第四話 防衛作戦・後編
文字数 4,083文字
「霊鬼の精度を落とす?」
叢雲は、どうやって遠呂智が霊鬼を調整したのか気になっていた。病室で橋姫と話を聞いていた。
「そうロス。叢雲の霊鬼は怨霊を四体、浮遊霊一体を合成して作ったロス。この場合の精度は八割ロス。怨霊百パーセントの霊鬼はコントロール不能と思われるので、これが一番高い精度となるロス。最初に童に持たせた霊鬼は六割、怨霊三体ロスね。それだと、どうやらまともな精神状態じゃなくなるみたいロスね。鎌美がそう報告してるロス。だから量産版は精度が二割から四割と低めロス。そうすればパワーアップこそ控えめロスが、誰でも扱えるようになるロス」
原理は簡単で、混ぜる怨霊の数をコントロールしているとのこと。しかしここで疑問が生じる。
「でもさ、そうしたら何で叢雲は精度八割の霊鬼でも無事でいられるの?」
「それは……正直わからないロス。童の例を挙げるなら、発狂してもおかしくないはずロス。もしかしたら、何か私でも不明な点がまだ存在するかもしれないロスが……」
「そうか。まあ、ご苦労さん。お蔭で俺は、随分と強くなれた気分だよ」
叢雲はその目線を、左腕に落とした。肘から先はない。廃村での一戦で、同い年くらいの女子に切り落とされたから。
「気に病むことはないロス。失う前よりも高性能に仕上げるロス!」
遠呂智の意気込みは強い。叢雲も安心して任せられる。
「とにかく、今は回復が優先だよ? その状態で戦いたいとか言わないでね? 死に急ぐだけだから!」
橋姫の問いかけに対し叢雲は、
「俺が? まさか死ぬわけがないだろう」
と答えた。
「え……」
橋姫は、言葉を失った。さっきのは冗談で言ったわけではない。だがどうしたのか、以前の叢雲ならこう答えたと思っていた。
「俺はそれでも構わないさ」
叢雲は、自分ではその異変に気づいてなかった。彼は、遠呂智も知らない霊鬼の影響を受けていたのだ。
「さあ、始めようね!」
蓑火はそう言うとタヌキの死骸を乱暴に投げ捨て、可憐に突っ込んできた。手には何も持っていないが、それが逆に何をしてくるのかを可憐に警戒させた。
「くっ!」
数珠を仕舞って札を取り出すと、なんと蓑火はその札を可憐から取り上げた。
「もらうね!」
凄い力の入れようだ。普通に横取りしようとしたら、絶対に千切れていただろう。だが札は無事。千切れずに可憐の手から取る、その絶妙な力加減が恐ろしい。
可憐はもう一枚を取り出した。こちらは取られなかったので、切りかかる。すると蓑火も札を振り下す。札と札が干渉し合い、可憐は力を込めようとした。
(逆ね…! 今力を入れても、きっと負ける。相手の身体能力は異常に上がっているわ。だったら!)
体を横滑りさせて、安全な方に動いた。抵抗を失った蓑火の札は空しく地面に振り下された。足元の砂利が、衝撃で宙を舞った。
「やるね! でも、次はこうはいかないからね!」
一旦距離を取る。蓑火も同じように後ろに下がった。
(力じゃ勝てない。おまけに地の利も援軍もない。ならどうする?)
諦めるという選択肢は最初からない。
一度、蓑火の持つ札を見た。あれは元は自分のものだ。そこから予想できる行動パターンを頭の中で導き出した。
(切ることに特化しているから、そういう攻撃を仕掛けてくるはず。なら、単調な行動を取る!)
