第10話 それは図書館でよくある光景

文字数 2,047文字

ミナスマイラ西部にあるミナスマイラ学院
ここにはクレイピア大陸最大の蔵書数を誇る図書館がある
図書館を持つ都市はほかにもあるが、小規模であったり専門分野に特化していたりしてこれほど大きいものはない
ミナスマイラ学院はその商業力で得た潤沢な資金で大陸の内外から分野を問わず書物を集めてこの図書館を作り上げた
そして学院に所属する研究者および学院に入学金を納め、学生証を手に入れた学生はだれでも利用することができる
入学金は安くはないのだが、毎年多くの貴族や商人の子女などが学院に入学している
そんな学生の一人、フルーラはその日も歴史の講義を聞いた後、図書館に向かっていた

午後、図書館の門をくぐるとフルーラは胸が弾む
故郷を離れるとき、本が読めないことに寂しさを感じていたが、こちらにも故郷に負けない、むしろより大きな図書館で大量の本に出会うことができて感動したことを思い出す
ミナスマイラ図書館でフルーラが特に興味を引くのは、人間が世界を統べる前の世界の言葉、古代語で書かれた書物だ
歴史に興味がある彼女は、人間の前の世界を作った千年種(ミレニア)の時代が好きだった
図書館の奥にある古代語の書物のあるエリアにやってきた
古代語を読める人間はそう多くなく、置かれているエリアの人影は少ない
それは静かに読書ができる環境を欲していたフルーラの理想にも合致していた
フルーラ(今日は何を読もうかな……)
本の前を歩きながらフルーラは考える
高い天井に届こうかという高い本棚に本がぎっしりと詰まっている
本は逃げないので、こういう思考の時間も彼女の楽しみの一つだ
普段は好きな歴史書を読むのだが、この日はちょっと変わったものを読んでみたくなった
フルーラ(魔法の本、ってあったわね。試しに読んでみようかしら)
森に分け入るかのように、伸ばした栗色のソバージュを揺らしながらフルーラは普段は行かない奥の方に歩を進めるのだった

一方、図書館にはツヴァイの姿もあった
ミリアムが来てからというもの、六日に一度の講義の後は必ずと言っていいほど図書館に足を運ぶ
お目当てはもちろん古代語の書物である
ミリアムから学ぶ古代語の発音にツヴァイは研究心をくすぐられていた
貴重な本を借りたり、持ち出すことはできないため、古代語の書物から必要な部分だけを書き写して持ち帰っては、ミリアムに読んでもらうというパターンで古代語の発音と知識を獲得している
特に最近は医学書や魔草に関する研究書で薬草類の新しい使い方について知るのが楽しかった
ツヴァイ(今日はどの本を……)
ツヴァイは考えながら本の詰まった棚を眺める
森に吸い込まれるかように、ツヴァイは古代語の、それも魔草の本が置かれている図書館の奥に速足で向かうのだった

古代語の書物が並ぶ棚の前に立つ二人、二人とも本を探すのに夢中で、お互いの距離に気づかない
フルーラ(魔法の本、っと……)
ツヴァイ(魔草、魔草……と)
二人の手が伸びたのは同じ背表紙の本だった
意図せず二人の手が重なり、触れ合う
二人「あっ……」
思わす声が出て、二人は顔を見合わせる
そして手を戻した
ツヴァイ「すみません」
フルーラ「ごめんなさい」
同時に頭を下げる
ツヴァイ「あ、私は構わないので」
棚から本を取りだすツヴァイ
ツヴァイ「どうぞ」
フルーラ「でも……」
ツヴァイ「私は別にこの本でなくても、他の本でも構いませんので」
怪訝な顔で不思議そうに首をかしげるフルーラ
本好きだからこそわかる。この人は本が好きだと
そして本好きならば自分が選んだ本には多少なりとも執着するはずだ
フルーラは直感でそう思った
こちらが女性ということで遠慮してくれているのあだろうか?
フルーラ「そうですか? ありがとうございます」
フルーラはツヴァイの手から本を受け取った
ツヴァイ「魔草に興味が?」
フルーラ「いえ、今日はいつもと違う本を読んでみたくなって……」
ツヴァイ「そうですか」
フルーラ「あの……教官の方ですか?」
ツヴァイの年恰好から学生ではないと感じ取ったフルーラが尋ねた
ツヴァイ「はい。本業は施療師ですが」
フルーラ「施療師さんなんですね。だから草の本を」
ツヴァイ「ええ、まぁ」
仕事柄、女性の患者を診ることも少なくないツヴァイ
初対面の女性を前にするのは慣れているはずが、何か気恥ずかしい空気になってしまう
いたたまれない気分になって、ツヴァイは棚から適当に本を取ると立ち去ろうとした
ツヴァイ「それでは私はこれで」
フルーラ「待ってください」
呼び止めるフルーラ
フルーラ「お名前を伺ってもよろしいですか? 今度授業が聞いてみたいので」
その行動にフルーラ自身が驚いていた。
初対面の男性にこうも積極的になるなんて今までの自分では考えられないことである
しかし、今名前を聞かないと自分にとって大きな損失をなるような、そんな予感がした
ツヴァイ「ツヴァイ、です。六日に一度、さまざまな薬草について講義をさせていただいています」
フルーラ「私はフルーラです。授業、聞かせていただきますね」
不思議と笑顔になるフルーラなのだった
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