第四話 防衛作戦・前編
文字数 3,487文字
月見の会の集落に戻った三人。廃村の旧村役場の破壊には成功した。だが三人の凱旋はお世辞にもきらびやかなものではなかった。
「病院に運んで、医者を呼べ! すぐに手術だ!」
叢雲の腕は、その場しのぎの応急処置がしてあるだけだった。このままでは感染症を患う可能性どころか、霊能力者として完全に再起不能になることもある。
「これは酷い…。切り落とされた腕は持って来たか?」
叢雲が首を横に振った。逃げ切るには、彼は腕をトカゲの尻尾にするしかなかった。
「義手が必要だな…」
誰もがそう判断した。そしてその制作には、遠呂智が叢雲から直に指名された。
「任せるロス。叢雲専用のをすぐに設計するロス」
治療とともに、設計を始める。そこで遠呂智はまず、簡単な義手を作ることにした。そして後から、叢雲の意見を聞いた完全版の義手の制作に取り掛かる手筈になった。
手術は成功だった。叢雲の傷は、それほど重症ではなかった。失った腕は戻らないが、重篤になることは避けられたのだ。第二集落の病室に移り、退院の時を待つ。
「もう、無茶しないでよ。私がどれだけ心配したか、君にはわかる?」
橋姫に問い詰められると叢雲は、何にも言えなかった。ただ、霊鬼を封じた鏡に自分の顔を映していた。
二人とも無言だった。橋姫としては叢雲にもう戦って欲しくないと思っている。だが叢雲は逆に、月見の会のために戦うことが使命と感じている。
「まだ、死ねないな…」
ただ、叢雲はそう言った。
「あの女は、俺の顔に泥を塗った。それだけじゃない。遠呂智の技術も侮辱したんだ。それを晴らしたい。その時までは絶対に…!」
一方で第三集落の役場は慌ただしかった。旧村役場で見つかった資料の中に、信じられないものが紛れ込んでいたのだ。
「狂霊寺だと…! あの寺院に誰が!」
その寺に関する資料があるのはおかしいことではない。だが、月見の会を脱落した誰かが、新しい集落の所在地をその寺に教えた可能性が急に浮上したのだ。
「すぐに攻撃に向かえ! 目標は群馬県、狂霊寺だ!」
招集された人材は、優秀な者ばかりだ。八咫に迦具土、そして月見 之子 。さらに戦力を増強し、本格的に寺を叩く。数十人からなる大部隊だ。全員が霊鬼を所持していることから、月見の会の本気度がわかるだろう。
「鎌美か? 群馬県の狂霊寺に向かえ。俺も攻撃に参加する。何、すぐに終わるだろうな。そうしたらお前も一度、集落に戻ってこいよ。久しぶりに顔が見たいもんだ」
偵察も怠らない。八咫は鎌美に電話をし、先に狂霊寺に向かうよう言った。
当然、デメリットもある。大刃や群主は集落の守備隊に回された。だが、人数は圧倒的に少ない。
「おいおい、俺らだけかよ? まあ万が一のこと…っつてもよ、完全にバレてるわけじゃねえし! ここが攻撃されることは億が一もねえな!」
仮に攻め込まれたら、絶対に守りきれない。それを熟知しているためか、
「油断はするな。増援を言い渡されたらすぐに出発できるようにしておこう」
大刃と群主は準備を怠らない。
叢雲は、夜中に集落を出る軍勢を、病室の窓を通して見ていた。自分も参加したい思いでいっぱいで、悔しさだけが心の中に残った。
「責任を取れ、ですって!」
神代孤児院東京支部に呼び出された可憐ら三人は、会議室でそう叫んだ。
「当然のことだ。何でか? 君ら三人は、月見の会の村に赴いた。そして、村は、焼き払われた。そこに、月見の会の所在を示す、証拠があったかもしれない。それを、失った。これでは、月見の会が今、どこにいるのかすら、わからない」
その孤児院の副院長、神崎 凱輝 はそう言った。何か見られては困るものがそこにあった。神代はそう確信している。そう考えると、可憐たちの行動は失敗でしかない。
「…わかったわよ! じゃあどうすればいいわけ?」
「報告にあった、霊鬼、について文献調査せよ」
