第八話 最終戦闘・中編

文字数 4,455文字

 集落を出て、どれぐらい経ったのだろうか。叢雲が進む最短ルートはまさに幻霊砲の光が通過する真下の道。だが、未だに二発目が撃ちこまれない。

「作戦か?」

 だとしても、神代がこの攻撃に全てを賭けているのは間違いなかった。叢雲の目の前に、十数人からなる神代の部隊がいる。

「また、か」

 ガッカリのため息を吐いた。既に叢雲は、神代の防衛ラインを四つ突破している。しかし、くどいからうんざりしているのではない。

「あの女がいない」

 そのことが不満なのだ。そのストレスを発散するかのように、秒で守備隊を蹴散らしていく。

「本気で俺を止めたいのなら、あの女を出すんだな!」

 叢雲は転がり落ちる屍を見下し、そう言い捨てると道を急いだ。そしてさらに幻霊砲へ近づいたその時。

「…!」

 二人の運命は、再び交差した。


 可憐はただひたすら、待っていた。自分よりも集落に近い場所を陣取っている守備隊の話は聞いている。だが彼らでは絶対にあの男を止めることはできない。だから相手の方から必ずやって来る。道は絶対にここだ。すれ違う可能性もない。彼女ほどにもなれば、本能でわかる。

「来るはずよ…」

 夜空の月を見て、そう言った。月の女神が、運命、と呟いたように見えた。そして視線を落としたその時、視界に誰かが入り込んだ。

「あの顔は…」

 間違いない。廃村で出会った月見の会の霊能力者だった。左腕に機械的な義手をつけている。それが動かぬ証拠。

 二人は、再会した。お互いの運命を乗り越えて、己の未来を切り開くために。
 二人は無言で、向き合った。目と目が合い、お互いに鋭い視線を相手に送る。

「……お前、名前は?」

 沈黙を破ったのは、叢雲の方だった。

「可憐。里見可憐よ。あなたは?」
「俺は月見叢雲、だ」

 可憐の中で、あの男というフレーズが全て、叢雲に置き換わった瞬間だった。叢雲もまた、あの女が可憐であることを記憶に上書きした。


 先に動いたのは、叢雲だった。義手の三本の爪を、頭上の木に向かって飛ばすと、枝の上に飛び乗った。

(このまま森を抜ければ…)

 そう思った。可憐を無視して進めば、幻霊砲を叩ける。この状況でそんな発想があったということは、叢雲が失いつつあった冷静さを取り戻した証拠だろう。少なくとも彼は今、重要な任務を抱えている。月見の会が生き残るために、達成しなければいけない任務を。だからここで可憐を振り切ることを選んでも不思議ではない。

(駄目だ)

 その思考を、一瞬で頭の中から捨て去った。自分でも驚くほど、冷静な判断だった。同時に愚かな選択でもあった。可憐は強者だ。決着がついても無事でいられる保証など、ない。それにこの勝負、すぐには終わらない。ここで戦えば幻霊砲にはたどり着けずに終わる可能性が高いのだ。
 しかし叢雲の決意はダイヤモンドよりも固い。可憐との勝負にこだわった。

「決着が先だ。可憐…個人的にはお前のことなど、全く知らない。だがな、月見の会としてお前を必ず葬らなければいけない!」

 今まで散々苦しめられたその屈辱を、ここで晴らす。理由としては十分すぎる。

「それは私の台詞だわ。親友が亡くなった。その無念を! あなたの死で、償わせる!」

 可憐も同じ思いだ。神代の霊能力者も大勢が死んでいる。その中に鏡子もいる。早すぎる親友の死。歩める未来を潰した、月見の会には罰を与えなければ気が済まない。

「ずあ!」

 叢雲が木の上から飛んだ。狙いを可憐に合わせて、攻撃を仕掛ける。義手の爪を広げ、回転させながら掴みかかる。

「…!」

 可憐は横に逃げた。前にも同じ状況に陥ったことがあった。その時は叢雲が着地する前に、姿勢を正せない状態の彼に攻撃を加えられた。だが今はあえてしない。そしてそれが、正解だった。叢雲は着地する前に、後ろの木に向けて爪を飛ばして移動した。もし攻撃態勢に移っていたら、すれ違いざまにやられていただろう。

 叢雲が振り向いた。爪の真ん中が、怪しく光る。

(電霊放ー!)

 それが可憐目がけて発射された。凄まじい光だ。その閃光に飲み込まれた木々が、一瞬で消える。だが可憐は無事だった。札を二枚重ねて、電霊放を切り裂いたのだ。

「お前も強くなっている…か。そうでないと面白くない!」

 電霊放の反動で動けない叢雲。可憐が一気に距離を詰める。狙うは義手。あれさえ切り落とせば、叢雲は脅威でも何でもなくなる。

「せい、やああ!」

 素早く札を交差させて切る。目で追うのも難しい早業。それを叢雲は、義手の強度を信じてガード。

「その程度じゃ、切れないぜ?」

 ノーダメージなので余裕を見せる叢雲。

「そうみたいね。ここであっけなく終わる、その可能性がなくなったわ!」

 本来なら、落ち込むかショックを受けるべき状況の中、可憐はニヤリとした。叢雲のパワーアップは想像以上だ。それがいい。そうでなければ倒すべき相手にならない。
 不意に、爪が飛んできた。そして可憐の足を掴んだ。

「こういう使い方もある!」

 ワイヤーを一気に引っ張り、可憐の足元を崩す。同時に電流も流す。

「むううう…」

 決定的な怯みを可憐が見せた。

(もらった!)

 叢雲が駆けようとしたまさにその時、

(待て!)

