第7話 奪還者

文字数 2,120文字

ミリアム「んー」
「森の滴」の4階、セリウスの部屋のベッドで寝ていたミリアムはふと目を覚ました
ミリアム(……トイレ)
尿意を覚えて、起き上がる
隣の床ではシーツを敷いただけの場所でセリウスが眠っていた
ここ数日昼夜を問わずミリアムの警護で疲れているのか、寝息は静かで動く気配はない
起こすのは悪いと思い、そのまま足音を殺して部屋を出る
トイレは暗い廊下の先にあった。ふとセリウスと出会った時の暗い港町の路地を思い出す
廊下の床は木の板張りで、部屋の中ではスリッパをはいているのであの時のような痛みはないが、暗いせいか、歩くたびに鳴る床のきしみ音が妙に大きく聞こえた
ミリアム(怖くない、怖くない……)
びくびくしながら廊下を進む

用を済ませてトイレの扉を開けたそのとき
ミリアムの首筋に何か冷たいものが当たった
ミリアム「!」
謎の男「騒ぐな」
言葉はわからないが聞き覚えのある声に、ミリアムの背筋が凍る
森で出会ったあの千年種(ミレニア)狩りの人間の声だった

セリウス「……ミリアム?」
セリウスが目を覚ましたのはミリアムが部屋を出てまもなくのことだった
ベッドにミリアムの姿がないことに気づいたセリウスは部屋を飛び出す
セリウス「ミリアム!」
そのとき、階下で物音が……
セリウスは部屋の入り口に立てかけた剣を手にすると、階段を駆け下りていった

そのころ、男はミリアムを引き連れて「森の滴」を出たところだった
夜中のいつも通りはひんやりとした空気に包まれ、静寂に満ちている
ルーザス「ちょっと待った」
そんな闇の中から現れた影……ルーザスだった
フィルからの報告で伯爵がミリアムの奪還命令を出したと聞いて「森の滴」前で待ち構えていたのだ
傍らにはそのフィルもいる
石畳の上で対峙する両者
ルーザス「お前、この都市(まち)の悪党じゃないな」
謎の男「……」
男は答えない。
手には黒光りするダガーが見える
闇に紛れて暗躍する類の人間がよく使う得物である
フィル「これはあたしの方が専門みたいね」
フィルが短剣を抜いた。こちらも刀身が黒く塗られている
ルーザスも腰の剣を抜く
ルーザス「警備騎士だ!その娘を放して、縛についてもらう」
セリウス「ルーザス!」
セリウスが4階から下に下りてきた。急いできたので胸当てはなく、剣だけを持っている
男は3人に囲まれる形になった
警備騎士有利な形勢ではあるが、男にはミリアムがいる
案の定、狩猟者はミリアムにダガーを突きつけた
ミリアム「ひっ……」
男は何も言わないが、言わんとすることは3人にも理解できる
謎の男 (動くな、さもないとこの千年種(ミレニア)を殺す)
セリウス「くっ……」
足が止まる警備騎士2人
セリウス(どうする?)
動けない3人との間合いを取りながら男はミリアムを引きずって移動していく

このままではまた捕まってしまう
そう思ったミリアムはダガーを無視し、身をよじって男の拘束から逃れようとした
ミリアム「セリウス!」
ミリアムは男の腕から逃れると、セリウスの方に走り出そうとする
謎の男「!」

男はダガーを持ち直し、ミリアムの無防備な背中に突き立てようとした
セリウス「ミリアム!」
セリウスはミリアムと謎の男の間に体を入れる
セリウスの腹部に吸い込まれるように黒いダガーが刺さっていった
セリウス「くはっ!」
血を吐くセリウス
ミリアム「セリウス?」
ミリアムには最初、何が起こったのかわからなかった
謎の男「ちっ」
男は舌打ちすると、セリウスののいた側から路地へと消えていった

ルーザス「セリウス!大丈夫か!?」
ルーザスが声をかけたが、セリウスからの返答はない
ルーザス「フィル! 後を頼む!」
フィル「あいよ。任して」
フィルは男の後を追って闇の中に消えていく

ミリアム「セリウス……?」
ミリアムがセリウスに触れると何かいやな感触がした。
手を見ると、それは鮮血で真っ赤に染まっている
ミリアム「セリウス、セリウスぅ!」
ミリアムは倒れているセリウスにしがみついた
セリウス「大丈夫だよ、ミリアム」
怪我に似合わぬ落ち着いた声で、セリウスが言った
力なく伸びた手がミリアムの髪に触れる
ミリアム「セリウス?」
セリウス「ずっと誰かを護って、警備騎士として死にたいと思っていたんだ……」
そして髪をなでた
セリウス「だから泣かなくていい。僕は幸せだよ……」
トライス「何言ってるの!」
騒ぎを聞きつけて家を飛び出していたツヴァイとトライスがセリウスのもとに駆け寄る
トライス「マーサはそんなこと望んでないわ!ずっとセリウスが警備騎士になることだけを願っていたもの」
同じ「森の滴」で暮らしていたこともあるトライスはマーサを知っていた
ツヴァイ「そうですよ。警備騎士の命は、女神ミナスマイラのためにあるんです。自分自身のためにどうこうするものじゃありません」
ツヴァイの声を聴いたか聞かないか、セリウスは意識を失う
ツヴァイ「ルーザス、トライス。手伝ってください。セリウスを診察室へ」
2人は頷いた。
周囲の建物に明かりがつき始めていた。騒ぎが伝わって家人が起きてきたようだ
このままではミリアムが見つかって騒ぎになりかねない
ツヴァイ「ミリアムも家に戻ってください」
石畳にへたりこんでいたミリアムにツヴァイは声をかけると手を引いて施療院の中に連れ戻した
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み