そして可憐は走る。相手の懐に潜り込むのだ。当然、蓑火は札を振り回す。その一挙一動は素早いものの、予測できない動きではない。全てかわし、限界まで接近する。
「何を、する気?」
蓑火が後ろに下がろうとしたが、逃がさない。可憐は蓑火の喉を峰打ちした。
「ああうっ!」
いくら身体能力が上がっているとはいえ、元は普通の人間である。だから、弱い部分に攻撃されるととても脆い。そしてそれは蓑火も例外ではない。
急所への攻撃。それもワザと手加減する。そうすれば相手は、傷の具合を確かめようと攻撃を受けたところに手を伸ばす。その一瞬は、隙だらけだ。
「はあああああっ!」
今度は、手加減はしない。札を丸めて、蓑火の頭に向けて撃ち出した。撃ち抜くほどの威力は出なかったが、後ろに吹っ飛ばすことはできた。蓑火の体が、悲鳴とともに地面に倒れ込む。
「はあ、はあ、はあ…!」
頭を強く打ちつけたのに、まだ立ち上がろうとする蓑火。
(そんな闘争心、どこから湧いてくるのよ…?)
「まだだね! こんなところで終われない。私はお前らを倒して、集落に帰…!」
蓑火が言いきる前に、木魚が飛んできて彼女の顔にぶつかった。
「帰れ。人の寺院を何だと思ってるんだ? 野生動物殺して、おまけに汚しやがって! 月見の会だか何だか知らねえが、じゃあ俺には関係ねえな!」
狂儀が加勢してくれたのだ。
「おい可憐! さっさと札を取り上げろ。危ないったらありゃしない!」
「言われなくてもやっているわよ!」
蓑火から札を取り上げると。その腰のベルトを外して両腕に巻き付けた。これで、手の自由は奪った。
「縄ならあるぞ」
「貸して!」
そして足も縛る。
「…………………………、……………………………………、………!」
すると、蓑火は小声で何かを囁いた。
「おい今、何か言ったか?」
「こんなことは無駄だね、だってもうじき来るんだもんね、援軍が! って言ったんだ」
「援軍だと?」
狂儀が境内の五重塔に登って辺りを見回すと、北の方から大勢の人が、林を抜けて向かってくるのが見えた。
「コイツ、斥候だ!」
「何ですって!」
可憐に衝撃が走った。蓑火一人が相手なら、どうにかできないことはなかった。だが軍勢が来ているとなると、話は別だ。
「おい可憐! おまけの二人を呼んで来い! 神代の応援を頼め! ここは携帯の電波は、圏外だ」
「わかったわ!」
だが、可憐にはできなかった。
「フン!」
蓑火が、自分を拘束するベルトと縄を力任せに引き千切った。
「倍にして、返してやるね!」
「……狂儀が行って! 私はコイツを食い止めるわ!」
「わかった。だが、間に合うのか…?」
狂儀は離れに向かった。のん気にしていた鏡子と夏穂を叩き起こすと、鏡子が長治郎の所へ向かうと言い、すぐに走った。夏穂はここに残って抵抗すると言った。
「わかりました。やりましょう、狂儀さん!」
「だが、勝てるか? 寺院の僧侶も総動員するが、相手は手強い。俺ですら、不意打ちを選ばずにはいられなかったんだぞ?」
「やってみないとわかりません。とにかく、行きます!」
まだ到着はしていない。可憐と蓑火が睨み合っている。
「邪魔をしないで! これは私とコイツのバトルよ!」
「さあ、早く次の一手を見せてね!」
あくまでも出方を伺う蓑火。だが可憐は札に頼ろうとはしなかった。切れないわけではないだろうが、通じる気もしない。
(さっきのを学習しないわけがない。札はコイツの前では出せないわ、奪われてしまうもの…。なら!)
髪の毛の先端を千切り、それを蓑火に向かって投げる。
「うん?」
しかし、蓑火に突き刺さりはしなかった。ただその周りに散らばっただけだ。
「はっ!」
念を込めると、髪の毛はパチンと弾き飛んだ。足元の砂利が、蓑火の全身を攻撃する。
「うぐ! そういう、ことね」
また真似をしてくるのか。可憐は思った。けれども蓑火の一手は違う。
なんと、大胆にも無防備な状態で、可憐に突っ込んできた。
(無理にでも、札か何かを出させようって気ね!)
可憐には札の他にも、数珠があった。それ自体は武器として使えるわけではないが、霊気を高めることができる。それがもし、蓑火の手に渡ったら…。その先を考えるだけで鳥肌が立つ。
(でも、何も出さないわ。その場合の動きは!)
