第20話 新顔

文字数 2,254文字

メイルーシア「ただいま……っと」
メイルーシアが王城の自室に戻ってきたのは、夕食の時間も終わった後だった
投書の件をあきらめた後、ちゃっかり都市(まち)を楽しんできてこの時間である
執務室でゲオルクが立って待っていた
思わずビクッとするメイルーシアだが、これはいつものことだ
ゲオルク「おかえりなさいませ ステラ姫様」
うやうやしく頭を下げるゲオルク
ゲオルクに叱責されると思っていたメイルーシアは拍子抜けした
メイルーシア「ゲオルク?」
ゲオルク「姫様」
顔を上げるとゲオルクが神妙な面持ちで口を開いた
メイルーシア「何?」
思わず身構えてしまうメイルーシア
ゲオルク「もう姫様の脱走には疲れました。今後はお止めはしませんゆえ、事前に報告をお願いしたく」
メイルーシア「え?」
意外な提案にメイルーシアは驚きを隠せなかった
メイルーシア「もう止めないの? 怒らないの?」
ゲオルク「はい、もうお止めは致しません 怒りも致しません」
メイルーシア「苦労かけるわね。でもありがとう」
都市(まち)に下るのが公認となってホッとするメイルーシアだが……
ゲオルク「と言ってはなんですが……」
いつの間にかゲオルクの横に人影があった
メイド服に身を包んだ女性がひざまずいている。今までいたメイドとは違う。見たことのない顔だ
メイルーシア「……誰?」
リネット「新人メイドのリネットと申します」
ゲオルク「今日からお側仕えとしてこの者を付けますゆえ」
リネット「『海豹(あざらし)』南町支店から参りました」
警備騎士団の隠密部隊「海豹隊(あざらしたい)」のウェイトレスの一人だった
メイルーシア「待って。これからはこの人と都市(まち)に出ろと?」
ゲオルク「左様でございます」
メイルーシア「側仕えって言ったわよね? ずっと部屋にいるってこと?」
ゲオルク「左様にございます」
こともなげに言うゲオルク
ゲオルク「アルフレッド殿より、最も優れたウェイトレスを派遣していただきました。これで私(わたくし)も安心というものです」
リネット「ご心配なく、城下(まち)に出られるときは私(わたくし)もうまくやりますから」
メイルーシア「そういう問題じゃなくて!」
一人で羽を伸ばすからいいのであって、お付きがついてしまっては楽しみも半減だ
リネット「私は影ですから、お気になさらずに」
メイルーシア「気にするって!」
ゲオルク「都市王(としおう)様にもお話を通してありますので決定は覆りません。今日の公務を投げ出されたこと、お怒りになっておりました」
メイルーシア「お父様に言ったの?」
ゲオルク「当然です。ご報告させていただきました」
父親の決定では娘のメイルーシアではどうしようもない
ゲオルク「では、新しいメイドとまずは親交でも深めてくださいませ」
ゲオルクはそう言うとリネットを残して部屋を出て行った
リネットはまだその場にひざまずいている
メイルーシア「あ、もう立っていいわよ。そういうの苦手なの」
リネット「はい」
リネットが立ち上がる
思ったより身長は高い。メイルーシアよりやや高い程度だ。たぶん年齢も上だろう
メイルーシア「まずは……そうね。お腹空いたから、何か作ってちょうだい」
リネット「はい。かしこまりました。ステラ姫様」
メイルーシア「うーん。あなた、私のそばにずっといるのよね?」
リネット「はい」
メイルーシア「じゃあ、あなたは私をメイルーシアって呼んで。メイでいいわ」
リネット「メイ……様ですか」
メイルーシア「そう。どうもあなたとは長くなりそうだしね」
城下でも一緒となればそちらの方が都合がいい
リネット「わかりました。それではメイ様。食べ物のお好みはありますか?」
メイルーシア「特にないわ。嫌いなものも」
リネット「かしこまりました。それでは」
そう言うと、リネットは居室内にあるキッチンへと入っていった

しばらくして出てきた夕食は簡単ながらもなかなか美味しいものだった
リネット「料理はメイドの基本ですから」
こともなげに言ってのける
メイドとしてはもちろん、「海豹(あざらし)」でウェイトレスをする上での基礎技能といったところか
メイルーシア「メイドとしては申し分ないってことね」
リネット「ありがとうございます。メイ様」
頭を下げるリネット
メイルーシア「少し話が聞きたいわ。あなたのこと教えてくれる?」
リネット「あまり面白くないですよ」
メイルーシア「面白い話は期待してないわ。隠すことなく教えてくれればそれでいいの」
リネット「メイ様は……」
メイルーシア「私は公人だもの、言わなくても聞いてるでしょ? 聡明で美しいと市民も自慢の都市姫(まちひめ)様よ」
リネット「そんな方が、ときどきお城を抜け出しては都市(まち)を歩き回っているんですね」
リネットがクスリと笑う
メイルーシア「笑うのね」
リネット「はっ、申し訳ございません」
メイルーシア「いいのよ。あなたにそういうとこもあると思うと安心するわ。ところで……」
メイルーシアはリネットの近くに寄る
メイルーシア「アルフレッドのところから来たって言ってたわよね?」
リネット「はい。言いましたが」
メイルーシアの迫力にリネットが後ずさる
メイルーシア「私のお願いなら何でも聞いてくれる?」
リネット「できることでしたら……」
メイルーシア「じゃあ早速『仕事』をお願いするわ。今から港に行って確かめてほしいことがあるの」
リネット「港ですか? ですが私はメイ様の近くを離れるわけには……」
メイルーシア「今日はもう脱出したりしないわよ。お願い」
メイルーシアは手を合わせてリネットに「仕事」を頼んだ
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