第二話 奇襲攻撃・後編

文字数 3,715文字

 パトカーのサイレンが聞こえる。誰かが通報したのだろうか、それとも自動的に警察に連絡が行くシステムなのだろうか。可憐は警官を待つ気はなかった。

(飛び道具がなければ、安全に近づけるはず。憑りついている霊をどうにかすれば…!)

 だが、さっきから怪力を披露している童に近づくのは非常に危険だ。最悪、体を素手で真っ二つにされかねない。
 ならどうするべきか。それを考えている内に、童の方が動いた。迷わず直進してくる童。可憐は、すぐには動かなかった。

「く、来る!」

 その表情は、やはり笑っている。ここまで来ると恐怖すら感じるその笑み。

(だけど、その油断が命取りよ!)

 カバンから札を取り出すと可憐は、素早く横に飛ぶ。その時札は手放したので、それが宙に漂っている。童は急に止まることができず、札にぶつかった。

「よし!」

 これで霊の力は弱まり、安全に除霊ができる。そう思った。可憐は手を合わせながら近寄った。
 すると、童が札を両手で掴むと、それを引き千切った。

「ウガー!」

 可憐は自分の目を疑った。有り得ない光景、信じたくなかった。だが実際に童には、札の力はまるで効いていないのだ。
 千切れた札は童が指を放すと、ビル風に吹かれて街の中に消えていく。

「……なら、仕方ないわ。少しぐらいの傷、我慢してよね!」

 すかさず新しい札を取り出す。今度は札を構えて切りかかる。幽霊すら切り刻む力を誇る札だ。
 童は向き直ると、可憐目がけて拳を振る。対する可憐も札をすれ違いざまに振る。
 切れた。童の左腕の皮膚が少しだけめくれ、その小さな傷口から血がにじみ出た。

「ウウ…」

 その切り口に霊気がしみ込んでいるのか、童は腕を押さえている。

「通じたわ!」

 自分にも、勝機がある。可憐の心は一瞬だけだが、舞い上がった。そしてもう一発、追撃する。

「ウガー!」

 だがこれは、手首を掴まれて止められた。

「ああ、あああ!」

 物凄い握力だ。手首の骨が砕けそうになる。これ以上力を加えられたら、本当に使い物にならなくなってしまうと感じさせるほどだ。

「で、でも!」

 カバンから、夏穂にあげるはずだった天然水のペットボトルを取り出すと、可憐はそれを投げた。

「オウ?」

 童が不思議に感じるのも、無理はない。ペットボトルは童に向かって投げられてはいない。
 可憐の手に向かって投げられていた。

「…ぐっ!」

 握りしめる力に耐え切れず、指が勝手に開いた。持っていた札が落ちる。そして、投げたペットボトルを切った。

「ブアッ!」

 中身の天然水は、童の顔にかかった。視界を奪われた童は驚いて可憐の手首から手を離し、顔を拭いた。
 そして目を開けると、既に可憐の渾身の一撃が目前に迫っていた。

「はああああああああああ!」

 札の先は丸めてある。こうすれば無意味に切り裂くことはない。だが、重い一撃を与えられるのだ。

「ウウオ…」

 防ぎきれずに、額に直撃した。童の体は後退すると、その場に倒れ込んだ。

「今ね!」

 可憐が童の上に乗った。そして経を唱える。自分の実力なら、十分に霊を除霊できる。可憐は確信していた。

「ウギャアア!」

 童の最後の抵抗。可憐の手を、首を掴みかかるが、可憐は止まらない。

(絶対に救い出してみせる)

 その決意があったためだ。
 可憐が詠唱を止めないので、童は滅茶苦茶に暴れ出した。

「まだ、抵抗する力が残っているなんて…」

 驚いている暇はない。一刻も早く救わねば、自分も危ない。
 可憐はカバンからまた札を取り出すと、トドメの一撃を童に与えた。

「………」

 童の意識が飛んだ。体が鎮まり返ると、可憐はもう大丈夫と思い、詠唱を止めた。これ以上は無駄に苦しめるだけだからだ。

「ふう…。何とかなったわね……」

 怪我人が他に出ていなければいい。手首を押さえながらそう考え、辺りを見回していると、急に童が目を開いた。可憐はそれに気が付かず。突き飛ばされてしまった。

「きゃっ!」

 尻餅を着いて怯んだ隙に、何と童は反転して走り出し、屋上の塀をよじ登って乗り越えると、

「お父さん、お母さん……。私も今、そちらに逝きます…」

 と言い残し、その身を投げた。


 騒動は治まった。可憐は地上に降りてくると鏡子、夏穂と合流した。

「大丈夫なの?」
「…全然。止められなかったの……」

 可憐の表情は香ばしくない。目の前で童に死なれたもの原因だが、そうさせたのが自分なのではないかという疑念が晴らせなかったからでもある。

 幸いにも、負傷者は多いが大事に至った人は他にはいない様子だ。

(一体、あの子は何者だったんだろう。何でこんなことを…?)

