第3話 捜査

文字数 3,343文字

剣が横たわったような形をした大陸、クレイピア
その刀身と柄の間にある青い宝石のような湖、ミナスマイラ湖を取り囲むように自由都市ミナスマイラは形成されている
かつては単なる湖沿いの漁村だったこの都市は50年前、10年に及ぶ難工事によって東西の海とミナスマイラ湖を繋ぐ大規模な運河が築かれたことによって一気に変貌した
大陸の東西南北を流れる人や物が必ずこの地を通る交通の要所となり、商業が発達したのだ
都市は運河や南北をつなぐ渡し船に通行税を課す一方で、南北の門からミナスマイラに入る人々からの入市税を免除することで、その発達は飛躍的に早められた
今ではミナスマイラが大陸最大の面積と、人口を誇る大都市となっている
だが、それに応じて犯罪が増え、治安も悪化していた
警備騎士団はそんな都市犯罪の抑止と撲滅のために組織された市民自警団の発展形であり、その青い胸当てとミナスマイラ湖の形をかたどった円の紋章とともに市民の尊敬と信頼を受けながら活動している

ミナスマイラ湖と運河を挟んで、ミナスマイラの都市は北町と南町に分かれていた
主に交易を行っている港や取引所は北町にあり、南町はあえて渡し船の船着き場以外の港はなく、ミナスマイラの人口を支える食料を供給する農業地帯になっている
警備騎士団は北町に本部、南町に支部を置いており、セリウスとルーザスは北町に配属されていた
セリウス「まずは目撃者探しだね」
ルーザス「ああ、めんどくさいがな」
夜が明けて早々、事件の担当になった2人はミナスマイラの港で聞き込みを始めた

警備騎士2人は港の港湾労働者から聞き込みを開始したが、事件が深夜ということもあり、目撃者はなかなか見つからなかった
ミリアムの証言では、彼女は船からこの港に下ろされたときに隙を見て逃げ出したと言う
さらわれてからこのミナスマイラに来るまで船を降りたこともなかったし、自分以外の「商品」を見たことはないとも言っていた
奴隷的なものを密貿易している船ならば、一人では商売にならない。千年種(ミレニア)がいくら珍しいとはいえ、他にも何人か捕まえて運んでいるはずであるし、なによりこのミナスマイラでは奴隷的な人の売買は禁止されている。運河を通過するだけなら品を改めることもなく手は出せないが、わざわざこの港で下ろすはずもない
さらにミリアムが船を下ろされたのは深夜、表立って行われる取引ではないのは明らかだった
ルーザス「連中はここでミリアムを客に受け渡す予定だった、と見るのが妥当だな」
おそらくミリアムが千年種(ミレニア)であることに価値があって、遠くから連れてこさせたのだろう
セリウス「そうだね。今度は船の方を調べようか」
2人は港湾を管理する港湾事務所に向かった。

商業都市であるミナスマイラの港にやってくる船はもちろん多い
しかし運河を利用する都合上、通行税を取るため船の出入りは港湾事務所が厳しく管理している
よってそこを調べればそれらの把握ができる仕組みになっていた
セリウス「警備騎士団だ。昨日着いた船の記録が見たい」
警備騎士2人は、港湾事務所に向かった
昨夜の寄港記録の照会を警備騎士の権限で依頼すると、しばらくしてその結果が事務所から返ってきた
結構な数の紙束で、港の繫栄をうかがわせる
2人は、事務所の一室を借りてそれらを一枚一枚確かめていく
そのほとんどが主に大陸内の港を航行する廻船商人が所有する商業船であったが、一つだけ異質な船があった
とある貴族が所有する中型船、貴族船と呼ばれる貴族所有の特別な船だ
それも、どうやら大陸内でなくほかの大陸から遠い船路を越えてきたようだった
登録書によれば所有者の爵位は伯爵、ミナスマイラの支配下にある小さな衛星都市の領主とある
ルーザス「怪しいな」
セリウス「うん、怪しいね」
大陸随一の港が整備されていることから、ミナスマイラはクレイピア大陸以外の他大陸との交易・交流も少なくはない
だがそれはあくまで民間の話である。貴族が直接他大陸との接触を持つというのはいわば外交であり稀なことだ
禁止されているわけではないが、確かに目立つ
それに普通の商人が言わば「一品もの」のミリアムのためだけに船を出すとは考えにくい
可能性を考えれば、ミリアムを運んだ船は……
ルーザス「しかし貴族船か。面倒だな」
ルーザスがつぶやいた
確かに面倒だった
警備騎士団は市民の犯罪を捜査する組織だ。貴族の捜査は貴族のみで構成される近衛騎士団の仕事である
仮に貴族の船を調べるにしても、警備騎士団長が要請してそれに応えた近衛騎士団から派遣された近衛騎士の立ち合いを必要とする
ルーザス「とりあえず、調べられるところは潰すか。貴族船はそれからだ」
セリウス「そうだね。行こう」
2人は港湾事務所を後にした

