第2話 千年種(ミレニア)

文字数 3,145文字

港からやや離れたところにある施療院「森の滴」
怪我や病気の患者を相手に診察と治療、投薬を行う店である
セリウスは保護した少女を背負って、そこまで運んできた
ルーザスは事件を報告しに、警備騎士団の本部に向かっている
まだ深夜であったが、対応は速く、少女は2階の客間のベッドに横たえられ、すぐに診察が開始された
裸足で石畳を走ってきたせいか、足に多少の切り傷を負っていたものの、それ以外の外傷は特に見られなかった
ツヴァイ「単に疲れて気を失っているだけでしょうね。人間なら……ですけど」
寝巻に白衣を羽織った施療院の院長、施療師のツヴァイがそう言った
院長と言っても、個人経営の施療院なので施療師はツヴァイ一人である
セリウス「ごめん、ツヴァイ。連れてくるにしてもここしか思いつかなくて……」
ツヴァイ「いいんですよ。ここは施療院ですから、具合の悪い人はいつでも受け入れるのが仕事です。しかし……」
診察は続いていた
眠っている少女の左腕を取って脈を取っているのは、施療院の看護師(ナース)でありツヴァイの従妹でもあるトライスだ
ツヴァイとは十も歳が離れているが、立派に看護師(ナース)として務めている
こちらも深夜にたたき起こされて寝巻に白衣とカーディガンをまとっただけの姿だ
トライス「脈も正常……だと思う。人間ならだけど」
一見したところでは普通の少女であるが、一部が特徴的だった
部屋の明かりであらためて見るとその異様さがよくわかる
少女の耳は長く伸び、その先がとがっていたのだ
ツヴァイ「千年種(ミレニア)ですか。私も診るのは初めてです」

千年種(ミレニア)とはかつて人間が世界の中心になる前にいたとされる種族である。その寿命が千年程度ということでこう呼ばれているその種族は、人間よりはるかに高度な文明を築いて、今の人間より長い間世界を統べていた。そして植物と意思疎通でき、その力を引き出して利用することができたとされる
そんな千年種(ミレニア)だが、時を経て人間が台頭してくるとその存在を嫌ってか、自らの文明を捨て、森林の奥深くへと引きこもり細々と暮らすようになったらしい
かくして、過去の文明は遺物となり、難解な古い書物だけが残された
結果として一部の学生や研究家を除いて、千年種(ミレニア)はおとぎ話や伝承に出てくるしかない架空に近い存在になっている
特にミナスマイラのあるクレイピア大陸は人間が台頭したあとから発見された大陸であるため、千年種(ミレニア)はいないとされていた
そんな千年種(ミレニア)の語り継がれた身体的特徴が、長くとがった耳なのである

トライス「私も。一生会うことはないと思ってたわ」
ベッド脇から立ち上がるトライス
ツヴァイ「しかし、さすがに旅をしてきたという感じではなさそうですね」
保護した彼女は着ている服以外、所持品らしいものを何も持っていなかった
セリウス「うん、おそらくほかの大陸から連れてこられたのだと思う」
トライス「ひどい……」
トライスは言葉を失った

そのとき、ベッドの少女の目がぱちりと開く
セリウス「起きたみたいだ。大丈夫かい?」
トライス「どこか痛いところはない?」
2人が話しかけた
が、少女は飛び起きて部屋の隅に逃げ込んでしまう
少女 「うう……」
後がなくなると、そのまましゃがみ込んでぶるぶると震え始めてしまった
ツヴァイ「どうやら言葉が通じないようですね。ほかの言語と言っても……」
ツヴァイは何やら呪文のような言葉で話しかけてみた
しかし、少女の様子は変わらない。通じなかったようだ
ツヴァイ「ダメですか……」
トライス「ツヴァイでもダメなの? もうお手上げじゃない」
腰に手を当てて、トライスが言った。歳は離れていても対等に話すのが彼女の流儀だ
それは顔見知りで年上の警備騎士であるセリウスやルーザスでも同様だった
ツヴァイ「困りましたね……書物で千年種(ミレニア)は古代の言葉を使っていたとあったのですが……」

