第六話 修行巡礼・後編

文字数 5,784文字

 食事を済ませて自室に戻った可憐。今日の勝利は大きい。また一歩、あの男との決着に近づいた気がした。

「アイツは今、どこで何をしてるんだろう?」

 自分と同じくらい若い。だが置かれた環境は、天と地ほどの差がある。叢雲の所属する月見の会は明日もわからないほどに追い込まれているが、可憐はそんなことは知らずに、霊能力者としても一人の一般市民としても生きてきた。

「早く決着をつけたい。アイツを倒したい…」

 頭の中から、あの時見た顔が離れない。消えずに脳裏に浮かぶ。叢雲はとても強くなった。
 だが可憐は、強くなったのはアイツだけではないと思っている。

「私だって、苦労した。新しい戦術を生み出して、それを使えるレベルまで極めて。その苦労をアイツに全部ぶつけたい。早くその日が来て欲しい」

 だが同時に、別のことも考える。

「もし神代が月見の会と和解したら、勝負はどうなるの?」

 きっと、勝敗は永遠に決まらないだろう。勝手に決闘でも申し込めば、また責任を追及される気もする。

「そんなことはない!」

 可憐は自分の想像を否定した。神代は絶対に、月見の会に対して強固な姿勢を崩さないはず。だとすると月見の会も、戦うしか残された道はない。そこで出会う、またアイツと。可憐の本能がそう、自分に言い聞かせている。これはきっとアイツも同じだ。

「運命ね、これは!」

 戦いあうために出会った、負の運命。血のように赤い糸で結ばれているのだ。それに終止符を打つのは、紛れもなく自分だ。

 そして運命は、二人の勝負の瞬間へと時計の針を進めている。


 次の昼から、実戦訓練は始まった。まずは蜜柑と戦うことになっている。

「手加減はいりませんわよ? 私も全力でいかせていただきますわ」
「それで結構だわ」

 敬語は消えていた。だが相手への敬意は忘れず、深々と頭を下げた。

(蜜柑はどんな戦い方を?)

 昨日の夜はそれを全く考えていなかった。だがそれでいい。予想外の動きを見てしまうと、かえって動揺する。

「行きますわよ」

 蜜柑は手と手を擦り合わせた。

「ん?」

 見たことがある動作に、可憐は反射的に横に飛んだ。

「はっ!」

 飛んでいなければ、電霊放が直撃していたに違いない。

「まさか、あの男と同じ?」
「誰のことです?」

 可憐は、廃村で出会った運命の相手のことを話した。

「そうですの。でも私は知り合いでも何でもありませんわ。だってこの電霊放、私の地方ではありふれた戦術ですもの」
「そうなの」

 可憐は力ない返事をした。よく考えれば、そのルーツは関係ない。

「さあて前置きはこの辺で。では、まいりますわ!」

 蜜柑の戦術は、叢雲のそれとは異なっていた。彼女は電霊放を撃つ、というよりは生じた電流を自分の拳に流した。バチバチと火花が散るその拳で、可憐に襲い掛かる。

「むむっ!」

 これは叢雲との戦闘のシミュレーションにこそならないが、いいデータが期待できる。

(私の新しい札に電気が流されたらどうなる? それがこの戦いでわかる!)

 すぐに札を展開し、蜜柑にぶつける。

「はあ!」

 だが、拳で抵抗される。電気が流れると札は、途中で燃え尽きてしまった。

「なるほど、こうなるわけね」

 紐状の札は、この電気に耐えられない。それがわかった。

 可憐は、動き出した。蜜柑との勝負を一気に決める。お互いに接近しなければいけないのなら、拳の軌道だけに気を配ればいい。

「そこ、ですわね!」

 右ストレートが飛んできた。可憐は体をのけ反らせてギリギリでかわす。そして札を振り上げる。

「なりません!」

 が、この動きは左手で防がれた。

「あぎゃあああああおおおおおううう!」

 自分の体に、電流が走る。左手も既に、電気を帯びていたのだ。

(ぐぐぐぐううううううう! で、でも! これなら!)

 可憐の対抗策。それは簡単で、蜜柑の首を両手で掴んだ。

「ひゃあああひゃあああああああ!」

 今度は蜜柑が悲鳴を上げる番だ。彼女の体に、電気が逆流している。

(このままでは、共倒れ…。させない!)

 可憐の渾身の頭突きが、蜜柑に炸裂した。額と額が接触するその一瞬に、自分の中の霊気を相手に流し込む。蜜柑はそれができていない。

「く、う…」

 電気が止まると、同時に蜜柑の体が崩れた。


 いよいよ、最後の勝負だ。岬と対面する。

「でも私は、戦わないわ」
「はい? 何ですって?」

 岬は確かに、札を持っているのだが…。様子が違う。何かを唱えた。すると目の前に、金色の朱雀が現れた。

「これは、式神。あなたと戦わせる。名前は[オウチョウ]。言っておくけど強力よ?」
「しきがみ…? 聞いたことないわ」
「重要なのはそこじゃない。こういう霊的な存在もいるってことよ。そしてそれが、月見の会にもあるかもしれない。もしそれに遭遇したら、あなた、どう戦う? それを確かめる、一種の試練と思いなさい」

 金色の朱雀=[オウチョウ]が咆哮した。戦いの合図にも聞こえた。

(やるしかないわ。勝ってみせる!)

