第4話 いつも通り

文字数 2,705文字

施療院「森の滴」の前を走る大通りには「いつも通り」という名がついている
ミナスマイラ最大の通りの一つで、北町の東西をつなぐメインストリートだ
通りの中央には鉄のレールが走っており、それに乗って進む鉄道馬車が運行されている
6日に一度、ここには市が立つ
通りの端から端まで様々な屋台が立っていろいろなものが売りに出される大きな市だ
この季節、南町からは主に農産物が持ち込まれるほか、他の都市からも雑貨や鉱物、薬草などが屋台を建てて売り出される
屋台だけでなく、ところどころでは大道芸なども披露されており、歩く人々の目を楽しませてくれている

そんな「いつも通り」に「森の滴」からセリウスとトライスが出てきたのはツヴァイの調査結果を聞いた翌日の午後のことであった
すでに市は始まっており多くの人々が行き交っている
セリウス「いくらなんでも人が多い。わざわざ市のある日に出て行かなくても」
トライス「何言ってるの。善は急げよ。せっかく来たんだからこの都市(まち)の良さも知ってもらわないと。それにずっと家にいてもつまらないでしょ」
そういうと、トライスはまだ「森の滴」の中にいるミリアムに声をかけた
トライス「ミリアム、いい?」
ツヴァイ「さあ、ミリアム」
ミリアム「……うん」
ツヴァイに促され、扉からおずおずと出てくるミリアム
まだ片言だが、トライスやセリウスとも少しは会話ができるようになった。覚えの良さはツヴァイも舌を巻くほどである
同時にツヴァイも古代語の発音についてミリアムから教わっていた。人間社会で読まれている古代語の発音とは大きく異なっているらしく、ツヴァイはかなりショックを受けたと同時に、新たな知識欲を刺激されると言っていた
ミリアムはトライスの服を直して作った薄い緑のワンピースに、これもお古のやや大きいサンダルを履いていた
成長期を見越して大きめに作った子供服のように全体がややだぶついて見える
トライス「これなら、少々大きくても着れるでしょ」
そして頭には耳を隠すために麦わら帽子をかぶっていた
セリウス「これで大丈夫なのか?」
ツヴァイ「大丈夫ですよ。これも作戦のうちです」
セリウス「まぁこうなった以上は護るしかないな」

故郷にいた時とは比べ物にならないくらい多くの人を見てミリアムはやや怯えていた
数百人規模の人込みは初体験だ。それも怖い人間の群れである
そんな様子に気が付いたのか、トライスはミリアムに手を伸ばした
トライス「手、離さないでね」
ミリアムはその手を取ると首を大きく縦に振った

市でにぎわう「いつも通り」を4人で歩いていく
トライス「まぁきれいな生地ね」
布地の露店で、トライスが足を止めた
色とりどりの反物が並ぶ様子に目を輝かせる
トライス「そのうち私のお下がりじゃなくて、ミリアムに合うものも縫ってあげないとね」
ミリアム「?」
まだ難しい言葉はわからない様子で、ミリアムは首をかしげる
トライス「お・た・の・し・み」
トライスはそう言ってはぐらかした

果物の露店では、店員の方から声をかけられた
露店のおばさん「あら、トライスちゃん。今日はかわいい子を連れてるのね」
トライス「どうも。他の都市(まち)からのお客さんなの」
さらりとそういうことにする。間違ってはいないが
露店のおばさん「髪もきれいな銀色ね。ミナスマイラにようこそ」
ミリアム「……」
ミリアムはどう答えてよいのかわからず、トライスの陰に隠れてしまう
トライス「ごめんなさい。まだ子供だから人見知りなの」
露店のおばさん「まぁまぁ、驚かせちゃってごめんね。そうだ、これ持っていきなさいよ」
露店のおばさんは店の商品からみかんを一つ取るとミリアムに差し出す
トライス「ほら、ありがとうは?」
ミリアム「あり、がとう……」
ミリアムはみかんを受け取って頭を下げた

もらったみかんを剥いて、ぱくりと食べるミリアム
トライス「ところで、ミリアム。向こうの森にもみかんってあるの?」
食べなれた印象を受けたトライスが問う。ツヴァイが易しく通訳する
ミリアム「……ある。おいしい」
そう言うとミリアムは次のひと房を口に入れた

みかんを食べた後のミリアムは雰囲気に慣れたのか、市場のいろいろなものに興味津々になっていた
ミリアム「これなに?」
興味のある店に駆け寄っては、商品の名前をツヴァイに尋ねていく
物の名前を覚えるごとに、ミリアムはより積極的になり、市場のにぎやかさを楽しめるようにもなっていた
ミリアム「すごーい」
ところどころで見られる大道芸には、見入った後、拍手を送ったりもする
はしゃぐ姿は容姿相応な子供のようであった
もし帽子が取れてしまったら、今度は自分が見られる対象になってしまうことには考えが及んでいないようだ

ミナスマイラの大通りの一つが「いつも通り」と言ったが、北町には大きな通りがもう一つある。
街の東西に湖の円に沿って伸びる「いつも通り」と対照的に、都市の北門から港に南北にまっすぐに伸びる北町中央通りだ。
こちらは大陸北部から都市の北門を入った人々が、ミナスマイラ湖を渡る渡し船のある船着き場を利用するために通る、またはその逆の利用もあって「いつも通り」に負けず劣らず人通りが多い
その交差点にたどり着くと
ツヴァイ「私たちはこの先で必要なものを買うので待っていてください」
トライス「ミリアム、セリウスの言うことよく聞くのよ」
ということで、二人は交差点で待つことになった
まっすぐに伸びる中央通りの先には青いミナスマイラ湖が見える
ミリアム「みずうみ、おおきい」
その青さを見てミリアムは声を上げた
ミナスマイラ湖は元は湖ではあるが、運河の建設で東西の海から海水が入り込んでおり、真水ではない
セリウス「そうか。森林には海はなかったか」
セリウスはそんなミリアムの様子を見てひとりごちた
セリウス「いつか本当の海を見せてあげたいね」
セリウスが言っているのはミナスマイラの外にある外海のことだ
ミリアム「うみ?」
ミリアムは知らない単語に首を傾げた
船に乗せられたときはそんな余裕はなかったし、船内では窓もない船室に閉じ込められていた
海というものは見たことがないに等しい
セリウス「ここよりもっといいところだよ」
ミリアム「……? うん」
言葉の意図を知ってか知らずか、ミリアムはうなずいた

トライス「おまたせ~っ!」
トライスの声がした。買い物が終わったらしい
二人が振り返って向かおうとしたその時
セリウス「!」
誰かの気配を感じた。
すぐに人ごみにかき消されてしまうが、確かに誰かの視線を感じていた
セリウス「どうやらルーザスの計画は成功したみたいだね」
ミリアム「?」
セリウス「帰ろうか」
ミリアム「うん」
二人はツヴァイとトライスのところに戻っていった
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