第2話 司書として

文字数 2,746文字

 図書館が開館すると、僕は地下1階にある事務室に戻って、自分の事務机でお茶を飲みながら昨日からの引き継ぎノートを見るのが習慣になっている。
 そうして9時になると、業務が始まった鳴滝町役場の生涯学習部等から、館長や副館長への電話が掛かってくる。どこの組織でも書類を出せ、報告しろといった事が、朝早くから起こるものだ。

 今日も僕が事務机に座っていると、役場の専用回線から電話が入った。
「はい、図書館の長谷川です」
「間野だけど、今日は吉田さんいる?」
「いえ、館長は今日遅番なので、11時からです」
「そうか、じゃあ……田中さんは?」
「あっ、はい。いますので代わります」

 僕は電話を保留にして、隣の作業室にいる田中副館長を少し大きな声で呼んだ。
「田中副館長、間野部長から」
「はい、はい」
 彼は新聞の整理をしている手を止めて小走りで事務室に入ってくると、自分の机の電話に出る。
「はい、田中です」
 そういえば、今日使う紙芝居舞台の扉、壊れてたな――僕は事務室のスチールのキャビネットから工具セットを取りだすと、閉架書庫の奥にある物置場から紙芝居舞台を持ってきた。

 壊れている場所を直そうと確認していると、電話を終えた田中副館長が僕を呼んだので、作業室から顔を出した。
「はい、何です?」
「昨日また、最新号の雑誌が盗まれたんだって?」
「そう言えば、昨日の引き継ぎノートに書いてありましたね」
「間野部長が、入口の所に盗難防止用のゲートを買ったらどうだってさ。こないだ視察で行った、横浜の図書館にもあったらしくてさ」
「でも……、ゲートを買うだけじゃすまないですよ。本に磁気テープを貼ったりしなくちゃいけないから結構大変。まあ、一応業者さんから見積もりとりますかね」
「うん、よろしく」
 そう言うと、田中副館長は奥にある薄暗い閉架書庫にいそいそと入っていった。
 
「よし、これで紙芝居舞台は直ったな」
 僕は直した紙芝居舞台を事務室の脇に置くと、ちょうど電話が鳴った。
「はい、図書館の長谷川です」
「大村小学校の吉井です」
「あっ、どうもおはようございます」
「今からメールするので、本を探しといてもらいたいんですけど」
「ええ、いいですよ」
「あるのだけでも今日の夕方取りにいくので、お願いできます?」
「あ……っ、後で学校の図書室回るので、その時でよければ持っていきますよ」
「あー、そりゃ助かる。じゃあ、お願いします」

 現在、鳴滝町には5校の小学校に2校の中学校がある。各学校には図書室があり、それに5館ある公民館の図書室も含めて、本の管理を町立図書館でしている為、こういった依頼は毎日のように入ってくる。

 11時前になると、遅番の吉田館長と横田主任、そして吉岡さんが出勤してくる。そうすると図書館の人手が増えるので、僕は車で各地の図書室の見回りに出掛ける。

 僕は、開架書架にある頼まれた本を探しだすと、図書館システムで貸出処理を済ませてルート貸出用の鞄に入れた。そして、事務室で声をかけ、業務用車の駐車場に止めてある白いバンに乗り込み、朝買っておいた無糖の缶コーヒーを一口飲んでから、町内にある図書室を回り始める。

 僕は子供の頃から本を読む事が大好きで、学校が終わると毎日のように鳴滝町立図書館に来て色々な本を読んでいた。そのうち、自然と本に関わる仕事に就くのが夢になり、司書講習のある大学を卒業して司書資格を所得した。

 大学を卒業して就職活動をしていた時、たまたま鳴滝町の図書館の司書募集をホームページで見つけた。僕が鳴滝町の職員面接の際に、司書資格を持っている事をその時の役場の人事担当者に伝えると、職員として採用された後に図書館司書として町立図書館へ配属された。

 司書というのは国家資格であり、図書館や図書室で読んでもらう書籍資料の選定や管理をしたり、時には利用者の目的に応じた資料の提案などをする幅広い本の知識を必要とする専門職の事である。
 僕の考える図書館司書としての役割は、本を通じて鳴滝町の人々と交流をし、本の良さを広めていくことだと思っているし、そこにやりがいを感じて勤めている。

 大村小学校の吉井先生に頼まれていた本を渡し終わり、最後に大村小学校の隣にある大村公民館に立ち寄った。少し古くなった大村公民館は、空調の効きも悪く梅雨に入った今の時期、少しジメジメした蒸し暑さを感じた。
 この大村公民館は、今ちょうど隣の駐車場のあった場所に新大村公民館を新築中で、来月には完成する予定であった。建物の中の図書室も来月から移転が始まるので、その移転作業の責任者でもある僕は、準備を進めているところだった。

 公民館の図書室には図書館の職員は常勤していないので、公民館の職員が兼務している。僕は移転全体の責任者でもある神田館長を訪ねた。
「近藤さん、こんにちは。館長いますか?」
「あ……っ、長谷川さん」
 カウンターの近くにいた近藤さんに声をかけると、彼女は「中にいますよ」と言った。

 そして、僕はいつものように事務室の奥へと歩いていき、開いた扉から中をのぞくと、書類に目を通している神田館長に声をかけた。彼は僕の家の隣に住んでいるので昔からの顔見知りだ。

「おー、洋介君。そこ座れ」
 彼は僕に気づくと、書類から手を離してソファーを指差した。そして、近くにいた職員にお茶を頼んだ。
「家具と什器の入札は終わりましたか?」
「うん、業者は決まったよ。頑張ってくれたから安くなったわ」
 神田館長は、嬉しそうにそう言って笑った。
「じゃあ、図書室の本買えますかね……」
 僕が窺うようにそう言うと、神田館長は一瞬真面目な顔になったが、すぐに笑みを浮かべた。
「それは図書館の予算だろう? 公民館は関係ないぞ」

 そして、職員がテーブルの上にお茶の入ったカップを2つ置くと、神田館長はお礼を言ってから、指で僕にカップを勧めて、自分のお茶を一口飲んだ。
「でも、今回図書室の家具は相当良いものを入れたからな。それで勘弁しろよ」
「そうですね、綺麗な図書室になって利用者が増えると良いな」
「そうだな。特にここは隣に小学校も中学校もあるんだから、もう少し子供の利用者を増やさないとな」
「その為に、今回は小中学生向けの本を増やしますから――あっ、そろそろ行かなきゃ。じゃあ、来週の移転の打ち合わせにまた来ますので、その時はお願いします」
 僕はそう言うと、残ったカップのお茶を一気に飲んだ。
「おっ、分かった。来週よろしくな」
 そして、僕は神田館長に軽くお辞儀をして、大村公民館を出た。

 今回の大村公民館図書室の移転は、僕にとっても初めての経験なので、とてもやる気になっている。もうすっかり外観が出来上がっている新大村公民館を見ながら、僕は図書館へと車を走らせた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み