 可憐は心の中でそう決意すると、同時に足が前に出ていた。引く姿勢はない。未知の相手にすら、臆する心境ではないのだ。精神の成長は、恐怖すら凌駕する。

 まずは試しに切りかかってみる。すると[オウチョウ]は、眩しい光を跳ね返す羽を動かし、修行の間の宙を舞った。移動スピードは凄まじく速いが、目で追えないわけではない。可憐は反転し、追いかけた。
 また、咆哮。今度は可憐を睨みつけている。まるで己の敵と認識したかのように。その時、[オウチョウ]の頭上に球体が出現した。紫色のそれは、可憐に向かって撃ちこまれる。

「ぐはあ!」

 可憐に物理的なダメージは無い。だが、精神面が大きく傾いた。負の感情が、心の中で溢れだす。

(これは…?)

 まるで自分の考えていたことを、映写機のように映し出しているかのようだった。次から次へと思い出す、嫌な思い出。最近の出来事である、初日に桔梗に惨敗したことに始まり、狂霊寺で感じた圧倒的な敗北感や、責任を追及された時の相手の表情など。

「これが、[オウチョウ]が私に…」

 岬が解き放った式神という存在。それは何か特別なチカラを持っている。[オウチョウ]も例外ではない。相手の精神に打撃を与えることが可能なのだ。
 また、[オウチョウ]が球体を作り出した。今度は青色だ。可憐は札で切り裂こうとするが、空しくも失敗に終わった。まだ、[オウチョウ]の特性を理解できていない証拠だった。[オウチョウ]のこの攻撃は、精神にのみ影響を与える。言い換えれば、それを持たない物質では防御ができないのだ。

 自然と、目から涙がこぼれた。可憐の心は今、悲しみに包まれている。

(…また! 心が勝手に…!)

 涙を拭きとっている時、[オウチョウ]が動いた。その足が可憐の肩を鷲掴みにすると、壁に向かってブン投げた。

「いたた…」

 心が操られては、まともに戦えない。だが防ぐこともできない。ほんの一瞬絶望感を抱いた。その絶望が勝手に大きく膨らみ、可憐を飲み込む。立ち上がれない。

(負ける…)

 心が折れそうになる。今までの可憐なら絶対に立ち上がれる状況だが、今は相手が悪い。絶望に染まるのは[オウチョウ]の仕業であり、思う壺だ。

(その考えはいけない! ここは心を強く…持て!)

 足に力を入れ、立ち上がった。そして札を展開し、すれ違いざまに[オウチョウ]を攻撃した。
 黄金の羽根が一本、[オウチョウ]から抜け落ちた。やっと一撃届いたのだ。

「ようし!」

 可憐は喜んだ。普通なら、たかが一本だけ、と思うだろう。だがそういう考えは、[オウチョウ]の前では抱いてはいけない。

「どうよ? あなたの羽根を全部むしり取ってやるわ!」

 可憐は挑発をした。[オウチョウ]にはそれが聞こえているようで、口ばしを大きく広げると、雄叫びを吐き出す。ここからが本番だ、そう言っているように聞こえた。だから可憐はポケットから数珠を取り出し、腕に通した。

[オウチョウ]の攻撃手段は二種類しかない。精神面にダメージがある、感情を与えるかのような球体。それか物理的に接触する。どちらにせよ、[オウチョウ]は人間ではない相手。可憐にとっては両方とも防ぎたい。

(感情が攻撃手段。ならばあの感情も必ず撃ちこんでくるはず!)

 可憐はひたすら、時を待った。だが修行の間では逃げにくい。窓を開けて外に出た。

「なるほどね。場外なんてルールは決めてなかった。[オウチョウ]、追いなさい。私たちも向かうわ」

 可憐が勢いよく飛び出すと、窓の横のスズメバチの巣が慌ただしくなる。ハチは可憐を外敵と認識し、巣から大勢が飛び出す。だがこれを、[オウチョウ]が羽を一回羽ばたかせるだけで鎮めた。安全を確認した岬も修行の間から出る。
 廊下を走って逃げる可憐だったが、[オウチョウ]の方が速いのは明らかだった。すぐに前に出られる。

「行くわ…!」

 右手に札を構え、[オウチョウ]に突っ込んだ。実は、左手にも札を隠し持っている。

(絶対に飛んで逃げる!)

