第17話 姫君と千年種1

文字数 2,036文字

ミリアム「お薬をお届けにあがりました」
老女「あら、ミリアムちゃん、おつかいご苦労様」
扉を開けると老女が暖かくミリアムを迎え入れた
老女「お茶でも飲んでいかないかい?」
ミリアム「いえ、先生にすぐ帰るように言われているので……」
老女「あら残念。いつでも遊びに来てね」
ミリアム「はい、ありがとうございます。お大事に」
ぺこりと頭を下げてミリアムは配達先のアパートから出る
ミナスマイラにきて数か月、すっかり人間の言葉と「森の滴」での仕事に慣れたミリアムは、近くのお年寄りの家まで一人で薬を届けられるようになっていた
もちろん特製のナース帽でがっちりと耳は隠している。やや大きめだが、身体が小さいので大きく見えるだけだろうと、これまで特に見とがめられることはなかった

今行ったお年寄りの住んでいたアパートは、「いつも通り」から路地に入ってしばらく入ったところにあった
ツヴァイからは安全のため、できるだけ早く路地を出て「いつも通り」を通って帰ってくるように言われている
ミリアムは言われた通りに路地を出ようと歩き出した
その時である
ステラ「あぶないっ! どいてっ!」
脇道から誰かが飛び出してきた
ミリアムはとっさに身をかわすが間に合わず飛び出してきた人影とぶつかって弾き飛ばされてしまう
ミリアム「いたっ」
ステラ「あいたたた……」
地面に尻餅をついてしまった二人
ぶつかったのは女性。長く伸びた金髪を二つに分けて、ツインテールにしている
服こそ都市(まち)娘のそれだが、身なりは整っており何か高貴さを感じられた
そこに声が聞こえてきた
ゲオルク「ひ……お嬢様~っ!」
声が届くということはそんなに遠くではなさそうだ
ステラは急いで立ち上がろうとするが、姿勢が悪いのと腰を打ったらしくすぐにはなかなか立ち上がれない
ステラ「まずいわね……」
ミリアム「あの、追われてるんですか?」
ミリアムが立ち上がりながら尋ねる
ステラ「うん、そうなの。しつこいのよね」
ステラは素直にそう言った
ミリアムはふと自分が追われていたときのことを思い出す
追われていると聞いてミリアムは彼女を放ってはおけなかった
意を決して、彼女に声をかける
ミリアム「私のそばにいて静かにしていてください」
ステラ「? うん」
ステラがミリアムのそばに這って近づくと、ミリアムは腰に付けた袋からすりつぶされた草の粉を取り出す
ミリアム「(古代語で)我らの姿をこの場から隠したまえ」
唱えるとミリアムは草の粉を真上に振りまいた
ゲオルクの足音が近くなり、二人の前に現れる
しかし様子が変だ
ゲオルク「お嬢様~っ! どこにいらっしゃるのですか~っ!」
やってきたゲオルクだが、なぜかステラの前に来ても気づいていない
ステラは驚いたが、ミリアムに言われた通り口を閉じて息を殺す
そこにメイド長もやってきた
ステラ姫専属のメイドを束ねる重要な地位の人物だ
こちらもステラ達には気づかない
ステラには何が起こっているのかだんだんわかってきた
どういう仕組みかはわからないが、二人には自分とこの少女の姿が見えなくなっているのだ
外出する際、万が一のためにツヴァイから渡された魔草の袋、中身は自衛のために隠れ身の効果をもたらす隠れ草の粉末である
使うと一定範囲、ミリアムとその周辺の存在を周囲から見えなくすることができる
当初は火炎を発するような攻撃的な魔草を入れたこともあったが、粉末がなくなってしまうと終わってしまうのと、戦いに慣れているわけではないミリアムにはなるべくそういうことを避けるようにしたいというセリウスの意向もあってこれを渡されていたのだ

そこに誰もいないかのごとく二人の会話は続いている
メイド長「ひ、お嬢様は?」
ゲオルク「確かにこちらの路地に入ったと思ったんだが……」
メイド長「やはり近衛騎士団に応援を頼んだ方が……」
ゲオルク「それではひ……お嬢様がいなくなったことが公になってしまう。できるだけ穏便に……」
メイド長「そうですね。お見かけしたということは、まだ遠くには行っていないはず、探しましょう」
ゲオルク「そうですな」
メイド長とゲオルクはまだ通っていない路地の方に消えていった

追手の姿が消えたことを確認すると、ミリアムは集中を解いて場を元に戻した
落ち着いたステラはすぐに立ち上がるとミリアムに詰め寄る
ステラ「すごいわあなた。今の何? 魔法?」
ミリアム「あ、その……」
やや興奮気味のステラから質問攻めに遭ってミリアムが困った顔になる
メイルーシア「あ、ごめんなさい。名前がまだだったわね。私はメイルーシア。メイって呼んで。あなたは?」
ステラはそう名乗った。無論、都市(まち)に出たときの偽名だが、自分でつけた名前なので本当の名前より気に入っている
ミリアム「ミ、ミリアムです」
メイルーシア「ミリアムね。その帽子は施療院の看護師なの?」
ミリアム「はい。『森の滴』という……」
メイルーシア「『森の滴』!」
メイルーシアはびっくりした声で言った
メイルーシア「偶然ね。私もちょうどそこに行こうと思ってたのよ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み