第5話 潜入

文字数 1,805文字

一方そのころ……
ルーザスは港のそばにある酒場「海豹(あざらし)」にいた
ここは酒場としては大手の一つで店主のアルフレッドと3人のウェイトレスが店を回している
胸当てはつけていない。一人の客としてルーザスは入口の戸を開ける
日も暮れてくると寄港した船の船員や港湾労働者などでにぎわう店だが、まだそんな時間ではないので席は空いていた
カウンター席に着くと一人のウェイトレスが注文を取りにやってくる
短い金髪で一見するとウェイトレスよりボーイッシュな恰好が似合いそうな印象だった
フィル「いらっしゃい。今日は何? サービスするわよ」
ルーザス「サービスはいらん。フィル、仕事だ」
フィル「ふーん」
フィルと呼ばれたウェイトレスは、空いていた隣の席に着いた
フィル=シーレオン、酒場「海豹」のウェイトレスであるが、もう一つの顔がある
酒場「海豹」は酒場であり、大陸を旅する冒険者の仕事のあっせんをするギルドである他に、警備騎士の手が届かない調査や捜査を行う警備騎士団の隠密部隊「海豹隊(あざらしたい)」の本部でもある
フィルはもちろん、3人のウェイトレスはそれぞれ店主であり隊長でもあるアルフレッドから厳しい訓練を受けた諜報員の顔も持っているのだ
その存在を知り活用できる者は警備騎士の中でも上位の者に限られるが、ルーザスはその若さで「海豹隊」に接触できる数少ない警備騎士の一人だった
とはいっても、今のルーザスが仕事を依頼できるのはフィルのみなのだが、それには理由がある
簡単に言うと、アルフレッドとルーザスの父は知り合いで、フィルとルーザスは身分こそ違えど幼なじみなのだった。
ルーザス「とある貴族の密輸の件を調べてる」
フィル「貴族かぁ。大変ね」
ルーザス「探ってほしい」
ルーザスは今回の件を手短にフィルに話した。そして調査対象を告げる
ミリアムのことも話した。仕事上、フィルは信頼できる相手だ
ルーザス「頼めるか?」
フィル「いまさら何言ってるの。仕事じゃないw」
席を立つフィル
フィル「でもその千年種(ミレニア)の女の子って見てみたいなぁ、今度会わせてくれる?」
ルーザス「わかったよ。そのうちな」
フィル「ありがと♪」
フィルは片目をつぶって見せると踵を返してルーザスから離れた

そして深夜……
北町の東部にある王城トライクロス
人・物・道の3つが交わるという意味で3つの十字を組み合わせた構造の城はそのままミナスマイラの国章になっている
そんな城を取り囲むように広がるのが貴族の住む領域、貴族エリアだ。
市民エリアとは都市壁とは別の城壁で隔てられており、貴族とその使用人以外の出入りは門で厳しく制限されている
しかしそんな障害をものともせず、そこにある伯爵の館の塀を乗り越える影があった
フィルである
酒場でのウェイトレス姿とは一変して、全身にぴったり張り付いたレオタードに飾り程度のミニスカート。腰には小さなポーチと短剣を帯びている
この仕事を始めて数年、すっかり板についた姿であった。
足音を殺して館に近づくと、明かりのついた窓を探して、そこに張り付く

ちょうど、そこが伯爵の書斎だったようで、大きな机に着いた伯爵が何かを待っていた
前触れもなく扉が開き人影が入り込んだ
上から下まで真っ黒な服で覆われた小柄な男だ
部屋の中を進むと、書斎に置かれたソファーに座り込む
黒いフードを被っているので顔を確かめることはできなかった
伯爵「森の『姫君』はどうした?」
謎の男「見つけてきた。都市(まち)の施療院で匿われている。警備騎士も一緒だ」
『姫君』とはミリアムのことらしい
フィルはさらに耳を澄ます
伯爵「連れてこい。できるか?」
謎の男「高いぞ」
伯爵「構わん。すぐそこまで来ているのなら安いものだ」
謎の男「港での報酬はケチって逃げられたのになw」
男は笑った
伯爵「うるさい。『姫君』を入手できた時点で不要だと判断したまでだ。まさか逃げられるとは」
謎の男「まぁ、安心しろ。今度は最後まで『姫君』を送り届けてやるよ」
伯爵「ようやく見つけた千年種(ミレニア)なのだ。それを見つけてきたお前の腕は買っている」
謎の男「じゃあ、前金でもらおうか」
伯爵「ああわかった。頼んだぞ」
伯爵は引き出しから袋を取り出すと男に投げ渡す
男は袋の重さを確かめた後、口を開けて目でも確認する
おそらく金貨だ、とフィルは思った
謎の男「これはどうも。ではお楽しみに」
男は立ち上がると、部屋を出て行った
窓の外ではフィルの姿が消えていた
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