第14話 それはいつも通りに帰着する

文字数 2,190文字

薬草を見ながら講義をしている間に時間は過ぎて、終わるころには正午を回っていた
南町にも数は少ないが、食事をする場所はある。二人は薬草園を出ると、都市の南門と船着き場を繋ぐ南町の中央通りに出た
ツヴァイ「私がいつも利用している店でいいですか?」
フルーラ「え、あ、はい」
ツヴァイに連れられるままに通りに面した店に入る
二人が入ったのは「海豹(あざらし)」の南町支店である
席はかなり空いていたが、まだランチの時間は終わっていないらしく、空いた席に着いた二人はウェイトレスからランチ用のメニューを渡された
ツヴァイ「じゃあ、これでお願いします」
フルーラ「わ、私もそれで」
ウェイトレス「かしこまりました。少々お待ちください」
二人は同じメニューを頼んだ
フルーラ(先生が頼むものならきっと大丈夫よ。きっと)
学食とは違ってワクワク感よりドキドキ感の方が優先されていた
フルーラ(というか、先生が食べるのだから自分も食べられないと……いろいろアレよね)
ツヴァイ「フルーラはこのお店、というか都市(まち)の食堂は初めてですか?」
思いめぐらせていたフルーラにツヴァイが切り出した
フルーラ「はい、学院の学食くらいしか」
ツヴァイ「あそこは意外といい料理人が作っているらしいですからね」
フルーラ「はい、私は特に日替わりランチが……」
と言いつつ……
フルーラ(あれ? 私、意外といつも通りにできてる気が……)
フルーラは思った
出かける前は息が苦しくなるほど緊張していたのに今はどうだろう
結局は普段通りに振舞えている気がする
フルーラ(私、思ったより神経太いのかしら。それとも……)
先生だから? 先生の前だから普段通りでいられるの?
ツヴァイ「どうかしましたか? フルーラ」
フルーラ「なんでもないです」
顔に出さないこそすれ、あまりいい表情ではなかった
フルーラ(よく考えてみれば、これがデートだと思ってるのは私だけなのよね……)
フルーラは冷静になって頭の中を整理し始める
事と次第をまとめれば、ツヴァイの薬草園に入って薬草についての講義を受けた……それだけのことである
何よりツヴァイはフルーラに関してそんな感情は抱いていない……はずだ
フルーラ(私……なにやってるんだろ?)
思いめぐらすうちに、ウェイトレスが料理を持ってくる
ミナスマイラ湖でよく獲れる魚のムニエルだった
ツヴァイ「食べましょうか」
フルーラ「はい、いただきます」

食事はことのほか美味しかった
料理がよかったのか、二人で食べたからかはわからない
ただ、二人で薬草に限らずいろいろな話をしながら食べるのは、一人で学食で食べているときより楽しかったことだけは確かだった
今度から学食も二人で食べたいな
フルーラはそう思った

ちなみに支払いは二人が別々に行った
どちらから言うわけでもなく自然とそうなってしまった

そして夕方
南町から渡し船に乗って「いつも通り」を並んで歩く二人の姿があった
フルーラ(結局、私って何をしたかったんだろう……)
あれこれ考えて臨んだわりには普通に薬草園で薬草について教えてもらい、食事までした
しかし、ツヴァイとの関係は進展しないままだ
むしろ進展を望んでいたのかすら怪しいものである
ツヴァイ「今日はお疲れ様でした。疲れたでしょう」
ツヴァイがねぎらいの言葉をかける
もうすぐ「森の滴」である。二人の時間は終了だ
フルーラ(このままじゃダメ、はっきりさせなきゃ)
意を決したフルーラはツヴァイの前に立ちはだかった
フルーラ「先生、先生は私のことどう思ってるんですか?」
ツヴァイ「どう、と言いますと?」
フルーラ「好きか嫌いかですよ!どっちなんですか?」
フルーラが迫る
ツヴァイ「嫌いなら薬草園に招待なんてしませんよ」
気後れするようにツヴァイは言った
ツヴァイ「好きですよ。フルーラほどひたむきで勉強熱心な生徒はいませんからね」
フルーラ「生徒……ですか」
フルーラの表情が暗くなる
ツヴァイ「フルーラこそ私のことをどう思ってるんですか?」
フルーラ「好きです!」
即答する
フルーラ「……その、教官として……尊敬、してます」
そしてしどろもどろになる
ツヴァイ「なら、それでいいんじゃないですか? あまり気負うことはないですよ」
フルーラ「へっ?」
フルーラは気の抜けたような声を出した
フルーラ「もしかして……私、気負ってました?」
ツヴァイ「ええ、わかりやすいくらいに」
フルーラ「じゃあ、全部……」
全部、気持ちを読まれてた?
ツヴァイ「せっかくの実習で多くのことを取り込みたかった気持ちはわかりますが……」
違った。そうじゃない
フルーラはなんだか悲しくなってきた
フルーラ(伝わらないのかなぁ……)
目に涙が浮かんできた
ツヴァイ「フルーラ?」
フルーラ「ひどい、ひどいです……私、頑張ったのに……」
薬草について学ぶことはもちろん、服だって……
フルーラはツヴァイの胸にしがみついて泣き出してしまう
通行人A「なんだなんだ?」
通行人B「ケンカかな?」
通行人C「女を泣かすなんてひどい男(ひと)ねぇ」
通行人D「ていうか、あれ施療師の先生だよ」
人通りの多い「いつも通り」である。通りすがる人の視線にツヴァイは困ってしまう
ツヴァイ「ふ、フルーラ。どうしました?」
フルーラ「ぐすっ、うえ~ん」
ツヴァイ「フルーラ……とにかく場所を変えましょう」
泣きじゃくるフルーラの手を取ると、ツヴァイはそれを「いつも通り」を外れた路地へと引いていった
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