす夜の風が、大刃の首に流れる汗に触れ、ひんやりとした感覚がそこに走った。急がなければいけない。大刃は本能でそう感じた。こちらもゆっくりはできない。嫌な予感がするのだ。

 そして、待ち受ける防衛ライン。神代の霊能力者だろう。

「またか…」

 既に大刃は何度か、防衛ラインを突破していた。無駄な戦いは避けて通ったが、それでも戦わなければいけない時もあった。なので、体は少しずつ疲れを感じ始めている。そこに来てのこの、防衛ライン。十人ほどの霊能力者が、札や数珠を構えて周囲を見張っている。

(さっきよりも人数が多い。これはできれば戦いたくはない相手だぜ。だが人数が多いってことは、そこからわかることは二つ。一つは、気付かれずに突破するのは不可能ってことだな)

 大刃は、そう読んだ。そして覚悟を決めて、構え、突撃した。何が彼にそれを決心させたのか?

(もう一つは、幻霊砲の発射地点に近づいているってことだぜ!)

 鏡を割る。そして霊鬼を自分の体に宿し、力を得る。手のひらに青い炎の鬼火を出現させると、火炎放射をする。

「いたぞ! こっちだ!」
「火を消せ!」

 今の一撃で蹴散らせるとは、大刃自身が思っていない。だが気を取られた神代の霊能力者たち。その隙を突いて、振り切るのだ。

「逃がすな! 追え!」

 しかし、追っ手は大刃の背中を的確に捉えていた。一瞬だけ振り返ってそれを確認すると大刃は、

「やるしかねえな」

 逃げ切れないことを悟ると大刃は足を止めた。
 神代の霊能力者たちは、散らばって大刃を追い詰める。

「面倒なことをしてくれるぜ…!」

 適当に鬼火を、放射する。だがそれは、敵の振りかざした札に切り裂かれた。

「ようし、逃がすな!」

 敵が迫る。だが大刃は冷静だ。
 ボキ、と何かが折れる音がした。樹木だ。敵の後ろの樹木が突然、折れたのだ。

「うわあああああ………」

 その音に気が付き振り向いた敵の一人は、逃げることも身を守ることも間に合わず、樹木に押し潰された。

(鬼火が通じないなんて、想定内だぜ。でもよ、弾いたつもりなんだろうが、その炎は消えちゃあいない! 後ろの木の根元を燃やしてるからな!)

 これは非常時に使える一手であった。だがもう通じない。他の九人の敵は、今の行動を見ている。当然、警戒してくるだろう。
 また敵の一人が飛んだ。数珠を腕に巻いている。霊力を強化しているタイプである。

(なら、俺の勝ちだ…)

 大刃に敵が掴みかかるが、その腕を手刀の一撃でへし折ってやった。同じく強化型なら、霊鬼を持っている大刃に問答無用で軍配が上がるのだ。そして怯んでいる隙に首をねじ切る。

「下がれ!」

 敵の一人が叫んだ。相手は大刃のことを、相当な手慣れと認識した瞬間であった。
 一歩後退したのは大刃も同じだった。

(あと八人! 大丈夫だ、問題ねえ。俺の敵じゃない。一人一人片付ければいいだけのこと。それにこの程度の一対多戦闘は、慣れてる…!)

 一か所に敵を集め、まとめて葬るのがセオリーだ。だから大刃は、どうやって散らばる敵を集めるか、考えていた。

「全員、構え!」

 だが敵の答えは、動かずにその場で霊魂発射。一発目が飛んでくる。これを大刃は、余裕を持ってかわす。
 二人目が、続く二発目を撃った。一発目を避けたばかりの大刃は、無理矢理体を動かしてスレスレでかわした。

(これが狙いか!)

 間髪入れずに、三発目が飛んでくる。気が付くと、四発目、五発目も既に準備ができている。
 敵の作戦。それは順番に霊魂を発射して、避け終わったタイミングで直撃をさせることだった。これはセコイ真似かもしれないが、敵もここでどうにかして大刃を止めなければいけない。必死なのだ。
 大刃が躓いた。その瞬間に四発目が、彼の体に当たった。

「ぐふっ!」

 これは致命的だった。吹っ飛ばされて倒れ込む大刃。

「やったか?」

 敵が様子をうかがう。見た感じでは、大刃は動いていない。

「確認しよう」

 三人の敵が、大刃の体を調べようと近づいた。その時、

(かかったな…!)

