第八話 最終戦闘・後編

文字数 2,701文字

「クソッ! これでは切れないか!」

 後退する叢雲。チェーンソーの歯は、ボロボロだ。対して札は、傷一つついていない。

「神代の未来…。そんなもの、どうでもいいんだわやっぱり」

 可憐は一人、呟いた。叢雲は黙って聞いていた。

「この戦争に勝つも負けるも、私には関係ない。神代も月見の会も勝手に滅べばいい。互いに傷つけ合うことしか知らないんなら、私は止めない。そもそも霊能力者の未来になんて、興味がないわ」

 ここで、息を吸う。

「でも、私は…! 前に向かう! 一人一人が持つ、可能性のつぼみを咲かせてみせる! 叢雲、あなたを糧にしてでも、私は! 自分の未来を見てみたい。自分の可能性を信じたい。それが、私が思い描く世界。その世界に降り立つまで、止まれない!」

 言い終えると同時に、可憐が駆けた。札はすれ違いざまに、叢雲のチェーンソーを的確に捉えていた。根元から切断され、叢雲の足元に落ちる金属の刃。

「なるほど…。それがお前の思い、未来か…」

 敵ながら、叢雲は可憐の志を褒めた。拍手はできないが、敬意の眼差しを送る。

「だがな、そうならばやはり、譲れない。勝利は、な!」

 これではっきりしたのだ。二人は、どちらか片方しか、この世に存在できない。わかり合う未来はなくなった。いや、最初からあり得ないことなのだ。
 絡み合う運命は、二人に戦うことを選ばせた。生き残った方が己の望む未来を掴む、非常にわかりやすい話だ。


 可憐は自分の可能性のため。
 叢雲は月見の会の未来のため。


 お互いに譲り合えない。その感情が二人をさらに熱くさせる。どちらにとっても最後の戦い。二人は急に、走り出した。並走する相手に、肩をぶつける。

「ついて来れるか!」
「寧ろ置いて行ってやるわ!」

 やがて、二人は足を止める。森を抜けた、どこかもわからぬ場所。谷のようだ。だがそこが返って、相手の墓場として相応しいと感じる。
 叢雲は義手をはめた。もうチェーンソーには頼れない。いつもの爪で決着をつけるつもりだ。

「くらえ!」

 電霊放の煌めきが、叢雲から放たれた。威力は低い。だがそのお蔭で、撃ちながら移動できる。

「はっ!」

 可憐は体をうねらせて避ける。そして叢雲に近づくと、札を振る。だがやはり、義手本体には傷をつけられない。
 その隙に、叢雲は可憐の左手首を右手で掴んだ。そして技を決めて、地面に叩き付けた。そこに電霊放を撃ちこむ。

 今度は叢雲が驚く番だ。可憐は地面に札を突き付けると、反発力でジャンプした。だが空中なら、もう逃げられない。叢雲の電霊放が迫る。そこで、霊魂を札から解き放った。方向は明後日だが、それでいい。自分でもわからない方に撃ちこまれる霊魂の反動で、叢雲は動く可憐に電霊放を当てられなかった。
 着地すると、すぐに可憐は叢雲に迫った。義手に攻撃が通じないなら、体本体を叩くしかない。だが簡単にさせてはくれない。叢雲だって鉄砲水が使えないわけではない。その放水が、可憐の足元を狂わせた。一瞬だけ立ち止まってしまった。その時、叢雲はさらに後ろに下がる。
 すると、また電霊放だ。今度は命中率重視の拡散タイプ。ありとあらゆる方向に、電気が撃ち出される。逃げ場はないように思える攻撃。

 だが、あった。後ろだ。叢雲の近くにいると、どうしても避けられない。だが後ろに下がれば、電霊放同士の間が広くなって命中率は極端に落ちる。その隙間を突いて、かわす。そして札を手裏剣のように投げる。叢雲はこれを、体をのけ反らせて避けたが、電霊放の発射口が上を向いた。そこで可憐はまた、切りかかる。
 今度は爪に妨害された。チェーンソーよりも強力な爪は、札をガッチリと捉えた。だが札も、丈夫だ。しわの一つも走らない。そこで叢雲は、力任せに可憐を札ごと振り回した。耐え切れず、札から手を離す可憐。今度は叢雲が駆ける番だ。爪に残った札を右手で握りしめると、可憐を真似て切りかかる。
 だが可憐も、すぐに予備の札を取り出した。互いの札がぶつかり合う。可憐の予想外は、叢雲が札を十分操っていることだった。普通じゃここまで互角にはなれない。それを可能にする、叢雲のポテンシャル…いや、霊鬼の力ということ。

 しかし、年季の違いを見せつけられた。札を握る指、手首、腕。どれか一つが悲鳴を上げると、輪唱でもしているかのように痛みが広がっていく。叢雲の力は限界に近かった。
 弾かれた。叢雲の手の中から、札が消えた。だがそんなことに驚いている暇はない。すぐに左手で可憐のことを掴みかかる。脇腹を鷲掴みにした。
 そこに、電流を流し込む。だが可憐はその対策を知っていた。叢雲の頭を両手で掴むと、流れ込む電気を彼にも伝える。これに怯み、爪を離す叢雲。同時に可憐は、叢雲の胸を蹴って後ろに飛ぶ。

 叢雲は、地面に倒れ込んだ。だが、それでいい。地面に伏せていれば、可憐の取れる行動は一つしかない。地面に向かって、縦に札を突き立てること。
 可憐が飛んだ。札を構えて叢雲にのしかかる。そして叢雲に向かって、札を突き立てる。その行動は読めないわけではない。手首を掴んで、止める。

 ここまで来ると、純粋に力が強い方が勝つ。そしてそれは叢雲だった。可憐の体を横に放り投げ、そしてすぐに起き上がり態勢を整える。対して可憐の方は少し、傾いている。叢雲はこれをチャンスとは受け取らなかった。罠と判断した。それが正解であり、可憐は脚に力を入れると、勢いよくターンして体を叢雲に向ける。その手の中には、霊魂を発射できる札が握られていた。もし攻撃に移っていたら、間違いなく被弾していただろう。そして叢雲目がけて発射する。対する叢雲も、すぐに電霊放を放つ。
 霊魂と電霊放の激しいぶつかり合い。二人の間で小規模の爆発が起こり、彼女らの体を吹っ飛ばした。

「何だ、これは?」

 異変に真っ先に気が付いたのは、叢雲だった。足元に崩れた墓石が転がっている。それをどけると、白骨が顔を出した。

「きゃあ!」

 可憐もだ。バラバラになった卒塔婆の上に、首がもげた地蔵が寝込んでいる。そして二人揃って叫ぶ。

「ここは、どこだ?」

 ヒートアップする戦いのせいで、自分たちがどこにいるのか、気が付いていなかった。

 この谷は、ただの谷ではない。不気味過ぎる。墓場というなら、霊が一体以上いてもおかしくはない。だが逆に、一体もいない。


 そう、二人は迷い込んでいたのだ。この日本のどこかにあるという、呪いの谷に。
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