第1話 逃亡者

文字数 1,746文字

夜半過ぎの港。倉庫街の路地を一人の少女が裸足で走っていた
夏も終わり、夜は冷たい空気が張り詰める
長い髪をなびかせながら、何かから逃げるように走る
実際、何かから逃げていた
自分をこの見知らぬ地に連れてきた何かから
左右にそびえる石造りの倉庫も、地面を覆う石畳も、彼女の住んでいた村には存在しえないものだった
追手が来ているのかはわからない。自らの激しい息をする音しか聞こえない
石畳の舗装で切れたらしく足が痛い。そして冷たい
何より走り続けて疲労がたまったせいか、動かす足が重くなっていた
それでもまた捕まりたくない一心で、少女は走り続けた
苦しい肺が痛みをも伴い始めたころ、正面に光が見えた
心なしか道も広くなっている
明かりはだんだん明るさが増した。こちらに近づいているようだ
何やら声のようなものも聞こえてきた
少女 (誰かいる!)
追手かもしれない、とも思ったがとにかく今はすがるしかない
少女 (助けて……)
少女は最後の力を振り絞って、明かりのある方に進んでいった

深夜の倉庫街、カンテラの光に2つの人影が照らされている
ルーザス「あー、かったりぃなぁ」
その片方、青い胸当てを付けた大柄な男、ルーザスが声を上げた
短く刈り込んだ黒髪を左手でポリポリかく。何かに飽きたとき、手持ち無沙汰なときの癖だ
セリウス「仕方ないよ。仕事なんだから」
もう一人、大柄なルーザスのおかげで一回り小さく見える金髪の青年、セリウスが答える
彼もまた、青い胸当てをつけている。その左胸には円の印象が刻まれている
自由都市ミナスマイラの治安を守る警備騎士団の紋章……2人は同時に警備騎士に任命された同期であり、親友でもある
そんな2人が、港の警邏当番で深夜の港をパトロールしていた
ルーザス「お前と違って、俺はこういうのには向いてねーんだよ。もっとこう剣が振るえる仕事だと聞いてたんだがなぁ……」
ルーザスは剣を抜いて二、三度振って見せる
素振りとはいえその太刀筋は素早く、鋭い
ルーザスは市民から構成される警備騎士では珍しく、貴族出身である
本来なら貴族や王族を支える近衛騎士団に入るはずだったのだが、本人の気まぐれと何より得意な剣が振るえる機会が多いと聞いて警備騎士を志願した変わり者だ
ルーザス「この自慢の剣で悪党をバッタバッタとなぎ倒してぇなぁ。ちまちました事務仕事や警邏なんてまっぴらだ」
自分で言うだけあって、剣の腕は確かで警備騎士団内での試合や近衛騎士団との交流戦でもほぼ負けることがない
セリウスも何度か手合わせしたが、もって五合で勝負がついてしまうほどである

そのときだった
セリウス「!」
ルーザス「!」
2人の足が止まる
ルーザス「気配がする」
セリウス「うん、一人かな」
正面から何かが近づいてくる
セリウスはカンテラをそちらに向けてみた
セリウス「誰かいるのか?」
声をかけたが、答えはない
セリウスは腰の剣に手をやるともう一度尋ねた
セリウス「警備騎士だ!何かあったのか?」
やはり、答えはない
ルーザスも抜いていた剣をそのまま正面に向けた
少しすると気配が足音になりこちらに近づいてくるのがはっきり分かった
ルーザス「来るぞ」
セリウス「ああ」
足音が大きくなり正面から人影が迫ってくると、セリウスは息をのんだ
そして人影がランタンの光に照らされたと思った瞬間……
それはセリウスの胸元に飛び込んできた
ぽふっ
想像以上に軽い感触
飛び込んできた人影は小さく、弱々しい
弱々しかったので、セリウスは少しよろめいたが何とかランタンを取り落とさずに済んだ
セリウス(小さい、女の……子?)
見下ろすと胸当ての位置に小さな少女がしがみついていた
ランタンの明かりでもわかる銀色の髪を腰まで伸ばした12,3歳くらいの少女である
敵意はないようなので、剣から手を離してそれを抱きとめようとしたとき、少女は膝から崩れ落ちてしまう
セリウス「おっと」
セリウスは少女の腰を空いた手で支えた
やはり軽い
ルーザス「大丈夫か?」
セリウス「うん、気を失ってしまったらしい」
セリウスは少女を抱き上げようとする
そこにふとした違和感があった
セリウス「……これは?」
銀色の髪の中から何か異質なものが突き出している。思わず二度見したが間違いなかった
セリウス(この子は、まさか……)
セリウスは昔、聞いたことのある、ある存在を思い出した
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