第八話 最終戦闘・前編

文字数 3,115文字

 神代グループは幻霊砲を、月見の会の集落から約七十三キロメートルの地点に構えた。この遠距離から、砲撃を行うのだ。そして数多くの霊能力者がその場に一時、集められた。

「見よ。この砲台を」

 砲台の大きさは三メートルに満たない。だが実物の砲弾を発射するわけではないので、短くても問題はない。それに砲身の先には穴の代わりに、紫色のドクロがあしらわれている。

「お前たちの使命は簡単だ。防衛ラインを張ること。幻霊砲は五十キロ内の目標を攻撃できない。発射している最中に攻撃されては、危険だ」

 標水がそう言うと、各々は防衛ラインに散らばる。今日の夕方、最初の一発が発射される。それは試し撃ちであり、この幻霊砲が使えるかどうかを確かめるために必要な準備運動。本格的な攻撃は、夜明けに計画されている。

「ちょっと待って!」

 可憐が意見した。

「これじゃあ月見の会は壊滅じゃない」
「それでいいのだ。今更何を言う?」
「まだ、私とあの男との決着が着いてないわ!」

 可憐はこの戦争の終結よりも、勝負にこだわった。確かに、幻霊砲を撃ちこめば、集落にいるであろう叢雲はタダでは済まされないだろう。しかしそれで勝った、最終的に生き残るが勝ち、でいいのか? 

 答えは否。可憐は最初からそう結論づけている。
 だが、

「お前、阿呆か? 今一番大事なことは、この幻霊砲を撃つこと。月見の会を滅ぼすこと、だ。それ以外のことは全て後回し。会議でそう決まった」
「そんなの聞いてない!」
「では、今言った。黙って防衛ラインに向かえ」
「で、でも」

 それ以上は聞き入れてくれなかった。可憐は仕方なく、自分が守るべきポイントに向かう。だが一人で。
 可憐が選んだポイント。それは直線距離で一番月見の会の集落に近いルートの中間だ。ここに陣を取れば、必ず叢雲がやって来る。そうに違いない。だから、可憐はチームを組まず一人で場所に着いた。親友の鏡子を失ってしまったので、仲間と言える者は、夏穂、狂儀、長治郎の三人しか残っていない。長治郎は自爆テロに巻き込まれた傷が残っており、この作戦には加われなかった。夏穂と狂儀は、集落周辺にまだいた。安全な距離を取って、幻霊砲の威力をそこで観測する枠割を担うのだ。

「絶対にあの男は来る。いや、行くしかなくなる。ここで待てば、必ず…!」

 やがて、日が暮れる。この戦争を終わらせるための最初の一発が、放たれる。

 幻霊砲は、命を削って発射する大砲だ。常人なら二発撃てればいい方と言われている。標水は月見の会が滅ぶなら何発でも撃ちこむつもりだ。たとえ自分の命が尽きても、神代に未来があるならそれで構わない。そういう考えだ。

 幻霊砲の砲身が、北西の空に向けられる。

「はあああああああああああああああああああ………………」

 標水が険しい表情をすると、砲身の先のドクロが怪しく光った。
 そして、大惨事を目の当たりにした悲鳴のような、または絶望の淵に落とされた断末魔の叫び声のようにも聞こえる爆音がすると、その光がはるか彼方に解き放たれた。

 幻霊砲の一発目が、発射されたのだ。

「着弾まで…五! 四! 三! 二………着弾!」

 玄が電話の向こうの狂儀に、そう言った。

「なん…! これ………………うか!」

 電波が一時、悪くなる。それほど凄まじい霊気が、一瞬で移動したのだ。北西の空が、紫に染まっている。炸裂した証拠だ。

「問題なし、撃てる。夜明けを待って最終攻撃に移る」

 標水は玄にそう言った。だが玄はそのことを聞く余裕がない。電話の向こうの狂儀の報告は、

「おぞましいものを見たぜ。安全圏内だがよ、それでも大気の振動、霊気の震えがピリピリ伝わってきやがる…。これが幻霊砲かよ」
「もう少し、近づけるか? 集落の様子を確認したいのだが…」
「無茶言うな! 俺にも死ねってか!」