 本能が叫んだ。だから叢雲は止まった。

「…ワザとだな? 隙ができたように見せて、俺の攻撃を誘っている。あと少しで引っ掛かるところだった」

 バレる可憐。彼女は叢雲に見えないように、札を仕込んでいた。体力を吸い取るあの札だ。電気が流れている間だけ、自分に貼りつけた。すると流し込まれる電流が体力よりも先に、札に吸い込まれた。そして叢雲の口が動いたのを合図に、すぐに剥がした。

「こんな使い方もアリね。じゃあ次の手は?」

 ここで叢雲は後ろに下がる。可憐の札は、手が届く範囲の相手しか切れない。距離を取ってしまえば、怖くない。

(もう一度、食らわせる。電霊放を!)

 三本の爪が高速で回転し始める。

「そう来るわよね!」

 だが、ぼさっとしている可憐ではない。札を紐状に展開し、爪に絡ませる。

「何! これは? まるで鞭のように札が!」

 絡まった結果、爪の回転が止まった。これでは電霊放の威力は、期待できない。

「さあ!」

 可憐が札を振り上げた。すると叢雲の体は引っ張られ、木の幹に叩きつけられた。

「くっ! この札…想像以上に頑丈だ…!」

 強く引っ張った程度では、びくともしない。逆につまんだ指先が、少し切れた。
 叢雲は、絡まっている爪を義手から外し、捨てた。

「残念だが、こういう事態も想定内だ…。代わりならいくらでもある」

 新しい手首を装着する。回転しない代わりに、霊気を発射するノズルが三基ついている。その銃口を可憐に向けた。

「くらえ!」

 自動小銃のように連射した。凄まじい威力で発射される霊気は、大木の幹すら容易く貫く。それが三基もある。

「甘いわ!」

 だが可憐は、札を超スピードで振り回し、一発一発を砕いて防御した。そして右に動いた。叢雲から見れば左だ。

「うらあああああああ!」

 連射を止めない叢雲。ズドドドドドドドと、振動とともに音が伝わってくる。その威力が強すぎて、体を動かせない。左に回り込まれた。体を曲げようにも、肘が悲鳴を上げる。

「チッ!」

 撃ち方やめ。急いで可憐の背中を追う。その姿を捉えた瞬間、可憐は突っ込んできた。

(ならば!)

 叢雲も動いた。リスクは大きいが、賭けてみる価値は十分にある。

「うおおおおおおおおお!」

 二人とも、叫ぶ。可憐の札が叢雲の体に迫る。

「おおおおおおおおあ!」

 適当な方向に、撃った。すると衝撃で叢雲の態勢が傾いた。ギリギリのタイミングで札の刃をかわした。

「ああああありゃあああ!」

 そして可憐の胸に叢雲の拳が当たる。霊鬼のもたらすパワーは生きている。

「きゃぁあ!」

 その体が、後ろに飛んだ。

「今かぁ!」

 そして電霊放を撃ちこむ。霊鬼が与えてくれる絶大なパワーを、無限に。

「手ごたえ、アリ…!」

 やった。叢雲はそう思った。
 だが可憐は、無事だ。平然と、立ち上がって言った。

「危なかったわ。霊魂を撃ち出せる札がなければやられていた。間違いないわね…」

 可憐は体が宙を舞った時、すぐに撃ち出した。その反動で横の茂みに落ちたのだ。叢雲の攻撃は全て空振りに終わった。

「しぶとい…コイツ!」

 義手を交換した。何でも切り裂く札使いの可憐が相手なら、出番はないと思っていた三つ目の手首。それを装着した。

「今度は、ノコギリ? 面白いじゃない」

 刃渡り二十センチほどのチェーンソー。もちろん霊力で動く。叢雲は近くの木で試し切りをした。簡単に大木が真っ二つになった。

「行くぞおお!」

 叢雲が動いた。自分の左腕=チェーンソーを可憐に振り下す。負けじと可憐は札を交差させてこれを防ぐ。そして、飛び散る火花。

「俺は負けない、明日を歩むためにもな! お前の中にある未来を掴み取ってでも! 必ず生き残って!」

 叢雲の心は強い。もう、過去の自分じゃない。

「私は…」

 可憐の心には、迷いが生じていた。


 可憐が戦うのはもちろん叢雲に勝つためだが、その先のことを考えたことがなかった。ただ、強敵の出現に喜んでいた自分がいた。この手で倒したいと思った。

(その先って…?)

 叢雲にはある。自分を倒したら、月見の会の未来を導くという目的が。

 だが、自分にはない。純粋に勝利を追い求めるだけの存在。そう自覚した瞬間、チェーンソーが可憐に近づいた。押されている。だが今、可憐の頭の中を駆け巡ったのは、ピンチへの対処ではなかった。

(何で私は、戦うの? 強い相手に勝ちたい。それだけじゃ駄目なの?)

 思い出せば、神代の言うことを聞いているだけだった。

 最初に童が塾を襲撃した際に、自分が対処した。当たり前の判断だが、もしその場にいなかったら? きっとこの戦争に巻き込まれていない。いつも通りの日常を送っているはずだ。
 次に、廃村に赴いた。これも神代の命令だ。狂霊寺に向かったのもそう。そして、今も。違うことと言えば、聖霊神社に行ったことぐらい。

 自分の意思は、戦うことしかないのか? そんなちっぽけな存在なのか? ここに来ての自問自答が、可憐を襲う。

(違うはず! 叢雲にあって、私にないわけがない! 戦う理由、その先にあるもの。それがなければ、ここまでこだわることもないはず。私には気付いてないだけで、あるはずだわ!)

 そう思った瞬間、可憐の札がチェーンソーを弾いた。
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