警備騎士2人があの晩寄港していた商業船をすべて洗い出して捜査するのに数日を費やした
しかし、人身売買の証拠はおろかミリアム誘拐犯やその買い手についての手がかりは全く出てこない
やはり残るのは唯一の貴族船、伯爵の貴族船しかなかった
そこで2人は警備騎士団長に掛け合って捜索許可を得ることにしたのだが……

ルーザス「情況証拠だけじゃ動けないって、他に見当たらないんだから間違いないだろうに……」
セリウス「でも確かに証拠が必要だね」
北町の警備騎士団本部、団長室から出たルーザスは吐き捨てるように言った
警備騎士団長からの許可はなかなか下りなかった
消去法で伯爵の船を特定しても、近衛騎士団を納得させられる確たる証拠にはならない、というのが理由だった
もともと近衛騎士団は警備騎士団からの要請による騎士派遣を渋る傾向にある
警備騎士団長だけでなく近衛騎士団をも納得させる強い証拠が必要だった
ルーザス「証拠か……」
ルーザスは何やら考えていたが、ふと何か思いついた
ルーザス「セリウス、一つ考えがあるんだが……」
ルーザスはセリウスにある計画を持ちかけた

その日の午後、学院から「森の滴」に戻ってきたツヴァイが調査結果を持ち帰ってきた
ツヴァイ「やはりありました。伯爵の学歴」
ツヴァイはミナスマイラの学府、ミナスマイラ学院の教官として6日に一度薬草についての講義をしている
今回の捜査のため、教官の権限を使って伯爵についての学院の記録を探してきてくれたのだ
ツヴァイ「25年前から錬金術の講義を受けてますね」
セリウス「25年前……ずいぶん前だけど、記録があるのか」
ツヴァイ「5年前に教官として講義も行っていますからね。名前を聞いて、私も受けたことがありました」
錬金術はさまざまな物質をさまざまな方法で加工して金を生成することを目指す技術である。その副産物としてツヴァイのような施療師にとっても役立つ薬や素材が生まれることも多い
ツヴァイ「ただ私にはちょっと合いませんでしたね」
ルーザス「そりゃどうして?」
ツヴァイ「錬金術の中でも若返りや不老不死についての研究をしていたんですが、内容が過激すぎて……」
セリウス「過激?」
ツヴァイ「人間の命を贖うには人間の命を素材にするしかない、とか……ですね」
学院での研究は自由だが、さすがに人命を軽視するような研究は認められていない
そもそもいわゆる文系の研究が大半を占める学院においてはツヴァイの薬草学など一部を除いて自然科学の研究は異端であった
ツヴァイ「確か学院から追放されていたはずです。以降は自分の館にこもって独自で研究を進めているとか。これは噂ですが」
若返りや不老不死を研究していたならば長命な千年種に興味が向くのも理解できる
ツヴァイ「何をするかは知りませんが、やはり研究材料としてミリアムを利用しようとしたのだと思いますね」
ツヴァイは続ける
ツヴァイ「血か肉か、それとも心臓かも……」
動物の血肉は錬金術では定番の素材である
ミリアム「!」
言葉が通じたわけではない。雰囲気が通じたのか、ミリアムの瞳に怯えの色が浮かんだ
セリウス「めったなことを言うなよ。ツヴァイ」
ツヴァイ「冗談……ではないかもしれませんね。すみません」
ルーザス「とりあえず動機はあるってことだな。やっぱりあとは証拠か……」
セリウス「やっぱりやるのかい?」
セリウスが不安げに言う
ルーザス「ああ、現状を打破するにはこちらから動くしかないからな」
ルーザスは自信ありげにそう言った
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