蓑火の出方は単純だった。指を広げて、可憐の顔や腕、肩に掴みかかる。可憐は、その気ならと言わんばかりに抵抗せず、腕と肩を掴ませた。
(塞がった、両手が!)
体を揺らして、服の下に仕込んである札を出す。霊気を封じ込めてある、切断しないタイプの札だ。そして自由な方の腕でそれを掴むと、蓑火の体に押し付ける。
「んんん…!」
霊気を一気に解放し、素早く重い一撃を加えた。蓑火の手はしっかりと可憐の肩と腕を掴んでいたために、可憐の体も一緒に宙を舞った。
(まだよ。これから最後の一発!)
自分の霊気も使う。相手に憑りつく霊を除霊することはできなくても、戦意を失わせることなら可能。今までの経験からそれが手に取るようにわかった。
「ここだ…!」
境内の池の近くに二人の体が倒れ込む。一瞬速く可憐は体を起こすと、池の水を少しすくって蓑火にかけた。
「う、うわあああああ!」
境内の池の水は、ただの水ではない。この池には生き物が生息していない。それにはワケがある。
(この水は! 生者の魂を蝕むはず。だから魚や虫の一匹、水草の一本もない!)
可憐の手の先が、ヒリヒリしている。池に手を突っ込んだからだ。
「決めるわ!」
蓑火が最後の抵抗を見せた。髪の毛の先端を切ると、それを可憐目がけて吹きかけた。可憐は避けなかった。細すぎる髪の毛は避けきれないだろうし、それなら受け止める方がいい。瞬時にそう判断したのだ。
「…!」
相手の霊気が、突き刺さった髪の毛から自分の体に流れ込む。全身の感覚神経が叫び声を上げているのが可憐にはわかった。
しかし痛みには怯まない。
(逆よ…! 私に流し込んできた霊気を利用すれば…! そのために髪の毛は、一本残らずこの身に受けた!)
蓑火の首を掴んだ。そして全身を流れる霊気を蓑火に流し込む。
「………」
沈黙する蓑火。勝負はついた。
「勝ったわ、これで!」
叢雲は、どうやって遠呂智が霊鬼を調整したのか気になっていた。病室で橋姫と話を聞いていた。
「そうロス。叢雲の霊鬼は怨霊を四体、浮遊霊一体を合成して作ったロス。この場合の精度は八割ロス。怨霊百パーセントの霊鬼はコントロール不能と思われるので、これが一番高い精度となるロス。最初に童に持たせた霊鬼は六割、怨霊三体ロスね。それだと、どうやらまともな精神状態じゃなくなるみたいロスね。鎌美がそう報告してるロス。だから量産版は精度が二割から四割と低めロス。そうすればパワーアップこそ控えめロスが、誰でも扱えるようになるロス」
原理は簡単で、混ぜる怨霊の数をコントロールしているとのこと。しかしここで疑問が生じる。
「でもさ、そうしたら何で叢雲は精度八割の霊鬼でも無事でいられるの?」
「それは……正直わからないロス。童の例を挙げるなら、発狂してもおかしくないはずロス。もしかしたら、何か私でも不明な点がまだ存在するかもしれないロスが……」
「そうか。まあ、ご苦労さん。お蔭で俺は、随分と強くなれた気分だよ」
叢雲はその目線を、左腕に落とした。肘から先はない。廃村での一戦で、同い年くらいの女子に切り落とされたから。
「気に病むことはないロス。失う前よりも高性能に仕上げるロス!」
遠呂智の意気込みは強い。叢雲も安心して任せられる。
「とにかく、今は回復が優先だよ? その状態で戦いたいとか言わないでね? 死に急ぐだけだから!」
橋姫の問いかけに対し叢雲は、
「俺が? まさか死ぬわけがないだろう」
と答えた。
「え……」
橋姫は、言葉を失った。さっきのは冗談で言ったわけではない。だがどうしたのか、以前の叢雲ならこう答えたと思っていた。
「俺はそれでも構わないさ」
叢雲は、自分ではその異変に気づいてなかった。彼は、遠呂智も知らない霊鬼の影響を受けていたのだ。
「さあ、始めようね!」
蓑火はそう言うとタヌキの死骸を乱暴に投げ捨て、可憐に突っ込んできた。手には何も持っていないが、それが逆に何をしてくるのかを可憐に警戒させた。
「くっ!」
数珠を仕舞って札を取り出すと、なんと蓑火はその札を可憐から取り上げた。
「もらうね!」
凄い力の入れようだ。普通に横取りしようとしたら、絶対に千切れていただろう。だが札は無事。千切れずに可憐の手から取る、その絶妙な力加減が恐ろしい。
可憐はもう一枚を取り出した。こちらは取られなかったので、切りかかる。すると蓑火も札を振り下す。札と札が干渉し合い、可憐は力を込めようとした。
(逆ね…! 今力を入れても、きっと負ける。相手の身体能力は異常に上がっているわ。だったら!)
