第26話 ミナスマイラの硬貨(コイン)の謎

文字数 6,219文字

とある冬の日
もうすぐ正午という時間帯。施療院「森の滴」は午前中最後の患者の診察が終わって、治療費の精算を行っていた
ミリアム「お薬、こちらになります」
ナース帽をしっかり被って薬袋を手渡すミリアム。すっかり「森の滴」の一員となっていた
トライス「三銀貨八銅貨になります」
患者「四銀貨でいいかい?」
トライス「はい。かしこまりました」
患者から代金を受け取ると、レジの棒を立ち上げる
レジといっても、硬貨(コイン)を通した金属棒をばね仕掛けで立ち上げる簡単なものだ
よほどのことがない限り、お釣りの計算は間違えない自信がトライスにはあった
トライス「はい、二銅貨お返しです」
棒に刺さった硬貨(コイン)からお釣りを数えて取り出すと、トライスは患者に手渡した
患者「ありがとう」
トライス「お大事に」
患者は待合室から出て行った
一連の流れを見ていたミリアム。ふと気づいたことがあった
ミリアム「トライスさん」
トライス「何?」
ミリアムがレジから硬貨(コイン)を拾い上げる。そして、それを窓にかざすと、中央の穴をのぞき込んだ
ミリアム「ミナスマイラの硬貨(コイン)ってなんで穴が開いてるんですか?」
その通り、ミナスマイラの硬貨(コイン)は下は銅から、銀、金、そして上は白金まですべて円形で、中央に丸い穴が開いている
千年種(ミレニア)の大森林にも一応硬貨(コイン)はあったが、通貨としてではなく一種の工芸品のような扱いであった
千年種(ミレニア)にも好事家はいて、見せてもらったことがある。それらはそれぞれ意匠が凝らされていて、確かに美術品のような出来栄えだったことを覚えている
しかし、それらの硬貨(コイン)はすべて円形、もしくは正方形をしていて穴など開いていなかった
トライス「うーん、よくわからないけど、これみたいに穴に棒を通してまとめやすくするためじゃない?」
レジの棒をパタパタと立ち上げたり倒したりしながらトライスは思案する
トライス「お昼にしましょ。ミリアム、看板よろしく」
ミリアム「はい」
ミリアムは看板を「休憩中」にかけ替えるために扉に向かった

ルーザス「これは……」
遺体を見てルーザスはひとりごちた
いつも通り沿いのアパートの一室。すでに周辺には規制線が張られている
叫び声が聞こえた、という通報があって一時間。ルーザスたち警備騎士がやってきたときには、この部屋の住人ー老婆ーは床に血を流して倒れていた
当然のことながら、老婆は死んでいた
後頭部から血を流しているので後ろから何者かに殴られたのだろう。横から見ると表情が歪んでいた
セリウス「被害者の孫という人物が第一発見者だそうだよ。当然否認してるけどね」
セリウスが下から現場に上がってきた
ルーザス「とりあえずツヴァイを呼んでくれ。検死して死因を確定させたい」
セリウス「わかった」
セリウスがツヴァイを呼びに出ていった
ルーザス「さて、と」
ルーザスは再び遺体のそばにしゃがみ込む
証拠が残っていないか探すためだ
ルーザス「?」
すると遺体のそばに何かが置かれているのに気づく
ルーザス「紐……か?」
血まみれの細い紐のようなものが置かれていた
念のため、遺体の首を見たが、絞められたような痕跡はない。よく見れば長さ的にも無理がある。絞殺ではない
ルーザス「とりあえず押収するか」
ルーザスは、袋を取り出すと、摘まみ上げた細い紐をそれに入れた