古代語は千年種(ミレニア)が文明を築いたときに使用していたとされる言語だ。人間が使う人間語もその文字だけは受け継がれて使用されてはいるものの、ミナスマイラでも古代語の蔵書を持つ学院に通う研究者くらいしか読めない
ツヴァイはほかの都市の出身ではあるが、施療院の傍ら、そんな学院で薬草を研究し、講義で薬草学を教える教官でもあった。必然的に古代語の文献を読む機会も多く古代語に通じている、はずだったが……

トライス「仕方ないわね。ほーら。怖くないからねー」
両腕を広げて、猫なで声で近づいていくトライス
ツヴァイ「そんな犬猫みたいに……」
トライス「言葉が通じないんだから一緒よ。それにこういうのは真心が大事なの」
ツヴァイ「真心ですか……もしかすると」
何かを思いついたツヴァイは近くにあった紙を取ると、ペンを取り出し何やら書いてトライスに手渡した
ツヴァイ「これを彼女に見せてみてください」
トライス「? わかった」
不思議そうな顔をしてトライスが受け取った
ふと文章が目に入るが、トライスの目には文字こそわかるもののまったく意味がわからない
そのまま少女に渡す
それを見て少女は少し驚いたようだった
紙とツヴァイを見比べると、おずおずと口を開く
ミリアム「み、ミリアム……」
ツヴァイ「ミリアム、があなたの名前ですね。じゃあこれを」
ツヴァイはミリアムにペンを差し出した。
受け取った少女はそのペンでもらった紙に書きつける
トライス「どういうこと?」
ツヴァイ「古代語を使うことには間違いなかったんですよ。ただ私の発音が正しくなかっただけです。今も『あなたの名前は?』と書いて伝わりましたし」
トライス「ふーん」
書き終わったようで、少女はおずおずと紙を差し出してきた
トライス経由でツヴァイは受け取ると、じっくりと目を通す
ツヴァイ「『故郷の森から連れてこられた。ここはどこ?』とありますね」
トライス「大変だったわね。ミリアム」
トライスはミリアムを抱きしめて、そっと頭をなでる
ミリアムもようやく警戒を解いたのか、トライスの肩ですすり泣き始めた

ルーザス「千年種(ミレニア)のお嬢ちゃんは無事だったか?」
扉が開いてルーザスが本部から戻ってきた
ルーザス「どうやら大丈夫みたいだな」
ミリアムの様子を見てルーザスは安心したようだ
ルーザス「とりあえず、この娘はここで預かってくれ」
セリウス「ここに?」
ルーザス「ああ、ただ千年種(ミレニア)ってことは伏せておいてくれ。都市(まち)が余計な騒ぎになるからな。団長からの命令だ」
セリウス「でもどうしてここに……」
ルーザス「言ったとおりだ。千年種(ミレニア)がいるとバレると騒ぎになるし、こんな小さな女の子を本部の留置場に入れる気か? だいたいモノがモノだし……」
トライス「モノじゃないわよ」
トライスが割り込んだ ミリアムを抱いたままルーザスをにらみつけている
ルーザス「悪ぃ悪ぃ、とにかく他に置く場所もなし、ここならお前もツヴァイもいるから安全だろう」
この施療院「森の滴」は4階建てで1階は施療院、2階はツヴァイとトライスの居室、3階と4階は人に貸し出せるアパートになっている
そしてその4階にセリウスが1人で住んでいた
ツヴァイ「わかりました。引き受けましょう」
意外な答えに、ツヴァイの方を向くセリウス
セリウス「ツヴァイ……」
ツヴァイ「この子……ミリアムには古代語のわかる人間が必要です。それに古代語の発音についても興味がありますしね」
セリウスが振り向くと、ミリアムと目が合った
おびえた目で、しかしまっすぐセリウスの目を見つめている
セリウスは少し考えて、決断した
セリウス「わかった。ミリアムは僕が護るよ。絶対に」
ルーザス「それと、この事件は俺たちが担当になった。出くわしたついでだしな」
ルーザスはどこかうれしそうだった
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