それが、尻拭いの命令だった。
可憐が聞きなれないと感じた霊鬼という単語は、神代にとっても初めて耳にするものだった。だから知っている人物がおらず、詳細も不明。
だが手がかりがないわけではない。凱輝は可憐らに、群馬行きの切符と地図を渡した。
「この、狂霊寺に向かえ。ここには、霊に関するありとあらゆる、古代文献が揃っている。霊鬼のことも、おそらく載っているだろう」
「もしそうでなかったら?」
「それに関しては、責任は追及しない」
それなら、と可憐は頷いた。
「では、明日にでも出発せよ。速い方がいい」
「わかったわ」
群馬県の山中にその寺院は存在した。
「随分と古いですね。耐震強度は大丈夫なんでしょうか…?」
そこだけ空間を切り取り、過去から持ってきて貼りつけたかのようなその寺院は、どうやって現存しているのか、そこに興味を持ってしまうほど古い建物だ。
「これなら期待できるね。可憐、早く探して戻ろう」
入り口を探していると、後ろから男の声がした。
「誰だ、お前たち!」
「あんた、ここの寺の人?」
「そうだ」
「ならちょうど良かったわ。入れてちょうだいよ」
その可憐たちほど若い男は三人をジロジロ見ると、
「駄目だな」
と言った。
「どうしてよ! 何か不満でも?」
「ああ。面構えが気に食わねえ。ここに来ることは聞いていたがよ、こんな雑魚なのか。それじゃあ話は別だ。文献倉庫に上げるわけにはいかねえぜ」
神代の命令があっても、男には通す気がないらしい。それもそのはずで、狂霊寺は神代の傘下ではあるものの、度重なる交渉の末、仕方がないと言って加わったのだ。だから神代と立場上は同舞台と思っている。そして自分たちと同じかそれ以下の相手には国宝級に貴重な文献は、命が絶たれても見せまいとしてきた。
「お前がどの程度できるヤツかは知らねえし、知る必要もねえ」
「…」
可憐の不満が爆発しそうになった時、長治郎がその間に入った。
「えっと、黒宮 狂儀 君だったな」
「ああ」
「緊急事態なんだが、それでも見せてはくれないか?」
「嘘だろ。焦ってるようには見えないぜ? それに、だ。年上だからって俺が言うことはいはい聞くと思うなよ?」
「……」
長治郎もこれにはお手上げだった。
幸い、離れに泊めてはくれるらしい。長治郎は先に帰り、可憐たちに後を託した、というよりも押し付けた。
「どうする? このままじゃ無駄足よ」
「じゃあ、無理矢理見に行く?」
「そうしたら狂儀さん、鬼になるのでは?」
「なら夏穂、あんた夜這いしてきなさいよ」
「私が? ハニートラップとか無理です!」
「そうだよね…。それで解決するなら、こんなところで困らない」
他にも色々と話し合ったが、いい作戦は出なかった。
「なら、直接わからせるしかないわね…。手荒な真似ではあるけれど!」
可憐は、狂儀が態度ほどの大物であるなら…と思うといても経ってもいられなかった。
次の日、可憐は狂儀に戦いを挑んだ。
「俺に? 笑わせるなよ、馬鹿馬鹿しい。勝算はあるのか?」
「さあね? でも、戦いもしないで自分の方が上って言うのは、逆に弱さを隠したいとも受け取れるわ」
「おおう? 俺を舐めるのか? 面白れえ、受けて立とうじゃねえか!」
境内の中に、開けた場所はない。戦いの舞台は、この寺院全面となった。
「先にまいった、って言った方が負けだ。まあ俺は、お前なんかに負けねえけどな」
三対一は流石に不公平。ということで可憐が代表となった。
「言ってなさい。あとで泣くのはあなたの方よ!」
自信満々な発言をしたが、可憐の心には根拠がなかった。
(塾では、あの子に勝てた。廃村では、月見の会のアイツを退けた。でも、完勝したわけじゃない。塾の時は死なれてしまったし、廃村では相手の目的を防げなかった)
ここでも悔いのある戦いはしたくない。そう思っていた。
「じゃあ、今から十分後に勝負開始だ。お互いに境内のどこかに行って、そこから相手を探すことから始めようぜ」
