第三話 運命螺旋・前編

文字数 3,495文字

 神代の上層部は、長治郎の報告に頭を抱えていた。彼らの計算では、既に日本中の霊能力者をまとめることに成功していることになっていたが、思わぬ撃ち漏らしが発覚したためだ。

「このまま野放しにはできない。神代の威厳の問題だ」

 ここで、二つの意見が存在した。

 一つは、懐柔案。月見の会をそのまま、神代に吸収してしまおうという考えである。これなら、月見の会さえ頷けばすぐに解決できる。現代の平和的な環境にもマッチしている。
 しかし神代の中には、塾の本店を襲った相手に何の処罰もしないのか、という過激派も存在している。彼らはまだ他に第三勢力の霊能力者が残っているのなら、神代に逆らうことが何を意味するのか、月見の会をその見せしめに使おうと提案さえした。

「従わせろ!」
「いいや、滅ぼせ!」
「平和的な解決を望む!」
「向こうから攻撃してきたんだ、これは戦争と同じだ!」

 両者は我儘な子供の様に、譲ろうとしない。そこで神代の現代表・神代標水があることを提案することになる。

「まずは、月見の会の現状を確かめるのが先決。確か村が房総半島にあったはずだ。様子を見てくるのだ。月見の会の態度で、どちらの意見を採用するかを決める」

 その鶴の一声に、誰も反対しなかった。


「それで、私たちが派遣される?」

 鏡子が不満を言った。三人は今、自動車に乗って月見の会の村に向かっている。

「頼もしいな、君たちは。躊躇うこともしなかった」

 運転している長治郎が言うと、夏穂が、

「話を聞いてないんですけど…」

 と言った。驚いて急ブレーキをかける長治郎。

「ん何? だが可憐が、みんなと話し合ったら即答でした、って言っていたぞ?」

 事情を察した鏡子は、やれやれと呟いた。

「あちゃ、バレちゃった? でもいいじゃない、誰かが行かないといけないんでしょう?」
「あなたはどうせ、霊能業界に切り込めるとか、ライバル見つけるとかしか考えてないでしょ! 私や夏穂を巻き込まないでって言ってるの!」

 狭い車内で言い争う二人。

「とにかく、ここまで来ておいて引き返すという選択はできないぞ? 三人で月見の会の村を覗いて来い。俺は村から少し離れたところで待っている」
「行かないんですか、長治郎さんは?」
「俺のような大物が乗り込んでは、勘違いされるかもしれないからな。無益な血は流したくはないもんだ」

 近くのパーキングエリアで三人を下した。三人は地図に従い、森の中を、村を目指して進んだ。


 月見の会の第二集落では、葬式が行われていた。

「童は、月見の会の未来のためにその身を捧げたのだ」

 良源はそう言うと、童に見立てた人形をお焚き上げする。黒い煙が空に溶けていく。

「童…」

 橋姫は、彼女の笑顔を一生忘れないと心に誓った。いいや、彼女だけではない。他の誰しもが、そう思ったに違いない。

 月見の会は、次の作戦を既に実行に移していた。

「我々がここに新しい集落を築いたことは、神代は知らないはずだ。前の故郷は既に廃村だが、そこに向かう可能性は否定できない」

 月見の会には、神代のそうした動きを放っておけない事情があった。旧村役場には、移住計画の書類がごっそりと残されている。それが神代の手に渡ってしまえば、居場所がバレていないメリットが消え失せる。
 書類の破棄。それが叢雲、大刃そして月見(つきみ)群主(むらじ)に与えられた使命だった。

 叢雲が早くも選ばれたのには、理由があった。
 霊鬼を使いこなせる者が少ないのだ。あの実力者の大刃でさえ、まるで獣が乗り移ったかのように暴れ出してしまう。遠呂智は霊鬼には何の異常もないと言ったが、このままでは対神代戦において、切り札になり得ない。だが今更計画を練り直す暇もない。

 焦りを見せた月見の会のトップに、叢雲が自ら発言したのだ。

「自分を使ってくれ」

 と。
 守るべきものがあるが、この集落の場所がバレては自分一人では守りきれない。それに童の死も悔しいことだ。叢雲には、迷いがなかった。

「旧村役場さえどうにか破壊できればいいんだろう? なら俺も行くぜ? 叢雲一人じゃ不安だしなあ?」

 大刃も名乗りを上げた。

「お前が行くんか。じゃあ俺も黙っていられんな。よし行こう」

 群主は、大刃と五週間の修行を供に行った人物で、そんな彼の親友だ。そして当然、実力は高い。
 頼もしい若者たちが立ち上がった。月見の会の存亡をかけ、重大な任務に赴く三人。橋姫はここでも、叢雲に立ち止まって欲しいと言った。

