第13話 祭りの後

文字数 3,830文字

 図書館フェスティバル二日目の土曜日からは、図書館の駐車場に設営したイベントステージなどで様々な催しが行われた。鳴滝町では、一昨年度からこの図書館フェスティバルを町全体の行事としているので、予算もたくさんつけてもらえて割と贅沢なイベントを実施することが出来た。

 今年は吉岡さんの発案で、動物の着ぐるみを着た5人に、前半は子供たちとゲーム等をして遊んでもらい、後半は着ぐるみの動物たちに自分と同じ動物の絵本を読んでもらうといった企画にした。
 これは土曜日、日曜日ともに大盛況で、子供たちは大喜びだった。企画した吉岡さんもとても満足げだ。

 そして、フェスティバルは最終日の日曜日を迎えた。
 昼過ぎになると、今日のメインの大城さんもタクシーで到着して、控室で特別に取り寄せた弁当を食べていた。

 僕は、図書館の階段を下りて、事務室の隣に仮に設けた大城さんの控室に向かった。
「お食事中にすいません、長谷川です」
 僕は、扉の前で少し緊張しながら言った。
「おう、洋介か。入ってこいよ」
 扉の向こうから、懐かしい大城さんの声が聞こえる。
 そして、僕は扉をゆっくりと開けて中に入った。
「大城先輩、ご無沙汰です」
「元気だったか、洋介」
 大城さんは、そう言って右手を前に出したので握手をした。その様子を見て、僕は相変わらずカッコよくて快活な人だなと思った。
「今回のイベントの責任者らしいな、お前。偉くなって」
「何言ってんですか、大城さんに比べたら。僕なんて、ただの町の職員ですよ」
「それが、一番安定してていいんだよ。――あっ、それで、今日の予定か」

「はい、それで……」
 そして、僕は大城さんに今日のフィナーレまでの流れを説明した。
「うん、了解。あっ、一応マイク2つ出しといて。それと……客をステージに上げるかも知れないからそのつもりで」 
 大城さんはやはりこういう場に慣れていて、指示もテキパキとしていた。
「はい、分かりました。では、お願いします」
「あ……っ、洋介。そう言えば」
 僕が控室の扉を開けて外に出ようとした瞬間、何かを思い出したように大城さんは言った。
「はい?」
 僕は、扉の取っ手を握ったまま振り返った。
「いや、……いい。ごめん、じゃあよろしくな」
 大城さんは、微笑みながら右手を振って、また弁当を食べ始めた。
「では、失礼します」

 そして、イベントは順調に進み、大城さんの本の朗読とミニコンサートの時間となった。今回のメインイベントという事で、大勢の聴衆の後ろには三船町長や間野部長が後ろの特別席に座っている。間野部長の後ろには京子さんもいた。僕は彼女と偶然に目があったので軽く頭を下げると、微笑んでくれた。

「最近のテレビを見ていても、アニメの声優から番組のナレーションまで、彼の声を聞かない日がないくらいだよね」
 大城さんのイベントの前に、紙芝居の大仕事を終えた田中副館長が、おばけの恰好をしたまま充実した顔で僕の隣に立っていた。
「そうですね」
「なんだっけ? 最近映画でやってたサッカー少年の漫画の主人公やってたよね」
「マドリードボーイでしたかね」
「そうだそうだ、浦和が舞台の……」
「そうです」

 僕はこの時、大城さんの話を聞きたかったので、話しかけてくる田中副館長を少し鬱陶しく感じていた。
「ファンもたくさん来てるけど、問題ないようだ。さすがだね、長谷川君」
「いえ……」
 今日はこの為に、警備会社の警備員を通常より多めに頼んでおいたので、大きなトラブルもなく、大城さんのイベントは終了した。

 三船町長のフィナーレの挨拶も終わり、続々と参加者が帰っていくのを見送っていると、吉田館長が僕の所にやってきた。
「長谷川君、三船町長が大城さんをお見送りしたいって言ってるから、控室まで彼を迎えに行ってくれる?」
「はい、分かりました」
 僕は、帰り支度で控室に戻っている大城さんを迎えに行く為図書館に戻ると、ちょうど京子さんが地下1階への階段を下りていく所だった。

『あれ? 京子さんどうしたんだろう?』

 僕が不思議に思いながら階段を下りると、彼女は大城さんの控室の扉を閉める所だった。僕は胸騒ぎしながら扉の前に立つと、部屋の中から声が聞こえてきた。
「京子ちゃん、ごめんね、わざわざ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「うん、それで……考えといてくれた? 俺との事」

『え……っ?』 

「……」

「どう?」
「ごめんなさい、大城さん。私……、ずっと想っている人がいるんです」
「え……っ」
 少しの沈黙があった。
「あっ、そうか。俺、ふられちゃったか」
 大城さんの笑い声が聞こえた。
「ごめんなさい」
「いいよ、いいよ。それにしても、いつまでも君に片思いをさせとくなんて、ひどい奴だな」
「すいません」
「……さてと、じゃあ東京に戻るよ。今日はこれから仕事なんだ、頑張ってね。京子ちゃん」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあね」