体を横滑りさせて、安全な方に動いた。抵抗を失った蓑火の札は空しく地面に振り下された。足元の砂利が、衝撃で宙を舞った。
「やるね! でも、次はこうはいかないからね!」
一旦距離を取る。蓑火も同じように後ろに下がった。
(力じゃ勝てない。おまけに地の利も援軍もない。ならどうする?)
諦めるという選択肢は最初からない。
一度、蓑火の持つ札を見た。あれは元は自分のものだ。そこから予想できる行動パターンを頭の中で導き出した。
(切ることに特化しているから、そういう攻撃を仕掛けてくるはず。なら、単調な行動を取る!)
そして可憐は走る。相手の懐に潜り込むのだ。当然、蓑火は札を振り回す。その一挙一動は素早いものの、予測できない動きではない。全てかわし、限界まで接近する。
「何を、する気?」
蓑火が後ろに下がろうとしたが、逃がさない。可憐は蓑火の喉を峰打ちした。
「ああうっ!」
いくら身体能力が上がっているとはいえ、元は普通の人間である。だから、弱い部分に攻撃されるととても脆い。そしてそれは蓑火も例外ではない。
急所への攻撃。それもワザと手加減する。そうすれば相手は、傷の具合を確かめようと攻撃を受けたところに手を伸ばす。その一瞬は、隙だらけだ。
「はあああああっ!」
今度は、手加減はしない。札を丸めて、蓑火の頭に向けて撃ち出した。撃ち抜くほどの威力は出なかったが、後ろに吹っ飛ばすことはできた。蓑火の体が、悲鳴とともに地面に倒れ込む。
「はあ、はあ、はあ…!」
頭を強く打ちつけたのに、まだ立ち上がろうとする蓑火。
(そんな闘争心、どこから湧いてくるのよ…?)
「まだだね! こんなところで終われない。私はお前らを倒して、集落に帰…!」
蓑火が言いきる前に、木魚が飛んできて彼女の顔にぶつかった。
「帰れ。人の寺院を何だと思ってるんだ? 野生動物殺して、おまけに汚しやがって! 月見の会だか何だか知らねえが、じゃあ俺には関係ねえな!」
狂儀が加勢してくれたのだ。
「おい可憐! さっさと札を取り上げろ。危ないったらありゃしない!」
「言われなくてもやっているわよ!」
蓑火から札を取り上げると。その腰のベルトを外して両腕に巻き付けた。これで、手の自由は奪った。
「縄ならあるぞ」
「貸して!」
そして足も縛る。
「…………………………、……………………………………、………!」
すると、蓑火は小声で何かを囁いた。
「おい今、何か言ったか?」
「こんなことは無駄だね、だってもうじき来るんだもんね、援軍が! って言ったんだ」
「援軍だと?」
狂儀が境内の五重塔に登って辺りを見回すと、北の方から大勢の人が、林を抜けて向かってくるのが見えた。
「コイツ、斥候だ!」
「何ですって!」
可憐に衝撃が走った。蓑火一人が相手なら、どうにかできないことはなかった。だが軍勢が来ているとなると、話は別だ。
「おい可憐! おまけの二人を呼んで来い! 神代の応援を頼め! ここは携帯の電波は、圏外だ」
「わかったわ!」
だが、可憐にはできなかった。
「フン!」
蓑火が、自分を拘束するベルトと縄を力任せに引き千切った。
「倍にして、返してやるね!」
「……狂儀が行って! 私はコイツを食い止めるわ!」
「わかった。だが、間に合うのか…?」
狂儀は離れに向かった。のん気にしていた鏡子と夏穂を叩き起こすと、鏡子が長治郎の所へ向かうと言い、すぐに走った。夏穂はここに残って抵抗すると言った。
「わかりました。やりましょう、狂儀さん!」
「だが、勝てるか? 寺院の僧侶も総動員するが、相手は手強い。俺ですら、不意打ちを選ばずにはいられなかったんだぞ?」
「やってみないとわかりません。とにかく、行きます!」
まだ到着はしていない。可憐と蓑火が睨み合っている。
「邪魔をしないで! これは私とコイツのバトルよ!」
「さあ、早く次の一手を見せてね!」
あくまでも出方を伺う蓑火。だが可憐は札に頼ろうとはしなかった。切れないわけではないだろうが、通じる気もしない。
(さっきのを学習しないわけがない。札はコイツの前では出せないわ、奪われてしまうもの…。なら!)
