第一話 模擬戦闘・後編

文字数 3,783文字

 月見の会の新集落に戻ったのは、次の日の夜のことだった。

「あの時、俺はどうしてあんなに舞い上がってたんだ?」

 畑の側のベンチで自問自答を繰り返す叢雲。月明かりにも聞いてみたが返事はない。

「あれが霊鬼の力、なのか?」

 隣には、鏡が置いてある。霊鬼が封じ込められているアレだ。その鏡を持ち上げて見つめる。当然、鏡には自分の顔が映っている。

「なら、答えは俺の中だけにあるのか?」

 そんな気はしない。叢雲は自分の実力の限界を知っている。本気になっても大刃はおろか、八咫にすら敵わない。こればっかりは覆せない事実なのだ。現に集落のみんなが知っている。

「でも、霊鬼の力を使えば勝てるのか」

 自信がないわけではないが、自分の実力でもない気がした。だとすればやはり、霊鬼のお蔭に行きつくのが自然だろう。
 叢雲は遠呂智に霊鬼の仕組みを聞いてみたいと思ったが、肝心の彼は今、霊鬼の研究を集落の心霊研究所でプレゼン中だ。その後は量産する手筈だろうから、聞くタイミングがないのは明らかだった。

「とにかく俺じゃ、わからないものはわからない。今は月見の会の指示に従えばいいんだ」

 ベンチに寝転がり、星空を見た。夜空を彩る星々の一つ一つが、誰かの命の輝きであると思えた。

「俺のも、誰かのために輝きたい…。誰かの頭上で輝ける星になりたい…」
「何を言ってるの?」

 急に声がしたので起き上がると、近くに月見(つきみ)橋姫(はしひめ)がいた。叢雲の幼馴染だ。と言っても集落で生活する大勢が顔を知っている人物ではある。またそれらの人物は本来、別に苗字がある(現に叢雲の苗字は本当は、原崎(はらさき)である)が、月見の会への忠誠心を見せるためにみんなが月見と名乗るのだ。

「何をって、目標さ。よく言うだろ? 人は死んだらお星さまになるって」
「君はまだ死んでないでしょ。縁起でもないこと言うのはやめてよね?」

 前置きはこのくらいにして、橋姫は切り出した。

「あのさ…私は見てないんだけど、君、模擬戦闘を圧勝したって?」
「ああ。俺からすれば何で勝てたかはわからないよ。きっと遠呂智が優秀な幽霊を用意してくれたんだろうね」
「そんなこと言わないでよ。叢雲が勝ったんなら、君の実力で間違いないじゃん。大刃君、相当ショックを受けたみたいで、さっき便所でまた泣いてたよ」
「だろうね。大刃は強い。俺らの世代の九四年組では、一番かな? 俺も戦ってみるまでは、そう思ってた」
「戦うまで? 今は?」
「俺さ。だってアイツの攻撃は、痛くもかゆくもなかった。無敵になった気分だよ」

 そう言うと、橋姫はフフッと笑って、

「おかしいね。叢雲の口からそんな言葉が飛び出るなんてさ」
「そう?」
「だっていつも、現実はー、とか言って冷たいじゃん。でも何か今日帰ってきたら、少し表情が豊かになったんじゃない?」
「まあ、否定はしない…」

 幽霊に憑りつかれて態度が変わることは、良くあることだ。叢雲は、自分もそれに当てはまるのかと心の中で驚いた。

「もう帰って寝なよ。明日は朝、早いだろうからね」

 橋姫を始めとする、あまり戦闘に参加できるほどの霊力を持っていない人たちは、技術職に回される。叢雲は夜が明ければ、霊鬼の研究と量産が始まることを予想していた。

「そうしようかな。でも、家まで送ってよ」
「送れって、目と鼻の先じゃないか。それに不審者だってこの集落にはいない。知ってる人しかいないだろ?」
「でも、いいじゃん」
「嫌だよ。家事でも俺に押し付けようったって、そうはいかない。俺は俺の家に帰る」
「ええ、ケチ!」

 だが橋姫はその場を離れようとしなかったので、仕方なく叢雲は彼女を玄関先まで送ることにした。

「泊まってってもいいよ?」
「それはご両親に迷惑だ。俺は帰る」
「そう…。じゃ、お休みなさい」
「ああ、お休み」

 橋姫に挨拶をして別れると叢雲は鏡を持って家に帰った。


 次の日は、そこまで騒がしくなかった。恐らく多くの人が心霊研究所に回されている。だから叢雲は授業と称する畑仕事に従事していた。

「俺に一回勝ったからって、調子に乗るなよ、叢雲!」

 大刃が、叢雲よりも速く桑を振り下ろしながら言った。

「乗ってないだろ、別に」

 と返したが、

「言い訳するなよ! 俺がどれだけ修行したと思ってやがる?」
「五週間」
「即答かよ!」
「お前がいなくて、少し寂しかったぐらいだよ。だからよく覚えてる」
「覚えておけ! 最後に笑うのは俺だ! お前の天下は今だけだ。今に俺にも霊鬼が渡される。そうしたらお前、引きづり下してやるからな!」
「…」

