第11話 そしていつも通りが始まった

文字数 2,324文字

ミナスマイラ学院では様々な分野で教官と呼ばれる教師がそれぞれの専門分野で研究の講義・発表を行っている
学生証を入手した学生は学びたい、研究したい分野についての講義を好きに勉強することができる
入学試験というものはない。学生証さえ手に入れば即入学である。時期も関係なく、春も秋もない
ゆえに学生証を受け取って講義など受けず安易に「ミナスマイラ学院生」を名乗る者も少なくはない
かといって卒業という概念も特になく、まれに一つの講義を極めた学生を教官が同じ教官として認定することがある程度だ
ツヴァイの講義も例に漏れず、学生が好きに選べるものの一つだったので、フルーラはそのまま受講生になることができた
もともと勉強熱心だったフルーラは覚えもよく、ツヴァイに質問をすることも多々あった

フルーラが学院や研究機関の集う学究都市サンタカの衛星都市、ニュークスの領主の一人娘であることもそんな中で明らかになったことである
クレイピア大陸の七大都市の間では、お互いの領地から1,2家を選んで一定期間その都市に住まわせる決まりごとがある。これを派遣貴族という
かつては戦乱に明け暮れていた七大都市が共存を決めた際、お互いの牽制を兼ねたいわば人質として行うようになった慣習の一つであるが、現在はその意味は薄れ純粋に都市国家同士の交流を深める手段になっていた

また、学院へは貴族エリアから学院に直接向かえる鉄道馬車でなく徒歩で向かうらしく……
フルーラ「おはようございます」
六日に一度、ツヴァイが学院に向かう日になると「森の滴」にやってきて、一緒に学院に行くようにもなっていた
トライス「いらっしゃい。フルーラ」
ミリアム「いらっしゃいませ。フルーラさん」
朝の掃除にいそしんでいた二人が応える
セリウスは早番でいなかったが、すっかり「森の滴」の面々とも顔見知りになっていた
最初は貴族の令嬢ということでかしこまっていたトライスも実は同年代ということもあってフルーラを名前呼びするようになっている
ミリアムは特製のナース帽で長い耳を隠しているので、フルーラはまだ彼女の素性は知らない
ミリアム「いつもこの時間ですね」
フルーラ「学院の時間があるもの。時間には正確でないと」
ミリアム「ツヴァイさんを呼んできますね」
ミリアムは奥へと消えていった
ツヴァイとの勉強のおかげでミリアムの人間語もかなり流暢になっていた
語尾が「です」「ます」なのは、やはり教えたツヴァイの影響である
ツヴァイが講義をしに登院する今日は休診日だが、ここは施療院、急患があるかもしれない(ある程度はトライスでも可能だし、万が一のときはミリアムの魔草もある)し、日々の掃除は欠かせない
フルーラ「ツヴァイ先生、今日は遅かったのかしら」
トライス「先生なんてつけなくてもいいのに」
フルーラ「そうはいかないわ。教え子ですもの」
即答した
トライス「教え子ねぇ……」
フルーラ「……なに?」
トライス「フルーラ、あなた本当にツヴァイのこと好きじゃないの?」
トライスはもう何度目になるがわからない質問をした
フルーラ「好きよ。尊敬してるわ。いい先生としてね」
フルーラももう何度目かわからない返事をした
トライス「うーん」
難しそうな顔をするトライス
ツヴァイ「無駄ですよ。私とフルーラはそんな関係じゃありません」
部屋の奥からツヴァイが現れた
ツヴァイ「お待たせしました。フルーラ、行きましょう」
フルーラ「はい先生。それじゃあ、トライス、ミリアムちゃん」
2人は施療院の出入り口からいつも通りに出て行った
トライス「ねぇ、ミリアム」
2人の姿が見えなくなってからトライスが呼びかけた
ミリアム「はい。なんでしょう?」
トライス「ミリアムはセリウスのこと好きよね?」
ミリアム「それは……はい」
少し頬を赤らめて、言葉を絞るように答えるミリアム
トライス「そうよね。普通そうなるわよねぇ」

トライス(それにしても……)
トライスは自分の胸元を見下ろした
すとんとした胸元から自分のつま先が見える
トライス(あれには勝てないわ……)
トライスは胸に手を当てるとため息をついた
敗北感で悔しそうな顔だった

ツヴァイ「しかし、いいんですか?」
いつも通りに出た二人が歩き始めてすぐ、ツヴァイが口を開いた
フルーラ「何がですか?」
ツヴァイ「何度も言いますが、ここから学院まで結構ありますよ。しかもフルーラはご自宅が貴族エリアにありますからここまで来るのにも……」
同じくらいの距離、すなわち同じだけの時間をかけている
貴族のご令嬢である。長い距離を歩かせるのはもちろん、一人で歩かせるのも危険だ
貴族ならば自前の馬車もあるだろうし、最悪料金を払って貴族エリアと学院を結ぶ鉄道馬車に乗ることもできるはずだ
フルーラ「お気になさらなくても、この都市(まち)は治安もいいですし、足には自信があるんです」
ツヴァイ「ですが……じゃあせめて帰りはお屋敷まで送らせてください」
帰りも二人で帰るのだが、「森の滴」まで帰った後、ツヴァイがフルーラの屋敷まで送っていこうとすると、あからさまに嫌な顔をされるのだ
フルーラ「お構いなく。『いつも通り』は人通りも多いですし、そう危ない目にも遭いませんから」
頑固ですね、とツヴァイは思った
フルーラと話すようになってから、ことあるごとに感じてきた印象である
こうなるとフルーラは今日の講義が終わるまでは自分の論を曲げない
そして不思議なことに講義と図書館での読書を終えて家路に着くころになると、機嫌を直したのか自分から話しかけてくるようになるのだ
講義と図書館での読書でストレスでも解消しているのだろうか
ツヴァイ(解せない人ですね……)
そう思うツヴァイは、まだフルーラへの興味が芽生えていることに気づいていなかった
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