第13話 そして温室で温めたものは

文字数 2,108文字

ツヴァイの薬草園は2人の住む北町とはミナスマイラ湖を挟んだ反対側、南町にある
運河として大きな船を通す関係で橋がないので、南北の移動は運河を渡る渡し船が必須の交通手段だ
その船上にツヴァイとフルーラの姿があった。
ツヴァイはいつものこざっぱりした普段着に収穫用のリュックサック、フルーラはシンプルながらも落ち着いた白ワンピースである
ツヴァイ「フルーラは南町は初めてですか?」
フルーラ「はい、行ったことない場所に行くってドキドキします」
答えたフルーラだったが、内心は別の意味でドキドキしていた
フルーラ(この服、大丈夫かな? 先生は何も言わないけど……)
今日のコーディネイトはすべて自分でやったものだ
母親やメイドを呼んで相談しようかとも思ったのだが、あいにく同年代のメイドは雇っていなかったうえ、やっぱり気恥ずかしくてできなかった
三日間、考えに考え抜いて着替えを繰り返してようやく決めた衣装である
ツヴァイに褒めてもらいたい、そんな気持ちもちょっと覗かせる
フルーラ(それに……)
フルーラは胸の前で手を組んだ
フルーラ(それに……下着だって……)
新しいのを着けてきた。見えないオシャレ、というやつである。もちろん見せるつもりは毛頭ないが
フルーラとて貴族の令嬢、女性である
当然、学問以前に貴族の女性としてのあらゆることは教え込まれている
貴族として、家を維持するために結婚をして、子を産み育てる……
そのために具体的にどうするかの知識は、幼少から取り込んでいる。むしろ知識に貪欲な彼女にとっては知りすぎているくらいだ
しかし、それはあくまでも知識であって、自分の身に置きかえた想像などしたこともない
フルーラは故郷での同性の友人たちの恋話やそれ以上の秘めた話なども、話半分に聞き流していたことを激しく後悔していた
フルーラ(とにかく、先生がせっかく連れて行ってくれる薬草園なんだから、話は聞かなきゃ)
気持ちを切り替えて、フルーラは前を向いた

一方のツヴァイだが、こちらも戸惑っていた。
ツヴァイ(これは、教えたほうがいいのでしょうか……)
フルーラの白ワンピース、の背中から下着の青が透けて見えていたのだ
長い栗色の髪をソバージュにしている関係で毛先が届くか届かないかの位置
微妙ではあるのだが、それがまた気になってしまう
普段から着慣れないものを着てきてしまったうえ、下着との色合わせをしていなかったフルーラのミスであった
施療師という職業柄、診察に訪れる患者の裸は診るわけで、その際女性の裸を見ることも少なくない
何よりツヴァイはトライスと暮らしている。さすがに裸はないが、女性との生活で苦労したことなどなかった
だからフルーラの下着が透けていること自体には動じていないのだが……
ツヴァイ(仮に教えたとしても、ここではどうにもできませんし……)
もう少し寒い季節で、ツヴァイが何かを羽織っていたなら、それを着せてやることもできるのだが……
ツヴァイは対処に困っていた

ツヴァイが南町に持っている薬草園は南町の船着き場から歩いて数分のところにあった
南町の主要産業である農地が都市壁の外にあるのに対して、こちらは都市壁の中、一般の住宅が立ち並ぶ地域にある
周囲は高い石垣に囲まれており、正面は大きな鉄の扉でふさがれていた
ツヴァイ「空き地ができたと聞いたので、購入しました。本来は住宅を建てなければいけないのですが、そこはちょっといろいろありまして……」
鍵を取り出し、扉の鍵を開ける
ツヴァイが扉を開けるとそこには光り輝く建物があった
ツヴァイ「温室です。これを建てるということで許してもらいました」
フルーラ「これは全部ガラスですか?」
目を丸くしてフルーラが言う。天井はもちろん、壁に当たる部分も含めてすべてがガラスの格子でできている
ツヴァイ「はい、中に貴重な薬草もありますし、ガラス自体も結構な値で売れます。厳重にしておかないと」
ここまでのことができたのは、友人であるルーザスの実家、セザール家の根回しとトライスの実家である商家、エンクローズ家の出資のおかげである
防犯設備は整えてあり、一日一度は南町の警備騎士の巡回ルートにもなっている、と説明した。
ツヴァイ「……とはいえそんなことは今回は関係ありませんね。中に入りましょう」
ツヴァイは二つ目の鍵を取り出すと、温室の鍵穴に差し込んだ

フルーラ「わぁ……」
少し蒸し暑いくらいの空気に包まれる
温室の中は所狭しと薬草の鉢が並んでいた。それぞれが別の種類らしく、鉢には木札が差し込まれている。
ツヴァイは背中のリュックを下ろすと中から紙袋をいくつか取り出した
フルーラは近くの鉢をのぞき込む。ふと見かけたその草は小さいが可憐な花を咲かせていた。
フルーラ「薬草って地味なイメージがあるけど、結構綺麗な花も咲くんですね」
ツヴァイ「フルーラならそういうと思っていました。花束には向いていませんけどね」
フルーラ「そんなことないです。とっても綺麗です」
ツヴァイ「そう言ってもらえると嬉しいですね。誘ったかいがありました」
ツヴァイは近くの鉢の薬草から葉や実を採取し始める
ツヴァイ「では説明します。これは……」
採集しながら、ツヴァイの温室講義が始まった
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