第12話 それはきっと秘めたる想い

文字数 2,257文字

午後 ミナスマイラ学院
ツヴァイの講義が終わると、フルーラは一人で学院内にある学食に入った
この学院の学食は、なかなか評判がよく、特に日替わりランチは毎回フルーラの舌をも満足させてくれるお気に入りだ
そんなお気に入りのランチを摂った後、その足で図書館に向かう
古代語の棚で今日読む本を見繕って取り出していると、ツヴァイが後からやってきた
ツヴァイ「今日はどんな本なんですか?」
フルーラ「歴史書です。千年種(ミレニア)の作った建築物についての記述があって」
ツヴァイ「千年種(ミレニア)は好きですか?」
フルーラ「はい。まだ今もどこかで生きているらしいです。一目会ってみたいなぁ」
まさか自分の家にいます、もうフルーラとも会っていますとは言えないツヴァイであった

二人は本を選ぶと、それを持って閲覧室に行く
閲覧室は板壁で簡単に区切られていて、プライバシーが確保された状態で本を読んだり、写本をしたり、研究を行ったりできる
いつもならここで席が分かれてフルーラは読書、ツヴァイは写本を始めるのが、お決まりのパターンだった
お互いのプライバシーに配慮した行動であるが、実はフルーラの側に理由がある
ただ、この日は少し事情が違っていた
珍しく閲覧室が混んでいて、席が一つしか空いていなかったのである
幸いというか、板で区切られた座席に椅子は二つある。机も二人で座ってもいいくらいの広さはあった
もともとは教官と学生の個別指導ができるために作られている、と聞いたことがあるような気がする
ツヴァイ「仕方ないですね。座りましょう」
ツヴァイが席の片方に着くが、フルーラは立ったままだ
ツヴァイ「どうしました?」
フルーラ「あの……」
歯切れの悪い返答に、ツヴァイが首をかしげる
意を決してフルーラが口を開いた
フルーラ「先生は、笑ったりしませんよね」
ツヴァイ「?」
フルーラ「本を読むところ、先生にはあまり見られたくないんです」
フルーラは机に本を置くと、持っていたバッグから何やらケースのようなものを取り出した
そして開ける
フルーラ「本の読みすぎって目に悪いから……」
老眼鏡だった
フルーラ「おばあちゃんみたいでしょ?」
丸いレンズのそれをかけるとちょっと恥ずかしそうにフルーラは言った

講義と図書館での読書&写本を終えると二人は「いつも通り」をやはり歩いて帰る
ツヴァイ「今日の講義はどうでしたか?」
フルーラ「はい。とても勉強になりました」
フルーラは率直に答えた
フルーラ「先生の講義はわかりやすくて楽しいです」
歩きながら楽しそうに話すフルーラ
朝の会話で損ねた機嫌はすっかり直っていた
フルーラ「私、本格的にこっち方面に転向しようかな」
学院の勉強はもちろん自由である。途中で分野を変えることも可能だ
ツヴァイ「でしたら、今度私の薬草園に行きませんか? 案内しますよ」
フルーラ「えっ?」
ツヴァイの申し出にフルーラの足が止まった
ツヴァイ「講義でも話したと思いますが、南町に採集と研究用の薬草園を持っているんです。六日に一度採りに行くのですが。よろしければ」
フルーラ「行ってみたいです。実際の薬草を見るのも勉強になりそうですし」
即答した
ツヴァイ「では三日後の休診日にしましょう。よろしいですか?」
フルーラ「はい。わかりました。じゃあまたいつもの時間にお店で」
ツヴァイ「私が迎……」
と言いかけて、フルーラの嫌な顔が想像できたのでツヴァイは言うのをやめた
なんとなく彼女の考えが読めた瞬間でもあった
ツヴァイ「なんでもありません。お待ちしています」
フルーラ「?」
フルーラは不思議そうな顔をしていた


フルーラ(薬草園か……どんなところだろう。楽しみ)
自宅の自室で寝巻に着替えたフルーラは純粋に胸を弾ませていた
普段はやらないベッドにダイブを敢行する
フルーラ(先生と薬草園か……男の人とどこかに行くなんて初めてかも……)
枕を抱いてゴロゴロ転がってみる。フルーラはすっかり舞い上がっていたのだが……
フルーラ(……って、え?)
動きが止まるフルーラ
フルーラ(男の人と……ってこれ……デートってこと?)
フルーラは急に赤くなる
一緒に学院に行き帰りしたり、講義を聞いていたり、図書館で本を読んでいたりしたときには考えてもいなかった気持ちに襲われる
別にツヴァイにそんな意図はなかっただろう、ということは想像に難くない
しかし、今までは通っていた学院だから教官と学生の関係でいられたのである
改めて学院ではない別の場所に2人で行く、という行為に何か特別なものを感じてしまう
フルーラ(どうしよう)
ツヴァイと一緒に薬草園には行きたい。しかし高まる想いに居ても立ってもいられなくなった
フルーラ(どうしようどうしよう。まず何を着ていけばいいの?)
出発まであと三日
急に焦りを覚えたフルーラは、起き上がってベッドから飛び下りるとクローゼットの扉を開けたのだった

同じころ
ツヴァイ(何の気なしに誘ってしまいましたが……)
自室の窓から夜空を見上げるツヴァイがいた
さっきまでミリアムと古代語研究をしていてまだ寝巻には着替えていない
ツヴァイは深くため息をついた
薬草園にフルーラを誘ったのは、純粋に彼女の勉強の助けになると思ったからだ
しかし、今思うと別の意図があった気がしてならない
ツヴァイは自分の気持ちなのにそれが読み切れなかった
ツヴァイ(フルーラは薬草園なんかで喜んでくれるのでしょうか)
ふと、フルーラの喜ぶ姿を夢想している自分に気づく
ツヴァイ(何でしょうね。この気持ちは……)
何にしても普段通りに接するまで、そう自分に言い聞かせるツヴァイだった
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