髪の毛の先端を千切り、それを蓑火に向かって投げる。
「うん?」
しかし、蓑火に突き刺さりはしなかった。ただその周りに散らばっただけだ。
「はっ!」
念を込めると、髪の毛はパチンと弾き飛んだ。足元の砂利が、蓑火の全身を攻撃する。
「うぐ! そういう、ことね」
また真似をしてくるのか。可憐は思った。けれども蓑火の一手は違う。
なんと、大胆にも無防備な状態で、可憐に突っ込んできた。
(無理にでも、札か何かを出させようって気ね!)
可憐には札の他にも、数珠があった。それ自体は武器として使えるわけではないが、霊気を高めることができる。それがもし、蓑火の手に渡ったら…。その先を考えるだけで鳥肌が立つ。
(でも、何も出さないわ。その場合の動きは!)
蓑火の出方は単純だった。指を広げて、可憐の顔や腕、肩に掴みかかる。可憐は、その気ならと言わんばかりに抵抗せず、腕と肩を掴ませた。
(塞がった、両手が!)
体を揺らして、服の下に仕込んである札を出す。霊気を封じ込めてある、切断しないタイプの札だ。そして自由な方の腕でそれを掴むと、蓑火の体に押し付ける。
「んんん…!」
霊気を一気に解放し、素早く重い一撃を加えた。蓑火の手はしっかりと可憐の肩と腕を掴んでいたために、可憐の体も一緒に宙を舞った。
(まだよ。これから最後の一発!)
自分の霊気も使う。相手に憑りつく霊を除霊することはできなくても、戦意を失わせることなら可能。今までの経験からそれが手に取るようにわかった。
「ここだ…!」
境内の池の近くに二人の体が倒れ込む。一瞬速く可憐は体を起こすと、池の水を少しすくって蓑火にかけた。
「う、うわあああああ!」
境内の池の水は、ただの水ではない。この池には生き物が生息していない。それにはワケがある。
(この水は! 生者の魂を蝕むはず。だから魚や虫の一匹、水草の一本もない!)
可憐の手の先が、ヒリヒリしている。池に手を突っ込んだからだ。
「決めるわ!」
蓑火が最後の抵抗を見せた。髪の毛の先端を切ると、それを可憐目がけて吹きかけた。可憐は避けなかった。細すぎる髪の毛は避けきれないだろうし、それなら受け止める方がいい。瞬時にそう判断したのだ。
「…!」
相手の霊気が、突き刺さった髪の毛から自分の体に流れ込む。全身の感覚神経が叫び声を上げているのが可憐にはわかった。
しかし痛みには怯まない。
(逆よ…! 私に流し込んできた霊気を利用すれば…! そのために髪の毛は、一本残らずこの身に受けた!)
蓑火の首を掴んだ。そして全身を流れる霊気を蓑火に流し込む。
「………」
沈黙する蓑火。勝負はついた。
「勝ったわ、これで!」