ルーザス「なんだって?」
ツヴァイ「ええ、だから凶器がですね」
ちょうど診察がなかったことと、近場ということでツヴァイが現場に出向いて検死を行うことになった
そして検死を終えて立ち上がる
今回のケースは簡単だったようで、さほど時間はかかっていない
ツヴァイ「頭蓋骨の陥没具合から、片手で握れるくらいの細くて硬い棒のようなものですね。それで一撃。複数の痕跡はありませんでした」
片手で何か握るようなそぶりを見せて説明する
セリウス「細い棒……そんなものあったかな」
セリウスが辺りを見回す
ルーザス「犯人が持ち出したかもしれん」
セリウス「第一発見者の被害者の孫は何も持っていなかったよ」
ルーザス「外で捨てたかも……」
セリウス「調べるよ。第一発見者だから見つかったから範囲は限られてる」
ルーザス「俺は現場を調べる」
二人はそれぞれの捜査に向かった

応援の警備騎士や警備兵を集めて凶器の捜索が行われる。しかし……
セリウス「凶器がこれ、と決まるとなかなか出てこないね」
セリウスが困った顔になった
ルーザス「意外となぁ」
二人の捜索は難航していた
現場の外からはもちろん現場からもツヴァイの見立てに合致する凶器が見当たらないのだ
セリウス「容疑者自身は被害者に金の無心をしに行ったらしい。もう何度も金は貸していたようだね。でも断られたから帰った。そう言ってるよ。ちなみに血縁は孫である容疑者一人らしい。跡は彼が継ぐことになるね」
周辺の捜索と同時に聞き込みもしていたセリウスがその結果を伝える
ルーザス「財産目当てでガツン、だろうな。動機は十分だ。しかし……」
セリウス「台所とかにありそうなものだけど……」
ルーザス「らしいものはあるが、あれだけの出血だ。血痕が残る」
セリウス「洗い流したとか」
ルーザス「洗ってる間に逃げる時間が無くなる。実際、洗った形跡はない」
セリウス「袋をかぶせて……」
ルーザス「袋が見つからないとな」
セリウス「意地悪だね」
ルーザスに否定されてつまらないといった顔になるセリウス
ルーザス「事件の立証ってそういうもんだろ。それにいろいろ出てくる可能性を挙げてくれてるから感謝してる」
二人は再び現場の部屋にいた
ルーザス「被害者の財産って言ってたよな。どれくらいあるんだ?」
セリウス「寝室からツボが出てきた。結構詰まってたけど金貨で50枚くらいかな」
ルーザス「結構ため込んだな。それが容疑者に渡るわけか……ん?」
ルーザスが部屋の片隅にある箱に気がついた。手に取ってみる
ルーザス「これは……貯金箱か」
片手で持ち上げられる程度の大きさで、上部には硬貨(コイン)を入れるための細く四角い入り口がついている。
振ってみると、ジャラジャラと中身が鳴った
セリウス「結構入ってる。これも財産になるね」
ルーザス「なんか妙だな。寝室にツボがあるのになぜ貯金箱なんか……」
セリウス「貯まったら移し替えてたんじゃないかな」
ルーザスは貯金箱をもとの位置に戻す
セリウス「しかしこのまま凶器が見つからないと、別の犯人が犯行を行って凶器も持ち去ったという線も……」
ルーザス「たぶんそれはないな」
ルーザスは遺体のあった場所にやってきた。遺体のあった位置にはチョークで印を書いてある
ルーザス「被害者は後ろから鈍器で殴られてる。普通の物取り相手なら背を向けたりはしないだろうし、脅して金をとるだけなら鈍器で殴るよりもっと攻撃的な刃物を持つほうが効率がいい。犯人は身近な人間で、しかも被害者を殺すのが目的だったと考えるのが自然だ」
ルーザスの推理は明確だった
セリウス「そうなると本当に凶器が必要だね。おや、そろそろ時間だ」
ルーザス「時間? 何の?」
セリウス「お昼だよ。『森の滴』に食べに行かないのかい?」
ルーザス「そうか。近くだし、今日は食べに行くか」
二人は現場を出て「森の滴」に向かった

