第8話 魔草

文字数 2,208文字

セリウスを診察室に運び込むと、ルーザスは通りに出てきた人々を治めるため再び外に出て行った
トライス「ツヴァイ、出血が!」
診察室に運び込んだセリウスに止血を行っていたトライスが叫ぶ
傷口に当てた布はすでに真っ赤に染まっていた
ツヴァイ「思ったよりひどいですね」
ミリアム「セリウス!セリウス!」
鬼気迫る状況に手を出せずにいるミリアムは半狂乱でセリウスの名を呼び続ける
トライス「ミリアム! ちょっと静かにして」
トライスが一喝した。その剣幕に驚いた顔になったミリアムだったが、今度はしくしくと泣き出してしまった
トライス「ごめん……」
ちょっと言い過ぎたのを自覚したトライスがミリアムの頭をなでた
トライス「セリウスは私とツヴァイで絶対に治すから、だから落ち着いて。ね?」
ツヴァイ「それなんですが……」
ツヴァイはセリウスから離れると部屋の隅に置かれた戸棚を開ける
ツヴァイ「ミリアム、もしかしてこれが使えますか?」
ツヴァイはいくつかの薬草を戸棚から取り出すと、ミリアムに差し出した。
ツヴァイ「千年種は草の力を使うことができると本で読みました。本来なら効果が出るまで時間のかかる傷薬ですが、あなたの力で効果を集中、強化して患部に流し込めば、もしくは……」
ツヴァイの言葉は難しかったが、森でも見かける既知の薬草を見たミリアムにはその意図が伝わったようだ
ミリアム「……やる」
ミリアムは差し出された薬草から治癒効果の高そうな草を選ぶとセリウスの傷の前に立った
そして目を閉じると、古代語の呪文の詠唱を始める
古代より千年種に伝わってきた魔草の力、薬草に含まれる力を抽出、濃縮して行使する神秘の力だ
ミリアム「(古代語で)癒しの力を秘めし草よ。滴となりてこの者の傷をふさがんとせよ……」
詠唱を続けながらミリアムは両手で薬草を握りしめた
握りしめた薬草に意識を集中する
するとそこから光る滴が落ちて、セリウスの傷口に落ちた
セリウス「うっ……」
セリウスが呻いた

ミリアム(しなないで、セリウス……うみ、みたい……だからわたしを、もっと、まもって、ください)
ミリアムは一心に願っていた
セリウスにとってミリアムとの出会いが「誰かを護って死ぬ」という理由を思い出すきっかけであったのと同時に、ミリアムにとってもセリウスとの出会いが遠く離れた人間の都市に来てしまった自分を支えてくれるきっかけでもあった。
なにより、命を賭してまで自分を護ってくれた人間をこのまま失いたくない
村では魔草と戯れる、日常的に魔草を使う生活を送っていたミリアムだが、こんなに集中して魔草を使ったことは今までなかった気がする
ツヴァイ「……!」
ツヴァイが目を見張る
ミリアムの両手からこぼれる滴が傷口に注がれるたび、セリウスの傷が目に見えて癒えていくのがわかった
すでにセリウスの傷口からの出血は止まり、内側から組織が再生されていく……
トライス「すごい……」
ツヴァイ「これが魔草の力……」
2人は魔草の力を目の当たりにして思わず息をのんだ
傷はほぼ表皮の切り傷のみとなっている
ツヴァイ「ここまで浅くなれば大丈夫です。縫合しましょう」
ミリアムの疲労の色を感じとったツヴァイが声をかけたのと、ミリアムが膝から崩れ落ちるのが同時だった
トライス「ミリアム!」
トライスが駆け寄って抱き起こす
ミリアム「……だいじょうぶ」
ツヴァイ「休ませてあげてください」
トライス「うん。立てる?」
トライスが肩を貸す形でミリアムは立ち上がった

近衛騎士「近衛騎士団だ!伯爵、密輸と人身売買の疑いで出頭願おう!」
近衛騎士団が伯爵の屋敷に踏み込んだのは、夜も明け始めたころだった
謎の男が伯爵の館に消えていったのを確認したフィルが、ルーザスと警備騎士団長に連絡して近衛騎士団を動かしたのだ
セリウスが負傷したことも、警備騎士団長が要請を決めた大きな要因になった
追い詰められた伯爵。逃げ場はなかった
伯爵「千年種(ミレニア)、千年種(ミレニア)の素材があれば不老不死になれたのだ……」
伯爵が振り返る
学院の図書館で偶然発見した錬金術の古文書……そこに記されていた不老不死についての研究に心が震えたあの日……
それを元にさらなる研究に没頭した末、千年種(ミレニア)を素材にした不老不死の秘薬の理論に行きついた
しかし理論だけではどうしようもない。完成にはどうしても千年種(ミレニア)を探し出さねばならない
それからは、長い年月と莫大な資金を投じての調査と探索の日々だった
ほぼ架空の存在となっていた現在でも千年種(ミレニア)の存在を信じて多くの冒険者を雇い、世界中に派遣した
私財をなげうち、時には講師として学院の教壇に立ったりもした
そしてついに遠いほかの大陸から生きた千年種(ミレニア)を取り寄せることに成功したのだ
伯爵「20年だ。この計画のために20年費やした。これ以上は待てん。これ以上老いては不老不死の意味がない」
もはや不老不死の夢はついえた。罪人として裁かれるくらいなら……
伯爵は机から薬を取り出すと、その場にあった盃の酒と一緒に飲み干した
研究の過程で生まれた、即時に死に至る猛毒だった。

伯爵自害からほどなくして、伯爵の貴族船にも近衛騎士団の立会いの下、警備騎士団による強制捜査の手が入った
しかし本当にミリアムだけが目的だったようで、他に禁制の品を発見することはできなかった
また、ミリアムを誘拐し、奪還も試みた実行犯である謎の男も見つけることはできなかった
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み