第八話 最終戦闘・終編

文字数 4,698文字

 突然、地響きとともに大地が割れた。そしてそこから異様な存在が現れた。

「こ、コイツは! 一体何だ?」

 外見は、イカのようだった。しかし大きさがおかしい。ダイオウイカが話にならないほどだ。胴体に札のようなものが貼られているのも特徴の一つ。そして大きな目が怪しく緑色の光を放つ。

 この存在と対峙した瞬間、二人の思考回路はシンクロしていた。

(ここから離れなければ!)

 こんな怪物と相手をする暇はない。それに二人の勝負の邪魔をされたくない。後日ではなく、今、決着を。水を差すなら場所を変えるだけ。
 だが、この異様な存在はそれを許さなかった。下がろうとした二人に対し、電霊放を飛ばしたのだ。

「コイツ…!」

 二人は飛んだ。お蔭で直撃は免れたが、ここから簡単に出て行くことが難しいと察する。

(排除する!)

 二人の考えはまたも同じ。叢雲が電霊放を撃ちこんだ。

「消え失せろぉっ!」

 手ごたえはある。だが、ソレにはダメージが通っていない様子だ。腕が電霊放を切り裂いている。

「どいて!」

 今度は可憐が前に出た。霊魂を解き放ち、攻撃する。しかし、胴体に当たりこそするものの、全て弾かれる。

「何なのよこれは!」

 こちらの攻撃が、ことごとく通じない。可憐は記憶を瞬時にたどった。狂霊寺で何か、コイツに関する文献を読まなかったか。脳内検索するが、何とも合致しない。
 突然二人の目の前に現れた存在。それは呪いの谷に眠る、悪霊の塊だ。この世に脅威を与えるために存在している、言わば脅霊(きょうれい)。激しい霊気と霊気のぶつかり合いが、脅霊の眠りを妨げたのだ。
 怒り狂う脅霊は、二人に牙をむいた。まず可憐に腕を伸ばした。

「いやぁっ!」

 締め付けて殺すつもりだ。

「この野郎!」

 叢雲が駆けた。可憐を助けるのではない。脅霊に対して頭数をこれ以上減らすわけにはいかないと、本能で判断した。爪を回転させて腕をえぐる。力が入れられなくなった脅霊は、可憐を解放した。

「助かったわ…」
「勘違いしてる場合じゃない。俺だけでは力不足かもしれない、そう判断したまでだ。それにお前を倒すのは、俺だ!」

 脅霊の腕は、何事もなかったかのように再生している。そして腕を振り下した。

「うぐわああ!」

 凄まじい力に、地面に転がる墓石や地蔵が宙を舞う。当然二人の体も投げ飛ばされた。

「これは、もしや!」

 可憐の頭に、ある考えが浮かんだ。

「式神…」

 聖霊神社で岬が持っていたのと、同じ類の存在。そうかもしれないのだ。

「何だそれは?」

 叢雲は知らないようだ。全てを説明している暇はないし、そもそも式神について可憐は、何も学んでいない。

「霊的な存在。そして特別なチカラを持つ!」

 簡潔と言うよりは、手抜き過ぎる説明だ。

「なるほど…」

 だが叢雲は、速攻で理解した。腑に落ちないところがあっても、納得しなければいけないことをわかっていた。

「ならば、除霊できないわけがない!」

 叢雲も腐っても霊能力者。霊の除霊など飽きるほどしてきた。月見の会の除霊方法は一風変わっており、自分の思念を相手にぶつけて霊を鎮め、あの世に送るというもの。

「……………………!」

 鋭い眼光で脅霊を睨むと、同時に思念を送り込む。だが、弾かれた。

「何だ?」

 二人は一瞬で、その異様さに気が付いた。
 幽霊がいるのだ。さっきまでは一体もいなかったはずなのに。複数というか、大勢だ。こんなに大量の霊がごった返している様は、叢雲は見たことがない。まるで地獄の風景を観察しているかのようだった。
 だが、可憐は違った。この現象を経験したことがあった。