 大刃は鬼火の火力を最大限に高め、解き放った。

「な、なんだってえええ……!」

 近づきすぎて、三人は逃げられなかった。一瞬で体は焼かれ、焦げた骨だけがその場に残る。大刃の秘策だ。彼は、霊魂に被弾すれば必ず自分の身を確認しようと近づいてくると思っており、それに賭けたのだ。そしてそれが、功を奏した。
 だが、残りの五人をボロボロの体でさばかねばいけない。不利な状況に変わりはないのだ。

「う、ううぐ…」

 体が、自分のものではない感じだ。言うことを聞かない。さっきの一撃は、それほど致命的だった。足が、動かない。立てないのだ。

「構えろ!」

 五人はその場から動かずに、霊魂を撃ち出す準備をする。次の合図が来たら、一斉に発射する気だ。先ほどとは状況が違う。ほとんど動かない相手に対し、小細工はいらない。

(頼む…。霊鬼よ、俺の体を動かしてくれ…。ほんのちょっとでいい。ここでくたばるわけにはいかねえんだ。俺の背中には、会のみんなの未来がかかってるんだ…!)

 突然、地響きがした。動く地面に、五人の敵は飲み込まれた。
 これはただの土砂崩れだ。運が良いことに、離れていたため大刃は巻き込まれずに済んだ。そして、確信する。

「へっ! どうやらまだ死ぬ許可が下りねえみたいだな! 死神さんは俺の切符を切ってはくれないみてえだ」

 自分だけが巻き込まれなかったのは、運命のいたずら。神や天は言っている。大刃に、幻霊砲を叩け、と。
 近くに落ちていた木の枝を松葉杖代わりに用いた。重たい体を持ち上げると大刃は、休むこともせずに幻霊砲に向かう。

「で、でも…さっきのは堪えたぜ…」

 ポケットに手を突っ込んだ。携帯を取り出すと、電話をかける。

「もしもし…。群主か? 俺だ、大刃だ。今どの辺にいる?」


 群主の移動は、森を抜ける風そのものだった。圧倒的なスピードで木々と同時に敵を抜かすと、すぐに引き離す。お蔭で戦わずして、防衛ラインを二度突破できた。自分の腕に自信がなかったから、神代の霊能力者に戦いを挑まなかったのではない。群主の読みが正しければ、幻霊砲の近くには、腕の立つ護衛がウジャウジャいるはず。その時に全力を出したいために、体力を温存しておく。

「む!」

 携帯が鳴っている。このメロディーが登録されているのはただ一人、大刃だ。

「もしもし?」

 大刃からの電話に出る。

「俺か? 地図上で言うなら、もう三分の二を過ぎたはずだが? お前はどうしたんだ?」

 聞く話によれば、大刃は群主と合流したいらしい。群主は一瞬考える。

(ここで合流すると、この風に乗れなくなるな…)

 移動スピードは、必然的に落ちる。当然だ。群主の風は、他の者は乗れない。
 だが、

(神代の防衛ラインも、おそらく強固な物になっているはず。だとしたら戦力の増強を優先してもいいか…)

 そして、空を見上げる。紫の閃光は、まだ走っていない。

「わかった。位置を教えろ。多分近くにいると思う。俺が向かう」

 近くで、花火が打ち上がった。それは大刃の鬼火で、祭りでよく使っているタイプだ。

「場所は確認した。今向かう!」

 電話を切ると、群主は再び風に乗り、向きを少しだけ変えた。そして数十分吹雪くと、大刃の元にたどり着いた。


「お前、大丈夫なのか?」

 立っているのもやっとな感じの大刃。群主が心配しないわけがない。親友の無残な姿に怒りを感じる。

「神代め……。許さん!」
「落ち着けよ、群主」

 大刃がなだめた。

「今、冷静さを失っちゃいけねえぜ。ここはクールに行こうぜ? 神代の奴らだって、俺たちを止められずに焦ってんだ。俺たちが落ち着けば、隙を見せるのは向こうさ」

 それでも心配を解消できない群主は、大刃に応急処置を施した。十分な物資もないこの状態で、完全回復などはできない。だから一応、その場しのぎではあるが動くのに困らない程度に。

「サンキュー。これで幻霊砲まで行けるな」
「ああ。そして破壊するのだ」

 絶対に失敗できない任務に戻る。勝算はある。大刃はあることを考えていた。

(もう俺はまともな戦力にはなれないだろうな…)

 では何故、群主と合流したのか。

(囮だ。極端な話、俺か群主、それか叢雲か他の誰か…。誰でもいい、幻霊砲にたどり着ければな。群主が幻霊砲に行き、破壊する…。成功率は低いだろう。だが! 俺が囮になれば、それはグッと高くなる)

 大刃は、自分がまだ生きている理由を考えていた。さっき死ななかったのは、自分にはまだすべきことが残っているからと思う。そしてそれは、親友の勝利への手助け。礎になるために、まだ心臓が動いている。
 早くもなければ、遅くもない。そんなスピードで蛇行しながら幻霊砲に向かう。幸いにも、二人が新たに決めたルートは、神代にとって盲点だった。防衛ラインに引っ掛かることなく順調に進むことができた。
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