警備騎士二人が「森の滴」に到着した時、皆がいつも昼食をとっている食堂にはトライス一人しかいなかった
セリウス「ミリアムはどうしたんだい?」
ミリアムがいないことを不審がるセリウスが問いかける
トライス「ちょっと用があって、出てもらってるの」
セリウス「またミリアムを都市(まち)に出して……」
トライス「いいのよ。この都市(まち)のことをいろいろ勉強したいんだって」
と話していると、ミリアムが扉を開けて待合室から現れた
ミリアム「ただいま戻りました~」
トライス「ミリアム、ありがとう」
セリウス「ミリアム、大丈夫だったかい? 寒かったろう」
セリウスが心配そうに駆け寄って抱きしめる
ミリアム「はい。大丈夫です」
セリウスに体を預けるようにミリアムはセリウスにしがみつく
ミリアムの体は冷え切っていた
セリウス「都市(まち)は危ないからあまり出歩かない方がいい」
トライス「もう、心配性なんだから」
ミリアムがセリウスの体から離れる
ミリアム「私からお願いしたんです。ごめんなさい」
ミリアムが頭を下げるので、セリウスはそれ以上責められなかった
セリウス「ミリアムがいいなら、僕もいいよ。でも気を付けてくれよ」
ミリアム「はい」
ルーザス「で、今日は何を勉強してきたんだ?」
ルーザスが問う
ミリアム「はい。両替屋さんに金貨を両替しに」
トライス「お釣りがなくなりそうだったから、ミリアムに両替屋までお使いに行ってもらったの」
ミリアム「とても面白かったです」
ルーザス「そうか。で、それが両替した金か」
ミリアムの腰にぶら下がったそれを見てルーザスが言う
ミリアム「はい。銀貨が八十五枚と、銅貨が百枚ですね。銀貨五枚分が手数料だそうです」
トライス「よくできました」
トライスがパチパチと手を叩く
トライス「念のため後で数えるから、レジに置いておいて。お昼にしましょう」
ミリアム「はい」
ミリアムが腰にぶら下げていたお金を手に取ると待合室の方に歩いていく……
その時だった
ルーザス「そうか!」
ルーザスが立ち上がった
セリウス「いきなりどうしたんだい?」
ルーザス「わかったぞ。凶器が。現場に戻る!」
ルーザスは急いで食堂を出る
セリウス「わわっ、僕も行くよ」
セリウスもその後についていった


警備騎士団に逮捕された容疑者は、まず警備騎士団本部にある留置所に入れられる
今回の容疑者も例に漏れず留置所に入れられていた
看守「尋問だ。出ろ」
看守に促された容疑者が留置所を出て、連れてこられたのは取調室だった
狭い空間に天井に近い窓からの明かりだけが差し込む部屋の中で、一対一で座ることのできる机と椅子が置かれている
部屋の隅には調書を書くために用意された机と椅子もあった
部屋にはすでに二人の会おう胸当てを付けた騎士が座っている。もちろんルーザスとセリウスだ
容疑者「早く俺を出してくれ。ただ金を借りに行って断られたから帰っただけなんだ」
座って開口一番、容疑者は無実を訴える
ルーザス「お前に見てもらいたいものがあるんだが」
ルーザスは静かに言った
容疑者「なんだよ?」
ルーザス「これだ」
バンッ
ルーザスはテーブルにあるものを置いた
それは大量の銅貨、の穴に紐を通して棒状になったものだった
「森の滴」でミリアムが持って帰ってきたものを借りてきたのだ
ルーザス「念のため、検死官にも確認してもらったが、遺体の傷とピッタリ合ったそうだ。凶器はこれで間違いないな」
容疑者「そ、それがどうした。そんなもの俺は……」
ルーザス「ああ、持ってない。だが、現場に残っていたとしたら……」
ルーザスは次の物を取り出す
容疑者「それは……」
現場にあった貯金箱だった
ルーザス「容疑者は貯金が趣味だったらしい。周辺の住人がそう言っていた。だから貯金箱があってもおかしくはないが……」
そう言うと……
ガシャン!
ルーザスは貯金箱を地面に叩きつけた
粉々に壊れる貯金箱。その中から大量の銅貨が現れる
その銅貨の中にいくつか赤黒いもので汚れたものが混ざっていた
ルーザス「やっぱり血痕が残っていたか」
その中の一枚を拾い上げて、ルーザスが言う
ルーザス「お前は被害者をこれで殴った後、銅貨を紐から外してこの貯金箱に全部隠したんだ。全部終わってまた現場には入れたときには、寝室の財産と一緒に回収する手はずだった。違うか?」
容疑者「そ、それは……」
ルーザス「少なくともこれでお前が被害者を殴り殺して、凶器を隠し、部屋を出て行ったところを捕まったという流れは固まっているんだ。素直に認めればそれなりに慈悲もあると思うが、どうだ?」
慈悲はあるといったが事は殺人である。減刑でも生涯監獄行きは避けられないだろう
容疑者は言葉に詰まる。しばらく考えた後……
容疑者「お、恐れ入りました……俺がやりました」
ついに罪を認めたのだった