 狂儀と夏穂は、もっと離れることを勝手に決めた。玄は文句を言わなかった。

「うう、う…」

 夏穂が目を背けようと、顔を手で覆おうとした。それを狂儀が妨げる。

「夏穂、しっかりと見ておけよ! あの光の下で、失われていく命がある。勝者は敗者の命の輝き、それを最後まで見届ける義務がある!」


 月見の会の集落は、パニックに陥っていた。

 たった一発の光の煌めき。それが第一集落に直撃しただけで、甚大な被害を被った。畑は雑草ごと枯れ果て、水は全て腐り、家畜はおろか虫一匹も助からない。作業中の人は全員、瞬きし終わるよりも速く奈落の底に突き落とされた。きっと、自分が死んだことすら気づいていない。

「あの光が、第二、第三集落に落ちたら…」

 もう迷っている暇はなかった。すぐに生き残った者を第三集落に集めた。

「恐らく、発射ポイントはここロス」

 遠呂智を始めとした知識人らが、どこから撃っているのかをすぐに突き止めた。何という速さだろう。普通なら大体の予想をつけ、偵察隊を派遣し、そして初めて決定できる。

「あれほどまでに大きな霊気の移動は、もはや隠ぺいのしようがないロス」

 幻霊砲の特徴を、大まかに掴んでいた。

「それはつまり、いくら守護霊やら霊力やらで防御を固めようと無駄ってことかよ!」

 大刃がそう発言すると、知識人らは頷いた。

「幻霊砲へのピンポイント攻撃しか、残されていないんだな?」

 群主が言った。そしてすぐに決死隊が編成される。月見の会は、守備隊すらも攻撃に回すつもりだ。あの砲台がある以上、守りに人を回しても意味がないし、神代も仲間を危険にさらしてまで攻撃隊を寄こしては来ないだろう。そう判断され、そして当たっている。

 決死隊の皆に、緊張が走る。当たり前だ。神代も本気を見せている。もしかしたら、幻霊砲までたどり着けずに息絶えるかもしれない。そうなったら、集落に残る仲間を守れない。
 だが叢雲は別だった。彼はまるで、この時を待っていたかのようにニヤッとした。

「あの女…。きっと幻霊砲の守備隊に回されたんだろう。なら!」

 勝負のチャンスがある。だから叢雲は、ワクワクしていた。

 決死隊はすぐに出発した。大刃や群主は、大回りをするルートを選んだ。幻霊砲にたどり着くまで時間がかかるが、敵が少ないかもしれない。それに賭けたのだ。そして少しでも敵戦力を分散させるため、単騎で攻撃に向かう。他のみんなもそうだった。
 一方の叢雲が行こうと決めたのは、誰も名乗りを上げなかった、幻霊砲への最短ルート。敵の警備が厳重であることは間違いない。それでもその道を選んだ。理由はもちろん、決まっている。

「俺にはわかる。あの女がこの道で待っているんだ。行かないわけにはいかない」

 出発前に、橋姫に呼び止められた。

「ねえ、君は…。死ぬつもりなの?」

 その悲しそうな瞳に叢雲は、

「いいや。勝って必ず戻ってこよう。約束だ」

 と言い、小指を結んだ。しばらく無言だった二人だが、橋姫が切り出した。

「私は、君のことが好き。だから必ず戻って来て。そうしたら、ちょっと早いけど…結婚しよう」
「…結婚か」

 今の叢雲には、橋姫を幸せにできるかどうかわからなかった。だが、

「わかった。そうしたら、集落を二人で出てみようか。いろんな世界を見てみたい」

 橋姫の手を握り、そう答える。すると橋姫は頬を赤くして、

「うん!」

 とだけ言った。そして橋姫は、月見の会の未来のために攻撃に向かう叢雲の背中が見えなくなるまで手を振って送り出した。
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