「戦わずして橋姫を守れない。これは戦争だ、男は守るべき者のために戦場に行くんだ」

 いつもの冷たい返事に橋姫は涙を流した。だが叢雲も、唇から血が出るほど強く噛んでいた。


「ここが、そう?」

 先に村にたどり着いたのは、可憐たちであった。村は塀で囲まれてはいるものの、整備はまるで行き届いていない。少し力を込めただけで、入り口の門が音を立てて倒れたほどだ。

「ええ、これ、何?」

 鏡子が愕然とした。

 村は、もう数十年ほど使われていない様子だった。草木は生え散らかり、民家は崩れ、野生動物が跋扈しているその有り様では、調べなくてもそこに誰もいないことがわかる。

「滅んだ…んでしょうか? やっぱり?」

 村の奥に入り込むと、夏穂がそう呟く。もし童が襲い掛かって来なければ、誰しもがそう感じる。

「待って! あそこを見て」

 可憐が指で指し示した。

「学校の跡地、かな? でもそれがどうしたの?」

 その不自然さに気が付いているのは、可憐だけだった。

「おかしくない? あの校庭だけ、綺麗に片付けられてるわ」
「あ!」

 月見の会の模擬戦闘、そのために簡単に整理されていたのだ。

「言われてみれば、確かに変ですね。動物がいる気配はないですし、校舎はちょっと崩れているのに、何で校庭だけこんなに綺麗なんでしょうか?」
「それはわからないわ。でも…」

 校庭のとある一点に、鏡の破片が散らばっていた。それを手で取ると可憐は、

「あの子と何か、関係があることは確かね」

 神代塾で、童も鏡を割っていた。となるとこの、真新しい鏡の破片にも絶対に意味がある。

「でも、それ以上は何もわからないわ。月見の会は突然、拠点をどこかに移した。収穫はそれだけね」

 可憐が立ち上がろうとしたその時、校舎の方から何かが飛んできた。

「きゃああ!」

 キツネの死骸だ。まだ温かいソレは、誰かに投げ飛ばされたのだ。

「可憐! あそこを見て! 誰かがいる!」

 鏡子が向けている方を見ると、男が二人立っていた。


「むむ?」

 大刃が異変に気が付いた。

「前にここに来た時よぉ、覚えてるか?」
「ああ。扉はちゃんと元通りに戻したよな?」

 その扉が、乱暴に開けられているのだ。

「とすると、誰かがこの村に入った」

 叢雲がそう言うと、三人は入り口から村に忍び込む。

「マズイな。もうバレているのか?」
「いいや大刃、まだ間に合うかもだぜ? 旧村役場の扉は手つかずだ。窓ガラスも人が入れるほど割れてはいない」

 群主が旧村役場の前に来て、その状態を確かめた。三人は安心して、ため息を吐いた。

「おい、あれを見ろ…」

 小声で叢雲が言う。旧村役場の隣は学校だが、そこに動く人影を発見した。女が三人、いる。

「神代か!」
「声がでかいぞ大刃…! もう嗅ぎつけやがったな。だが、校庭に興味津々とは、知能はそこまで高くないらしい」

 三人は、手で合図を出しながら移動する。叢雲だけは単独で、後ろから襲い掛かるために回り込む。
 大刃と群主の目の前を、キツネが横切った。

「ちょうどいい。飛び道具が欲しいと思っていたところだ」

 何と群主は、そのキツネを掴むと握り殺し、そしてその死骸を三人目がけて投げた。

「今か…!」

 それが合図となって、叢雲は霊鬼の入った鏡を踏み、割った。

(また出てくるか、会うのは二度目だな。霊鬼よ、俺と月見の会に未来をもたらせ!)

 叢雲の体に、霊鬼が重なる。

「…!」

 叢雲は、前に出た。隠れていなければいけないにも関わらず、である。戦いたい衝動が、抑えきれなかったのだ。


 そしてその一歩が、里見可憐と月見叢雲という二人の人物の運命を、絡み合う糸のように交わらせた。それはまるで二重螺旋のようだった。
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