 解決できなかったことを悔やみ、せめて最後の別れを告げようと、ビニールシートの被せられた童の遺体に近づこうとした時、その人たちに気が付いた。
 その人たちは、警察官ではなかった。そうでなければ救急隊員でもない。だからといって遺族とか、塾の先生でもない。

「……これを見ろ。コイツは月見の会のヤツだ」

 遺体から、三日月形の勾玉を取り上げたその人と、可憐は目が合った。

「あ…」
「おいお前…。今こっち向いたろ? ちょっと来い」

 向かってくるその男性に、可憐は、

「あなたこそ、誰ですか?」

 と聞いた。すると横にいた夏穂が、

「鬼越さん、ですよね?」
「知っている人なの?」
「名前だけは聞いたことがあります。霊能力者ネットワークの上位に君臨しているカリスマです」

 鬼越(おにごえ)長治郎(ちょうじろう)というのがその人の名前だった。三人は彼に連れられ、場所を近くの喫茶店に移した。


「さっきの子供は、月見の会の刺客だ。もう既に滅んでいたとばかり思っていたが、どうやら違ったようだな」

 長治郎の付き人が、資料を三人に配る。

「つきみのかい? 何コレ?」
「古い霊能力者の集団だ。歴史は江戸時代から。だが最近は話も聞かないし、誰も見も聞きもしていない」

 長治郎は詳しく説明をしてくれた。お蔭で可憐たちは童の目的を推測することができた。

「神代への攻撃、ですか…」
「ああそうだ」

 夏穂は納得している様子だが、可憐と鏡子はついていけてない。

「それがどうして神代塾を攻撃するの?」
「お前は、神代がただの教育企業だと思っているのか?」
「違うの?」
「神代は、日本中の霊能力者をまとめ上げている存在だ。塾の経営なんぞ、表の顔に過ぎない。本当の顔は、日本の闇の領域に手を突っ込んだ家業…霊的な仕事ってわけだ」

 何故そんな集団が塾を経営しているのか、については長治郎は知らんとしか答えなかったが、神代と月見の会の因縁については詳しかった。

「まあ、ことの発端は明治時代に神代(かみしろ)詠山(えいざん)という霊能力者とされている。それまでの日本では、霊能力者は全国に散らばり、お互いに連絡も取れないような有様で、連携して仕事に従事するなんて夢のまた夢だった。それを神代が変えたんだ。その功績は霊能力者ネットワークを見ればすぐにわかる」

 与えられた冊子を開いて、各々の名前を探した。

「あったわ、私のが…ってこれ、何で住所や電話番号まで載ってるの? プライバシーを守る気あるの?」
「それは初代に聞け。俺たちは受け継いだにすぎないからな。だが初代の行いは、決して明るいやり方ではなかった。当時霊能力者の連合を作ることに反対した霊能力者は少なからず存在した。それを初代は、実力行使で解決した」

 要するに、反対意見を唱える者を根こそぎ闇に葬ったということらしい。

「そんなことを…?」

 鏡子が驚きを隠せず、言った。

「そして、反対した霊能力者の中には、既に故郷を決めて自分たちの規則にのみ従い、生活している者たちがいた。それが月見の会だ。月見の会は、当時無名だった神代の言うことを拒んだ」
「そうしたら、当然神代の怒りが飛んでくるんでしょうね? 何をしたの?」

 可憐が聞くと、

「さあな。どうせ粛清だろうが、その残党がどこかに逃げたことは知っている。そして月見の会は残された者たちだけで再興することを決めるわけだ。さっきの子供が存在していたんだ、きっと上手く立ちなおせたんだろうな」

 ここで可憐は、とある疑問に行きついた。

「神代は、今の月見の会をどうするつもりなの?」
「それは、ここでは決めかねる。今神代の本部に連絡し、どうするかを仰いでいる。決定次第、実行だろうな」

 という返事が来た。その後長治郎はコーヒーを三人に奢ると、飲み終わるのを見届け、三人を家まで送り届けた。


「もしもし、八咫? 私、鎌美よ」

 鎌美は、神代塾を観察できるとあるビルの屋上に立っていた。八咫に電話をかけ、偵察の結果を報告した。

「童、死んじゃったわ。でも攻撃は成功。また何かあったら連絡を入れるわね」
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