金の無心を渋るようになった被害者から全財産を奪おうとした容疑者は、今回のトリックを思いつき実行に移したという
狭いアパート内での犯行だが、仮に見つかっても凶器がなければそれを持ち出した外部の人間に見せかけることも可能だと思ったようだ
誤算は、数少ない証拠からトリックを見抜いたルーザスの推理力(?)だった

取調室から再び留置場に送られる容疑者ーいや、ここからは犯人ーを二人は見送った
セリウス「うまくいったね」
ルーザス「まぁもっと決定的な証拠もあったんだけどな」
ルーザスは取り調べの前、いくつかある両替屋に出向いて容疑者のような人物が来ていなかったか確認していた
案の定、該当する人物が見つかって、その両替屋が使っている硬貨(コイン)まとめ用の紐が現場にあった紐と一致していることも突き止めていたのだ
貯金箱の件でまだ引き下がるようならその件も出して追い詰める予定だった
ルーザス「それにまだ全部終わったとは思ってない」
セリウス「全部?」
ルーザス「今回の件、あの男が一人で考えたと思うか?」
セリウス「……というと?」
ルーザス「硬貨(コイン)の棒を使うというトリックに対して、両替屋なんて足のつく方法で硬貨(コイン)を集めるのは頭のいいやり方とは言えない」
例えば足がつかないように地道に多方面で買い物をして釣銭を集めるとか……紐もその場には残さず、ちぎるなり切るなりしておくとか……
だから誰か犯人にトリックを吹き込んだ輩がいる、とルーザスは考えていた
それが単なる酒の席の冗談か、何者かの陰謀なのかは知らないが、この程度のトリックを吹き込んで実行されたところで吹き込んだものに罪があるかといえばおそらく問われることはないだろう。そこを聞き出す意味はなかった
ルーザス「どっちにしてもタチが悪いがな」
まぁ、考えすぎだろう。ルーザスはそう思って考えるのをやめた

その夜、「森の滴」ではツヴァイとトライス、セリウスとミリアムが食卓を囲んでいた
トライス「今日はご馳走よ。事件解決祝い」
言うだけあって、品数も多く量もそれなりにある
トライス「硬貨を武器にするなんて考えたものね。今回はミリアムのお手柄」
ミリアム「そんなことないです。気づいたのはルーザスさんですし」
そうは言っても照れるミリアム
ミリアム「ところでツヴァイ先生」
ツヴァイ「はい、どうしました?」
そこで、思い出したようにミリアムがツヴァイに問う
ミリアム「ミナスマイラの硬貨にはどうして穴が開いているかご存じですか?」
ツヴァイ「ああ、それですか?」
ツヴァイが答える
ツヴァイ「あれはですね。このミナスマイラの中央にあるミナスマイラ湖とその周囲にあるミナスマイラの都市(まち)を意味してるんですよ」
トライス「へー、そうなんだ」
ツヴァイ「あと、これは逸話ですが……」
ツヴァイが急に声を低くする
ツヴァイ「あの部分を集めてもう一枚金貨が作れるから、という理由もあるらしいです」
セリウス「なるほど、その方が説得力があるね」
セリウスが笑う
ツヴァイ「何より今回みたいに紐を通して扱うのが楽ですよね。副産物みたいなものですが」
トライス「とりあえず、冷めないうちに食べてくれる?」
トライスがなかなか終わりそうにない話を前に言う
セリウス「そうだね。いただきます」
ミリアム「いただきます」
いつもより少し豪勢な食事が始まったのだった
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