第15話   そして再びいつも通りを歩く

文字数 2,049文字

ツヴァイ「とりあえず落ち着いてください」
二人は路地の奥にあった井戸の前にきた。近くにベンチがあったのでそこに座る
「森の滴」に引き入れることも考えたが、トライスやミリアムがいることを考えると具合が悪い
フルーラは泣き止んではいなかったものの、涙は一通り流れたようだった
フルーラ「ごめんなさい。私、生徒失格ですよね」
両手で涙をぬぐいながらフルーラがあきらめの言葉を吐く
好きな人の前でさんざん言った挙句泣き出してしまったのだ。愛想をつかされても仕方がない
ツヴァイ「いきなり何を……」
フルーラ「もう、講義には行きません。朝お伺いすることもしませんから……」
ツヴァイ「フルーラ!」
ツヴァイはフルーラの肩を両手で引き寄せるとその胸にかき抱いた
フルーラ「えっ」
ツヴァイ「こうすれば落ち着きますか?」
思わぬ抱擁に頭が混乱するフルーラだが、本能的に両手をツヴァイの背中に回す
欲していた感情が満たされるような気分になって、両手に力がこもる
フルーラ「先生、先生……」
不思議なことにフルーラだけでなくツヴァイも気持ちが落ち着いていた
ツヴァイ「なるほどこういうことでしたか……」
ツヴァイはフルーラのぬくもりとかすかな香りで彼女が何を求めていたのかを察したようだった
それはツヴァイもフルーラに求めていたものかもしれなかった
ツヴァイ「フルーラ、私もフルーラが好きですよ」
フルーラ「生徒としてですよね」
ツヴァイ「もちろんそうですが、それ以上に人として興味があります」
フルーラ「人として?」
ツヴァイ「はい。人としてこんなに誰かのことを教えたいと同時に知りたいと思ったことはありません」
フルーラ「私も」
フルーラは顔を上げた
フルーラ「私も知りたいです。先生のこと、もっともっと知りたいです」
ツヴァイ「だから、楽しみませんか?」
フルーラ「楽しむ?」
目の前のツヴァイがほほ笑む
ツヴァイ「自分の気持ちに素直になって、やりたいことをしてみませんか?」
フルーラ「やりたいこと……」
ツヴァイ「例えばですね」
ツヴァイの両手に力がこもる
二人の距離が近づいて、頬と頬がくっついた
ツヴァイ「しばらくこうしていたりとかですね」
夕方の冷たい風が吹き始めていた
しかし密着した二人の間は温かいままだった

そして三日後……

次の登院日の朝、いつもの時間にフルーラは「森の滴」に現れた
学院に向かう時の変わらない服装に戻っている
フルーラ「おはようございます」
ミリアム「おはようございます。フルーラさん」
トライス「おはよう。フルーラ……ん?」
トライスが何か変化を感じ取ったようだ
トライス「フルーラ、何か変えた?」
フルーラ「ううん、なんで?」
トライス「なんか雰囲気変わったなぁって」
フルーラ「そうかしら」
少なくとも外見上は特に変化は見られない。普段通りのフルーラだ
ツヴァイ「おはようございます」
奥からツヴァイが出てきた
ツヴァイ「フルーラ。じゃあ行きましょうか」
フルーラ「はい、先生」
トライス「行ってらっしゃい」
ミリアム「行ってらっしゃいませ」
いつもと同じようにトライスとミリアムに見送られて二人は「森の滴」を出て行った

「いつも通り」に出た二人は歩きながらしばらく無言だったが、先に口を開いたのはフルーラだった
フルーラ「あの……」
フルーラがツヴァイの方を向く
フルーラ「今日は家まで送ってくださいませんか?」
ツヴァイ「え?」
フルーラ「お父様、いえ父と母に紹介したいので」
ツヴァイ「それは……」
ツヴァイは逡巡した。女性が男性を家に呼んで両親に紹介するとは……
ツヴァイの様子にフルーラは何か誤解を与えてしまったことに気づく
フルーラ「あ、そんな深い意味はないんです。ただこの前先生のことをお話したら、父と母がお話を伺いたいと」
実は出会った時から話はしていたのだが、両親の興味が強すぎて家まで連れてくるのがなんとなく嫌だった
ツヴァイに家まで送ってもらうのを顔で拒んでいたのはそういう理由だったのだ
ツヴァイ「そ、そうなんですか。いい機会ですし、お目にかかりましょう。フルーラのご両親です。きっといい人なんでしょうね」
フルーラ「はいっ、驚くと思いますよ」
二人はまた歩き出す
こころなしか肩と肩の距離が近くなる
フルーラは心臓がとくん、と高鳴るのを感じてツヴァイの腕を取った
ツヴァイ「えっ」
フルーラ「やってみたいこと、してみたいです」
そのまま腕を抱きしめる
その瞬間、なにかしびれるような感触が胸にしみこんでいった
どこかで得た感覚
フルーラ(そうだ。あの時の……)
ツヴァイと初めて出会ったとき、学院の図書館で同じ魔草の本を取ろうとした手が重なったとき……
あの瞬間の感覚に似ていた
ツヴァイ「歩きにくいですよ」
フルーラ「いいんです」
その体勢のまま歩を進める
フルーラ(話をしているだけでもいいけれど、触れ合うって、やっぱり意味があるのかも)
なによりいつも歩いている「いつも通り」が今までと違って見える
フルーラ(これって、幸せってことなのかな?)
喜びを噛みしめながら、学院へと続く「いつも通り」を歩く二人なのだった
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