「霊界、重合…」

 狂霊寺で、狂儀が引き起こしていた。あれと同じことが、ここで起こっている。

「だとしたら…ここはもう、あの世!」

 何、と叢雲が怒鳴った。霊界重合は彼も知ってはいた。だからこそ恐れおののいた。

「ふざけるな…! そんなこと、あっていいはずがない!」

 危険すぎる故に月見の会では、発足当時に手法が全て破棄されている。だが、それがどんな悪影響を引き起こすのかは伝わっており、骨に刻まれている。

「長時間霊界重合していると霊が暴走し、生者をあの世に引き込む…。それに、この世がこの世でなくなり、あの世の一部になるともう、取り戻せなくなる…」

 二人は、霊界重合がこの谷全域に広がっていることに気が付いた。狂霊寺での規模の比ではない。この時夜故に二人にはわからなかったが、月はもう分厚い雲に隠れていた。電子機器の電波は完全に遮断され、外部と連絡を取り合うことは不可能。

「コイツが、このまま…」

 このまま野放しになったら、神代にも月見の会にも、いいや日本はおろか世界にも未来がないことは火を見るよりも明らかだった。

「くらわせる!」

 叢雲は義手を交換した。三基の銃口を脅霊に向けると、霊気を発射する。可憐も加わり、札から霊魂を撃ちこむ。数えるのもバカバカしいほどの霊気、霊魂の弾丸が、脅霊に撃ちこまれる。それでも脅霊は、怯むことさえしない。腕を地面に沿うように振って、二人を吹っ飛ばした。

(敵わない…のか? 俺では?)

 絶望が叢雲を包み込んだ。脅霊の口ばしが光った。また電霊放が来る。

(避けなければ!)

 頭ではわかっている。だが体が、足が理解できていない。自分の体なのに、思うように動いてくれない。もうすぐそこまで電霊放が迫りくる。

(ここまでか…)


 だが叢雲は、無事だった。間に可憐が割って入り、札で電霊放を切り裂いたのだ。

「何故助ける? 俺はお前の敵だ。ここで見殺すことができたはず…」
「それが勝利なの? 戦わないで勝つ…それを否定するわけじゃないけど、ここでは不適切だわ!」

 可憐は続ける。

「こんな勝手に割り込んできた化け物の思い通りにはさせない! コイツはここで討つ! あなたとの決着はその後で十分! 違うの?」
「そうか…!」

 二人がたどり着いた答え。それは呉越同舟だった。一人では敵わないかもしれないが、二人は強力だ。その力を合わせることができれば、足し算、いや、掛け算にもなろう。

「俺としては、あの胴体の札…あれが気になる。何か知らないか?」
「何か…って」

 可憐は思い出そうとした。聖霊神社での出来事を。式神については、一戦交えた程度だが…。

「あ!」

 思い出せた。

「あれがもし、式神と同じと言うならあの札! あれを壊せばいい。そうすればアレも壊れて消える!」
「確かなのか?」
「きっと…。いや、絶対!」

 確信はなかった。だがここで引き下がるわけにもいかない。だから強く返事をした。

「わかった。俺が注意を引きつける!」

 叢雲は銃口を脅霊に向けたまま、走り出した。うねる腕をかわし、腕の根元に撃ちこむ。その隙に可憐は、胴体に貼られた札目がけて飛んだ。途中、脅霊が腕を伸ばしてきたが、それを踏み台にしてさらに飛ぶ。

「せい、やああ!」

 札を一振り。それで切れた。脅霊の胴体ごと、真っ二つ。

「やったのか!」

 叢雲が叫ぶ。

「やっ…」

 可憐が言い終える前に、切断されたはずの胴体が再生していた。

「駄目か…!」
「いいえ、効果はあるわ! あれを見て!」

 可憐の指差す先には、脅霊の札がある。それが二つに裂けている。さらに、切り落とした胴体にも目をやると、そちらは煙となって消えていく。

「あの札を一瞬で、消失させれば!」
「ならば、最大火力の電霊放しかない!」

 叢雲は今付けている手首を投げ捨て、爪を装着した。そしてそれを回転させて、電霊放をチャージする。
 その間、可憐は囮を買って出た。腕は切っても切っても再生し、可憐に襲い掛かる。それをかいくぐって、何度も切る。

「まだだ…」

 まだ、足りない。札ごと消滅させる勢いがなければ、届かない。手首の回転はさらに速くなり、熱を帯びた。義手の限界が迫っている。だがまだ十分ではないのだ。電霊放のチャージが先か、義手の限界が先か。焦りが募る。

(きたっ!)

