第七話 不在週間

文字数 3,529文字

 可憐が聖霊神社に行っている間に、ことは大きく動いていた。その空白の二週間の出来事を知ると可憐は、衝撃を隠せなかった。


 神代は本部を、東京第二支店塾に置いていた。規模こそ本店とは比べ物にはならないが、今の本店はまだ、童の襲撃から回復しきれていない。未だに休講中なのだ。

「用意はしたのか?」

 標水が言う。

「できました。でも…」
「でも何だ?」

 幹部が返す。

「月見の会の新しい拠点の場所が未だにわからないのです。群馬より西北西であることはわかるのですが。その延長を辿るにしても範囲が広すぎます。もしかしたら、陸続きじゃないかもしれないのです」

 怒りが飛んでくる覚悟で幹部は言ったが、標水はそれほど怒ってはいなかった。

「ならば、どうすべきか。考えはあるんだろうな?」
「心霊探索法を用います。強い霊力が集中する場所で且つ、神代の者の拠点になっていない…その二つの条件を満たせば、恐らくは月見の会の新しい村かと」

 だがその方法では、時間がかかりすぎる。神代は、一刻も早く場所を特定し、攻撃を仕掛けたかった。理由は簡単だ。

「既に月見の会の攻撃を何度か受け、奴らに踊らされた。追撃部隊は二度も全滅し、神代のメンツは泥まみれ」

 そして、次の発想に行き着くのであった。

「月見の会の全滅を」


 会議は終わった。長治郎は鏡子と共に参加していた。

「随分と思い空気ですね…」
「ああ、そうだな…。標水様は表に出さないだけで、完全に怒り狂っている。他のみんなもそうだ。今から白旗を揚げてもきっと、見て見ぬふりを決めるだろうな。もっとも月見の会がそんなことをするとは思えないが…」

 長治郎のような、懐柔派は既にごく少数となり、発言権などなかった。もはや平和的な解決方法は期待できない。そうなると、例え敵対しているとは言え同じ同胞である霊能力者の血が流れることは避けられない。
 鏡子は外の空気を吸いに行こうとした。その時玄関で、ある老人とすれ違った。

 それが、鏡子が目にした最後の光景だった。


 月見の会は、あることを決めた。

「特別攻撃に移る」

 追い詰められた者が取る行動は、限られている。降参するか、それとも玉砕覚悟の攻撃をするか。月見の会は何を血迷ったのか、後者を選んでしまったのである。
 年長者の、鶴の一声には逆らえない。だが不本意に命を散らすことを推奨する気はない。だから良源は手本を見せると言った。自分が最初の一人になると。そう言って集落を出て、護衛とともに東京に向かった。慣れない道を地図だけを頼りに進み、神代の第二拠点にたどり着いた。何も知らない人が大勢いる。そのほとんどが神代の塾に通う塾生で、霊能力者ではない。だが神代に関わっている者全てが、良源の目には敵に見える。


 その老人=良源は、黒く塗りつぶされた鏡を割った。瞬間、凄まじい量の霊気が解き放たれ、それが爆発した。

 玄関は、原型を留めないほどに破壊された。死傷者多数。最悪の自爆テロ。良源の護衛も、上の階に登るとそこで爆発。

「一体何が起きた?」

 長治郎は叫んだ。さっきまでついていた照明が全て、落ちている。非常ベルが鳴り響き、土煙が立ち込める。何かが焦げる臭いが鼻に突き刺さる。

「鏡子…。鏡子はどこだ? 無事か!」

 叫んでも返事が返ってくることはなかった。


 この攻撃を受け神代は、さらに拠点を変更しなければいけない状況に置かれた。だが、全国に支店を展開している都合上、今更発見されにくい場所などあるはずがない。

「次に狙われるのは、恐らくこの神代孤児院東京支店、違いませんね」

 芹澤(せりざわ)(げん)。この孤児院の責任者だ。塾の惨事は耳にした。だから最初、標水を始めとする神代のトップの移動を断ろうとした。孤児院でもっと大きな被害が出たら…。子供たちを守りきれない。
 だが、標水には作戦があった。