地の利のない可憐には、不利な条件。だが、それでも受けて立とうと可憐は思った。
「…いいわ!」
お互いに背を向け、それぞれ境内のどこかに隠れる。ほどなくして時間は過ぎ、静かに勝負は幕を開けた。
「病院に運んで、医者を呼べ! すぐに手術だ!」
叢雲の腕は、その場しのぎの応急処置がしてあるだけだった。このままでは感染症を患う可能性どころか、霊能力者として完全に再起不能になることもある。
「これは酷い…。切り落とされた腕は持って来たか?」
叢雲が首を横に振った。逃げ切るには、彼は腕をトカゲの尻尾にするしかなかった。
「義手が必要だな…」
誰もがそう判断した。そしてその制作には、遠呂智が叢雲から直に指名された。
「任せるロス。叢雲専用のをすぐに設計するロス」
治療とともに、設計を始める。そこで遠呂智はまず、簡単な義手を作ることにした。そして後から、叢雲の意見を聞いた完全版の義手の制作に取り掛かる手筈になった。
手術は成功だった。叢雲の傷は、それほど重症ではなかった。失った腕は戻らないが、重篤になることは避けられたのだ。第二集落の病室に移り、退院の時を待つ。
「もう、無茶しないでよ。私がどれだけ心配したか、君にはわかる?」
橋姫に問い詰められると叢雲は、何にも言えなかった。ただ、霊鬼を封じた鏡に自分の顔を映していた。
二人とも無言だった。橋姫としては叢雲にもう戦って欲しくないと思っている。だが叢雲は逆に、月見の会のために戦うことが使命と感じている。
「まだ、死ねないな…」
ただ、叢雲はそう言った。
「あの女は、俺の顔に泥を塗った。それだけじゃない。遠呂智の技術も侮辱したんだ。それを晴らしたい。その時までは絶対に…!」
一方で第三集落の役場は慌ただしかった。旧村役場で見つかった資料の中に、信じられないものが紛れ込んでいたのだ。
「狂霊寺だと…! あの寺院に誰が!」
その寺に関する資料があるのはおかしいことではない。だが、月見の会を脱落した誰かが、新しい集落の所在地をその寺に教えた可能性が急に浮上したのだ。
「すぐに攻撃に向かえ! 目標は群馬県、狂霊寺だ!」
招集された人材は、優秀な者ばかりだ。八咫に迦具土、そして
「鎌美か? 群馬県の狂霊寺に向かえ。俺も攻撃に参加する。何、すぐに終わるだろうな。そうしたらお前も一度、集落に戻ってこいよ。久しぶりに顔が見たいもんだ」
偵察も怠らない。八咫は鎌美に電話をし、先に狂霊寺に向かうよう言った。
当然、デメリットもある。大刃や群主は集落の守備隊に回された。だが、人数は圧倒的に少ない。
「おいおい、俺らだけかよ? まあ万が一のこと…っつてもよ、完全にバレてるわけじゃねえし! ここが攻撃されることは億が一もねえな!」
仮に攻め込まれたら、絶対に守りきれない。それを熟知しているためか、
「油断はするな。増援を言い渡されたらすぐに出発できるようにしておこう」
大刃と群主は準備を怠らない。
叢雲は、夜中に集落を出る軍勢を、病室の窓を通して見ていた。自分も参加したい思いでいっぱいで、悔しさだけが心の中に残った。
「責任を取れ、ですって!」
神代孤児院東京支部に呼び出された可憐ら三人は、会議室でそう叫んだ。
「当然のことだ。何でか? 君ら三人は、月見の会の村に赴いた。そして、村は、焼き払われた。そこに、月見の会の所在を示す、証拠があったかもしれない。それを、失った。これでは、月見の会が今、どこにいるのかすら、わからない」
その孤児院の副院長、
「…わかったわよ! じゃあどうすればいいわけ?」
「報告にあった、霊鬼、について文献調査せよ」
それが、尻拭いの命令だった。
可憐が聞きなれないと感じた霊鬼という単語は、神代にとっても初めて耳にするものだった。だから知っている人物がおらず、詳細も不明。
だが手がかりがないわけではない。凱輝は可憐らに、群馬行きの切符と地図を渡した。