 チャージが完了した。溢れんばかりの電気が義手に宿る。そして脅霊に電極部を向けた。

「邪魔だ、どけ!」

 このままでは、可憐を巻き込む。だが叢雲はここから動けない。しかし可憐は、ワザと脅霊の腕に弾かれて、叢雲と脅霊の間から消える。

「今だ、消え失せろこの邪魔者が!」

 解き放たれた。最大火力の電霊放。建物一つ、塵に変えるのすら簡単な威力。その強烈な閃光に辺りが照らされ、昼間のように明るくなる。そして大きすぎる閃光は一瞬で、脅霊の全身を飲み込んだ。

「よし、やった!」

 叢雲は勝利を確信した。今の一撃、耐えられるはずがない。そんなものは、この世には存在しない。
 そう、この世には。脅霊は、あの世の存在とも言える。現世の常識をはるかに超越したその存在は、電霊放の中でも蠢いていた。

「そ、そんな…」

 今の一撃は、最悪の方向に転んだ。確かにダメージはあった。脅霊の札はもう、ボロボロになっている。だがそれが、脅霊の逆鱗に触れたのだ。
 耳をつんざく鳴き声を上げると脅霊は、反動で動けない叢雲に襲い掛かった。腕が彼の頭を捉え、地面に叩き付けた。

「くっ!」

 可憐もすぐ駆けつけた。が、脅霊の動きはさっきよりも鋭敏になっている。可憐も一撃で吹っ飛ばされ、叢雲の後ろに倒れた。
 そして、脅霊が口ばしを向け、電霊放を発射する。

「ま、まずい!」

 叢雲はフラフラする足でどうにか立ち上がると、爪を展開して回転させながら、残っている微弱な電気を放出した。それがシールドとなり、辛うじて脅霊の電霊放を防いでいる。

(長くは、持たない…!)

 さっき叩きつけられた衝撃で、義手のフレームが歪んだ。お蔭で爪の回転が歪だ。カタッ、カタッ、と回転するたびに怪しい音が鳴る。電極部は融けかけており、もう電霊放を発射することはできそうにない。放電できているのが奇跡のようだ。これが尽きれば、後ろの可憐も、終わる。

(あと一撃…)

 叢雲は、あと一撃も耐えられないと感じていた。
 だが可憐は、勝利にアプローチしていた。あと一撃、あの札に与えることができるのなら、きっと脅霊を破壊できるはず。
 その思いは、叢雲にも通じた。

(その一撃を通すというのなら…)

 やるしかない。叢雲は放電を止めてシールドを解除すると、脅霊に飛びかかった。助走もないジャンプ。止まっているような叢雲の動きは、自分を攻撃してくれと言っているようなものだ。
 脅霊が電霊放を止め、腕を振る。叢雲の体は簡単に掴まれた。そして脅霊の口ばしが向けられ、光を集め始めた。

 その時だ。可憐が飛んだ。口ばしの光を飛んで跨ぎ、脅霊の胴体に迫る。

「いっっっっっっっけえええええええええええ!」

 既に発射態勢に入っている脅霊には、動いて逃げる余裕はない。しかも腕は叢雲を掴んで離さない。

 隙だらけの脅霊。可憐は胴体に乗ると、札を引き剥がした。そしてそれを丸めると、自分の札で塵になるまで切り刻む。

「うりゃりゃりゃああああああああああああ!」

 自分の残り体力一杯、札を無我夢中で振った。そして風が吹くと、塵が飛ばされて空にとけていく。
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