 僕は慌てて、事務室の中に入り物陰に隠れた。そして、京子さんが階段を上がっていくのを見届けると、少し間をおいてから大城さんのいる控室の扉をノックした。
「はい、どうぞ」
 いつもと変わらない大城さんの声が聞こえたので、僕はゆっくりと扉を開けた。
「すいません、大城さん。町長がお待ちですので、そろそろ」
「おう、洋介か。うん、じゃあ帰るかな」

 大城さんは、何事もなかったかのように振る舞っている。僕は、内心ほっとした気持ちを隠しながら彼に接した。
「今回は色々とありがとうございました。お陰様で盛況に終わりました」
「今回は俺、町長のお友達って事だからな、今まで会ったこともない奴なのにな」

 大城さんは、小声でそう言いながら僕を見たが、僕はこの瞬間、彼を直視出来なかった。
 すると……

「あ……っ、そうか! そう言う事か」

 彼は僕の様子を見て思い付いたようにそう言うと、もう一度僕を見た。そして、笑いながら僕の胸を指でトンっと突いて言った。
「お前、いい加減にしろよ」
「どうしたんですか?」
「いや、悔しいから教えてやんない」
 大城さんは、拗ねたようにそう言うと、自分の鞄を抱えて部屋を出て階段を上がっていった。

 そして、図書館を出た時、大城さんは横目で僕を見て言った。

「彼女はモテるからな。早くしないと今度来た時は力づくで持ってくぞ」

「……はい、すいません。分かりました」

 僕が真剣な眼差しでそう答えると、彼は笑って僕の肩を優しく叩いて小さく頷いた。
 そして、三船町長と話し始めたので、僕はお辞儀をしてその場を離れた。

 
 そして、図書館フェスティバルは無事に3日間の予定を全て終えた。明日からは平常に戻さなければいけないので、レンタルしていた物の業者さんへの返却や駐車場のステージの解体撤去など、みんな大急ぎで作業を始めている。

 僕は指示を出しながら今回のイベントをした場所の見回りをしていると、京子さんと桃山保育園のもう一人の保育士さんが、今回のイベントで使った物を箱に詰めている所だった。
「あれ? 京子さん。どうしたの?」
「うん、今回うちの園児たちもお世話になったから」
「気にしなくて、いいのに」
 僕はそう言いながら、先ほどの大城さんと京子さんのやり取りが頭に浮かんでいた。

「京子さん、あの……」

 ――その時、僕のスマホが鳴った。
「はい、あっ、じゃあ今から行きます」
「レンタル業者さんが来たらしいから行くね。京子さん、あんまり無理しなくていいから。あ……っ、それと、この後の打ち上げ二人分空けとくから来てね」
「うん、ありがとう」
 京子さんは笑顔で応え、僕はその場を離れた。

 そして、イベントの後片づけが終わると、役場近くの打ち上げ会場になっている料理屋に向って関係者は歩き出していた。既に20時なので1時間くらいのささやかなものである。

 僕はこの時、責任者として最後の見回りをしていた。図書館の消灯をしてから外に出ると人影が見えた。それは……京子さんだった。
「どうしたの? 打ち上げに行かないの?」
「う……、うん」
 京子さんは、俯いたままだった。
「今日は、片付けまで手伝ってくれてありがとう」

「――ねえ、長谷川君……」
「うっ、うん」
 この時、僕は彼女の普段との様子の違いに気づいた。

「私たち、知り合ってからもう長いね……」
 彼女は、そう言うと顔を上げた。
「そうだね」

「高校の図書室で話していたお互いの夢って覚えてる?」
「覚えてるよ」

「二人とも、実現したね」
 この時、少し微笑みながら京子さんは言った。
「本当だね」
 僕もそう言って微笑んだ。

「でもね、実は私のもう一つの大切な夢は、まだ叶えられてないんだよ」

「――ちょっと待って、京子さん」
 その瞬間、僕は右手を前に出して彼女の言葉を止めた。

「ん?」
 彼女は、不思議そうな顔をして僕を見た。

「その先は、俺が言うよ」
 僕はそう言うと、京子さんを見つめた。

「え……っ?」
 そして、僕は少し心を落ち着けてから、彼女を真っ直ぐに見つめて言葉を発した。

「高校生の頃から、ずっと君が好きだった」

 京子さんは、僕を無言で見つめていた。

「俺……ずっと弱くて、今まで君に告白できなかったんだ。ごめん」

「……いいよ」
 彼女は首を小さく左右に振ると、優しく微笑んだ。

「私も、ずっと長谷川君が好きだった。だから、もう待つのは止めようと思ったの」

「ごめん、待たせて」


 図書館の外灯が照らしているだけの薄暗い駐車場で、僕が京子さんを抱きしめると、彼女も僕の腰に優しく手を回してくれた。
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