「場所だけ貸せ。人員はいらん。こちらで全て済ませる」


 次の使命を受けた月見(つきみ)荒魂(あらたま)月見(つきみ)和魂(にぎたま)は、神代の孤児院に足を進めていた。この双子は自ら進んで命を散らす覚悟だ。

「ここを曲がって、真っ直ぐだな!」

 二人は何も疑いもせず、道を歩いた。

「着いたぞ! って、アレ?」

 そして異変に気が付いた。
 孤児院は、暗い。それは夜だから当たり前だ、という意見もあるかもしれない。だが時刻は夕方、日が水平線の向こうに沈んだばかり。

「もう消灯するのか?」

 おかしい。施設全体がまるで、ブレーカーを切られたみたいに真っ暗だ。
 荒魂が玄関口に向かった。扉に手を伸ばすと、開いている。

「和魂、入れるぞ…?」

 ますますおかしい。建物は暗いのに、施錠されていないのだ。

「荒魂、これは罠だ!」

 そう叫んだ瞬間、二人は反射的にしゃがんだ。が、なんともない。

「どうなっているんだ? 誰もいなければ、何もない! もぬけの殻じゃないか!」

 ここを爆破しても、神代は痛くもかゆくもないだろう。二人はそう判断した。

「戻ってみよう。もしかしたら、新しい場所に心当たりがあるかもしれない」

 二人は、携帯や電子機器の類は持っていない。データを復元されて、月見の会の集落の場所がバレては困るからだ。
 だがそれが、思わぬ弊害を生んだ。この状況、引き返すというのは最大の悪手。二人は集落に戻っても気が付かなかった。神代の尾行が彼らを見張っていたことに。


「ここまでご苦労だったな。ここからは、俺たちの番だぜ」

 狂儀は、神代の者からバトンを受け取った。夏穂もこの任務に赴くことになっている。

「そんな…。鏡子さん………」

 夏穂が流す涙は、ハンカチがいくらあっても足りないほどだ。

「…気持ちはわかる。だから仇、討たねえとな!」

 狂儀はワンワン泣く夏穂を優しく抱きしめた。涙は自分の体で拭いてやる。それを態度で示した。
 そして出発して六時間。東京から何時間経っているのかは不明だが、尾行対象の足が急に速くなる。

「近いのか…?」

 狂儀と夏穂の心臓の鼓動も速くなる。今まで自分たち神代の人間が、目を赤くしてまで探し回っていた月見の会の集落。そこに近づいているのだ。

「ちょっとあんたたち、ここで何してるのよ!」

 だが、天はここで最後の試練を与えた。狂儀と夏穂の尾行が、鎌美にバレてしまったのである。目先のことに、完全に気を取られて浮かれていた証拠。

「ふーん。あの二人は尾行されてたの? それも神代の作戦ってわけね。で…あんたらをやっちゃえばいいってわけだ」

 鎌美は、既にその気である。ここまで来てしまった二人を、止めなければいけない。黙って帰すわけにもいかない。

「やるか…。お前を倒したのなら、その屍の先に月見の会の拠点があるな?」

 狂儀が前に出た。だがそれを遮るように、夏穂も前に出る。

「おい…!」
「仇、討たないといけません。ここで!」

 夏穂の決意は固かった。その瞳を見た時、狂儀は何を言っても無駄と察した。

「だが、いざという時は俺も加わるからな…。これは夏穂とアイツのバトルじゃない。神代と月見の会との戦争だ。それを忘れんなよ?」

 わかっている。夏穂は頷いた。そしてその戦争によって、尊い命が犠牲になっていることも。

「すぐに息の根、止めてやるわ…!」

 鎌美は、霊鬼の入った鏡を地面に叩き付け、踏んづけて割った。そして霊鬼の力を使い、夏穂に戦いを挑んだ。

「コイツは私の敵じゃないわ」

 鎌美はそう思っていた。何故なら廃村での戦い、鎌美も見ていたからだ。あの時夏穂は、何もできず叢雲から逃げた。可憐の助けがなければ、死んでいた可能性も高い。そんな相手に負けることなど、ありえない。

 その油断が、鎌美の命を亡き者にした。夏穂の強い思いに、鎌美はついに勝てなかったのだ。

「鏡子さん…。これで、安らかに…」


「コイツ、携帯持ってやがるぜ」

 鎌美の亡骸を簡単に埋葬すると、二人はその道の先を目指す。
 そしてついに発見する。林が開けたその場所には、畑があった。

「月見の会の、集落か!」

 さらに奥まで探りを入れる。どうやら集落は三つに分かれているらしく、第一集落は畑がメイン。第二集落は墓地と寺院がちらほら。そして第三集落には、民家が多数。

 この報告を受けた神代は、すぐにあることを決定する。

「幻霊砲を構えろ。目標は…月見の会の新集落だ!」
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