 張り合う気がなかったので叢雲は無言だった。
 心霊研究所から男子が一人、飛び出してきた。

「おい、聞いたかよ!」

 迦具土だった。彼は慌てた様子で、額には汗がびっしょりだった。

「何が!」

 大刃が聞く。

「神代への攻撃が、間もなく始まるんだって!」
「何、本当か? 俺はまだ霊鬼をもらってないぞ!」
「どういうことなんだ、迦具土?」

 叢雲が大刃の口を塞いで、迦具土に聞いた。

「霊鬼を一体作り出したから、それを使って神代塾本部を攻撃するんだって!」
「誰が?」
「童だよ」

 月見(つきみ)(わらし)。知っている少女だ。
 それを聞くと大刃は大きな声で、

「はっは! 冗談きついぜ、迦具土。童はまだ中学生だぞ? そんな実力ありゃしない! すぐに返り討ちさ。大体、その霊鬼俺に寄こせよ!」
「僕も反対したんだけど…」

 今にも泣きそうな迦具土の肩に叢雲は手を置き、

「上には逆らえなかったんだろう。仕方ないさ、この状況を見ればねえ…」

 集落の暮らしは貧しくなる一方だ。現にこの月見の会の第一集落は、建っている民家のほとんどが空き家で、今は畑しか使われていないのだ。一昔前は賑やかだったようだが、もはや見る影もない。
 月見の会としては、現状を今すぐにでも変えたいはずだ。だからすがれるのなら藁でも構わない。

(もしかしたら、俺らの代で途切れるかもな……)

 叢雲はその時が来ることを、常に覚悟している。遠い未来ではない気がするのだ。

(童はまだ子供、だが親がいない。だからの選択か…。どうして若い人に行かせたがるんだろうか、俺には理解できそうにない)

 その後三人は文句を言い合ったが、その声が反映されることはなかった。


 童の出陣はその日の夜だった。集落はまるで儀式でも行っているかのような、昼間にはなかった賑わいをみせた。

「童、お前の任務を述べろ」

 良源が言う。

「はい。神代塾本部を強襲します。そこで甚大な被害が出れば、神代は私たち月見の会と嫌でも話し合う態度を取るはずです。長年虐げられてきた無念と屈辱を晴らすことをここに誓います…」

 その他にも決まり文句を童は述べた。叢雲は、いや大刃や他の若者たちは、代わってやりたい思いでいっぱいだった。
 でもそれは、叶わない。月見の会のルールだ。未だに年功序列の蔓延るこの集落では、大人に口答えなど、口が裂けてもできない。

「頑張れよ、童!」
「運が良ければ、戻って来れるさ!」
「天国で両親が見守っているよ!」

 笑顔で手を振り、みんなの声に応える童。もう片方の手には、鏡が握られている。叢雲にはその意味がわかっていた。

(童には、渡されたんだな…。霊鬼の宿る鏡が。でも何で童だったんだ?)

 疑問は、無理がなかった。何故なら叢雲の隣には、自分よりも霊鬼を使いこなせるであろう人物…大刃がいたからだ。
 まもなく儀式は終わり、童は一人集落を出た。そのどさくさに紛れて叢雲は、やっと遠呂智の元にたどり着けた。

「遠呂智、お前は何も言わなかったのか? 何で童が選ばれたんだよ?」
「私も困惑してるロス…。確かに私は、霊鬼がどうして霊気を高めているのかは未だによくわかっていない、と言ったロス。そうしたら童が、自分が実験台になるって言ったロス」
「他の人の分の霊鬼はまだのか?」
「それは、個々人に合わせて微調整が必要と思われるロス。叢雲は運が良かったロス、でなければ一番に神代への攻撃に派遣されてたロスよ?」
「俺はそれでも構わない。のに、どうしてそれを提案しなかった?」

 問いただすと、横で見ていた橋姫が言った。

「私がそれはやめてって、言ったんだ。君は死に急ぐ傾向があるから、一度止まって良く考えて欲しかったの」
「何で余計な…」
「余計じゃない! 君がいなくなったら、誰がこの集落や私を守るの? 今、霊鬼を一番使いこなせているのは叢雲、君でしょう? 君を失うわけには、いかないじゃない!」

 その言葉に、叢雲は返事を見出すことができなかった。悔しくて、拳を強く握りしめた。

「叢雲、私も辛いロス。でも今できることは、童の任務達成を祈ることだけロス。夜空の星々に願うロス」

 一方儀式の影で、八咫が動いていた。電話をかけている。

鎌美(かまみ)か? よく聞け、童が出発した。明日には着くだろう。お前は離れた場所から偵察するんだ。余計に手は出すな」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み