 そう思っていた。だからいつでも振り上げられるようにしておいた。
 だが、[オウチョウ]は飛ばなかった。可憐の足元を抜けた。

(見破られた?)

 すぐにいいや、と思い直す。

(もしかしたら、私の心もある程度読めるのかもしれない。だとしたら、読めない攻撃じゃないと通じない…?)

 そう考えさせたのは、岬の作戦だ。岬が可憐の後ろから、合図を[オウチョウ]に送ったのだ。札を左手に持っていること、上に攻撃する手段があることを。

「悪く思わないでよね…。[オウチョウ]が人間相手に負けるなんて、あっていいことじゃないのよ」

 岬は独り言を呟いた。可憐の思考回路を複雑にすれば、可憐の体は戦いについていきにくくなる。必死になって作戦を考えるだろうが、それが必ずしも通じるとは限らない。でも可憐は、考えることをやめない。それが、決定的な隙を作る。それが岬の作戦だった。
 しかし、岬はこの位置が悪いことに気付いていない。[オウチョウ]を挟み込むように二人は立っている。この位置関係では、[オウチョウ]に指示は送れないし、仮に送れたとしても可憐にバレる。

「ちょっと不味いわ…」

 もちろんこれも、可憐の耳が拾えないボリュームの呟き。だが、不自然に口が動いたのを可憐は見逃さなかった。

「わかったわ!」

 手を合わせ、間の空間から勢いよく水を放つ。鉄砲水だ。[オウチョウ]のスピードを持ってすれば、避けられないわけではない。水は止まって見えるだろう。体を横滑りさせてこれをかわす。
 だが、かわしたのがまずかった。水は岬の目に直撃した。

「ああぅ!」

 岬の視界を数秒だけ奪った。その数秒の間に可憐は神社の屋根に登る。[オウチョウ]もついてくる。だが岬は、動けない。あっという間に見失う。

「ここなら、邪魔者はいないわ…」

 人間と式神の一騎打ち。ここでは[オウチョウ]の方が先に動いた。赤い球体が出来上がると、可憐に向かって飛ぶ。そして、ぶつかる。

「待っていたわ、これを!」

 可憐はわざと、逃げる素振りを見せなかった。
 その赤い球体は、可憐の心から怒りを引き出した。言い表せない憎しみが、妬みが、心の底から噴水のように湧き上がる。

「来たわ、これが! 憎い、あの男が! さらに強くなっているとわかるとヤキモキもする。その感情が、私を動かしてくれる!」

 頭の中が、あの男のことでいっぱいになった。廃村で逃したが故に、可憐は狂霊寺送りとなり、そして神代の仲間もやられ、こうして修行に身を置くことになった。あの男がいなければ、こんなことにはなっていない。

「やってやるわ! 絶対に! あの男を倒して、私の強さを証明してみせる! そのために今の今まで私は生きてきたようなもの! 私とアイツの戦いに、神代も月見の会も関係ないわ!」

 怒りは、人を暴走させる。[オウチョウ]の狙いは暴走による自滅だったが、可憐には効果がなかった。そして怒りに身を任せた動きは、平時のそれをはるかに超える。[オウチョウ]ですら、可憐の動きに出遅れた。

 すれ違いざまの一撃。今度は深い。[オウチョウ]の片方の翼が、根元からバッサリと切り落とされた。バランスを失った[オウチョウ]は、断末魔の悲鳴を上げながら屋根から転げ落ちる。

「まだ終われない!」

 可憐はそう叫ぶと、近くの木に飛び移った。そして追撃を仕掛けるのだ。札を紐状に展開し、トドメの準備をする。最後の攻撃は、[オウチョウ]が姿勢を正そうとしたその時。起き上がると同時に、もう片方の翼もいただく。

「そこまでよ!」

 岬が叫んだ。[オウチョウ]の頭に切れ目が走った札を押し付けると、その姿が一瞬にして、札に吸い込まれるように消えた。すると可憐の怒りも、急に晴れていく。

「え…? あ!」

 木から滑り落ちた。岬がタイミングよく可憐の体をキャッチした。

「式神はね…。体が限界まで傷つくと消えてしまうの。この札を見て。片側が切れているでしょう? 式神と札は、一体。片方が壊れるともう片方も…。これ以上は戦わせられないわ。私の、負けね」

 二人は修行の間に戻った。


 四人の霊能力者に勝利した可憐。

「もう何も恥ずかしいことはないわ。行ってきなさい。あなたが言う、その男を倒しに。今のあなたなら、絶対に勝てるわ」

 桔梗がそう言う。そして、とある札を可憐に与えた。

「持って行って。きっと役に立つはずよ」

 それは、霊魂を封じ込めている札と、体力を吸う札の二種類。

「いいの?」
「使うべきところで、使うべき人が使うもの。札も喜ぶと思うわ」

 修行完了。可憐は実力の向上を実感しながら東京に戻ることにした。
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