「この、狂霊寺に向かえ。ここには、霊に関するありとあらゆる、古代文献が揃っている。霊鬼のことも、おそらく載っているだろう」
「もしそうでなかったら?」
「それに関しては、責任は追及しない」
それなら、と可憐は頷いた。
「では、明日にでも出発せよ。速い方がいい」
「わかったわ」
群馬県の山中にその寺院は存在した。
「随分と古いですね。耐震強度は大丈夫なんでしょうか…?」
そこだけ空間を切り取り、過去から持ってきて貼りつけたかのようなその寺院は、どうやって現存しているのか、そこに興味を持ってしまうほど古い建物だ。
「これなら期待できるね。可憐、早く探して戻ろう」
入り口を探していると、後ろから男の声がした。
「誰だ、お前たち!」
「あんた、ここの寺の人?」
「そうだ」
「ならちょうど良かったわ。入れてちょうだいよ」
その可憐たちほど若い男は三人をジロジロ見ると、
「駄目だな」
と言った。
「どうしてよ! 何か不満でも?」
「ああ。面構えが気に食わねえ。ここに来ることは聞いていたがよ、こんな雑魚なのか。それじゃあ話は別だ。文献倉庫に上げるわけにはいかねえぜ」
神代の命令があっても、男には通す気がないらしい。それもそのはずで、狂霊寺は神代の傘下ではあるものの、度重なる交渉の末、仕方がないと言って加わったのだ。だから神代と立場上は同舞台と思っている。そして自分たちと同じかそれ以下の相手には国宝級に貴重な文献は、命が絶たれても見せまいとしてきた。
「お前がどの程度できるヤツかは知らねえし、知る必要もねえ」
「…」
可憐の不満が爆発しそうになった時、長治郎がその間に入った。
「えっと、
「ああ」
「緊急事態なんだが、それでも見せてはくれないか?」
「嘘だろ。焦ってるようには見えないぜ? それに、だ。年上だからって俺が言うことはいはい聞くと思うなよ?」
「……」
長治郎もこれにはお手上げだった。
幸い、離れに泊めてはくれるらしい。長治郎は先に帰り、可憐たちに後を託した、というよりも押し付けた。
「どうする? このままじゃ無駄足よ」
「じゃあ、無理矢理見に行く?」
「そうしたら狂儀さん、鬼になるのでは?」
「なら夏穂、あんた夜這いしてきなさいよ」
「私が? ハニートラップとか無理です!」
「そうだよね…。それで解決するなら、こんなところで困らない」
他にも色々と話し合ったが、いい作戦は出なかった。
「なら、直接わからせるしかないわね…。手荒な真似ではあるけれど!」
可憐は、狂儀が態度ほどの大物であるなら…と思うといても経ってもいられなかった。
次の日、可憐は狂儀に戦いを挑んだ。
「俺に? 笑わせるなよ、馬鹿馬鹿しい。勝算はあるのか?」
「さあね? でも、戦いもしないで自分の方が上って言うのは、逆に弱さを隠したいとも受け取れるわ」
「おおう? 俺を舐めるのか? 面白れえ、受けて立とうじゃねえか!」
境内の中に、開けた場所はない。戦いの舞台は、この寺院全面となった。
「先にまいった、って言った方が負けだ。まあ俺は、お前なんかに負けねえけどな」
三対一は流石に不公平。ということで可憐が代表となった。
「言ってなさい。あとで泣くのはあなたの方よ!」
自信満々な発言をしたが、可憐の心には根拠がなかった。
(塾では、あの子に勝てた。廃村では、月見の会のアイツを退けた。でも、完勝したわけじゃない。塾の時は死なれてしまったし、廃村では相手の目的を防げなかった)
ここでも悔いのある戦いはしたくない。そう思っていた。
「じゃあ、今から十分後に勝負開始だ。お互いに境内のどこかに行って、そこから相手を探すことから始めようぜ」
地の利のない可憐には、不利な条件。だが、それでも受けて立とうと可憐は思った。
「…いいわ!」
お互いに背を向け、それぞれ境内のどこかに隠れる。ほどなくして時間は過ぎ、静かに勝負は幕を開けた。