第五話 復讐左腕・前編

文字数 2,800文字

 その情報が集落に入った時、その場の皆が絶叫した。

「敗走している、だと…?」

 耳を疑う発言だ。だが確かに電話の向こうの鎌美は、そう大刃に伝えた。

「八咫も…………」

 涙声で話す鎌美。堪え切れない辛さを感じるが、それでも伝えないといけない。

「わかった。それ以上喋るな。切るぞ」

 大刃は無理に電話を切った。

「どうします、良源様?」

 代表の良源は、苦渋の決断を迫られた。逃げる軍勢を助けるには、援軍を出さなければいけないことは誰しもがわかっている。だが、そんな余裕がないのも確かなのだ。

「見殺しにするんですか?」
「助けましょうよ!」
「しかし、だぞ…?」

 集落の場所は、バレてない自信があった。だから良源は、味方を切り捨てようとした。軍勢が追っ手と戦いながら逃げることは難しいだろう。たとえ戻って来れたとしても、神代がおまけについて来ては終わりだ。

「誰が行く?」

 だが発覚していないことは、自信であって確信ではない。防衛にも人手を回さないといけないのである。

「俺が行く」

 その会議に叢雲は乱入し、そう発言した。

「若いのは、黙っていろ!」
「なら黙って行く」

 そう言って出ようとした叢雲を、月見幽谷響が止めた。

「何か、秘策でも?」

 自信満々に叢雲は頷いた。

「その左腕で?」

 まだ、義手を付けていない。

「無茶よ! あなたも無駄死にしたいの!」
「死なないさ、俺はな」

 反対意見を聞き入れる気は最初から叢雲にはなく、幽谷響の体を退けて叢雲は会議から抜け出した。


 傷はもう、痛まない。遠呂智は立派な義手を用意してくれた。だが叢雲はそれを身に付けるつもりになれなかった。

「また、あの女が出てくるかもしれない」

 そう思うと、以前の動きを補う義手は必要ない。それでは勝つことなどできない。だから叢雲は、渡された義手を地面に叩きつけて壊した。そして新たな義手の開発を遠呂智に依頼。

「生活性など、どうでもいい。最強の義手を作ってくれ。俺が左腕に求めるのはそれだけだ」

 その意志が、遠呂智を動かした。そして遠呂智は、言われた通り予備の義手を改造した。その際、人間性などは全てオミットし、攻撃性能だけを極限まで高めることにしたのだった。

「もう、どうなっても知らないロスよ?」
「構わないよ。それともう一つ、頼まれてくれないか?」
「何ロス?」

 叢雲は、霊鬼の性能アップを頼んだ。

「あれ以上は不可能ロスよ? 昨日も言ったロスが、叢雲の持つ霊鬼は精度が最大の八割ロス。鎌美の報告によれば、攻撃部隊はまるでパワーの限界が来たようだったらしいロス」

 遠呂智は、攻撃が失敗に終わった原因は自分にあると思っていた。霊鬼が完璧な戦略と思っていたのは、間違いだらけだったのだ。精度を落とせば量産可能、というのは嘘で、精度が落ちれば性能も落ち、使い物にならなくなる。故に月見の会の軍勢は、負けた。

「今から百パーセントを作れとは言わない。でもさ、精度を上げる方法は他にもあるだろう? 考えたんだ」

 叢雲のアイデア。それは今持っている精度八割の霊鬼を、また別の怨霊と合体させること。理論上の精度は九割となる。

「それが、暴走を始めたらどうするロス?」
「大丈夫だ。義手に何か、強い邪念を代わりに受けるものを入れればいい。そのアテもある。迦具土から聞いた、蓑火の遺品だ。それには何か、強大な霊が封じ込められているらしい。それを使わせてもらおう」

 霊鬼と一番長く向き合っていた叢雲だからこそ、出てきた考えだったのかもしれない。
 この時叢雲は、霊鬼の特徴を把握しているわけではなかった。しかもその提案は、霊鬼が人の心の闇を利用しており、さらに蓑火の遺品=罪霊が封じ込められたガラス玉が叢雲の代わりに心の闇を際限なく提供してくれる、その二つを知らないとできない。無意識に叢雲は、霊鬼の欠点を克服する計画をしていた。
 偶然に偶然が重なった結果、必然となったのだ。


 奇跡が起きたのは、可憐の方だけではなかったのである。


 逃亡を続ける軍勢の足取りはかなり重い。戦闘での疲労もあるが、一番深刻だったのは霊鬼の悪影響だ。所々で体力の回復を図りつつ移動するが。それでも十分とはいえない。遠呂智に言われた通りの封じ方を実践しても、失った体力が戻ってくることはなかった。

 月見の会の軍勢は、あることを疑問に思っていた。

「神代の追っ手が、全然姿を見せない」

 逃げ切れた、と普通は思うだろう。だが先陣を切って敗走をする迦具土はそう考えてはいない。

「もしかして、こっそり尾行されているんじゃ…?」

 そう考えただけで、汗が滝のように流れる。もしこれが本当なら集落に戻るのは危険だ。玉砕覚悟で戦うしかないだろう。

「でも、これでは…」

 戦えない。そんな体力は残っていない。今の軍勢の唯一の希望は、生きて集落に戻ることだけだ。死ぬ気で戦いを挑め、とは口が裂けても言えない。
 疑問を拭えないが、逃げることしかできない。ただ黙って西北西に向かって足を進めるのみだ。

「おい、あれを見ろ!」

 部隊の後部を務める誰かが叫んだ。

「神代だ…。間違いない。俺たち、つけられているぞ!」
「何だと!」

 迦具土の疑問は、現実となってしまった。

 すぐに臨戦態勢に移ろうとする部隊。だが、もう霊鬼には頼れない。
 疲労が隠せない部隊と、敵を蹴散らす力がある部隊。ぶつかってどちらが生き残るかは、火を見るよりも話が早い。

「ここまでか…」

 軍勢の誰かがそう呟いた。誰もがそう感じた。まさにその瞬間。
 誰かが木の上から、彼らの目の前に降り立った。

「む、叢雲! 来てくれたんだね!」

 叢雲であった。彼は集落を出て、そこから狂霊寺に向かうルートを探索し、そして軍勢と合流した。

「あ……」

 迦具土の目が、自然とその左腕に移ってしまった。

「気にすることはない」

 その腕は、明らかに人間のそれではない。手は三本爪のロボットアームのようになっている。手首は腕と一体化しておらず、関節の部分に隙間がある。

「それよりも、蓑火の遺品は?」

「ああ。これだよ」

 迦具土はガラス玉を渡した。受け取った叢雲は義手の小さなハッチを開けるとそこに玉を入れ、固定する。

「これでいい。お前らは早く集落に戻るんだ」
「何言ってるんだ? 一人じゃ危険だよ!」

 そういうのも、無理はない。相手は大勢。人数差は二倍以上。一人で立ち向かおうというのは誰が聞いても無謀としか思えない。

「やってみせる。必ず!」

 だが叢雲も、止まろうとしない。軍勢の中を悠々と歩いて抜け、神代の追っ手の方に向かった。
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