第31話 新図書館建設準備室
文字数 2,259文字
2017年4月1日、鳴滝町役場でも新年度が始まった。今朝行われた年度始めの三船町長の挨拶では、大々的に新図書館計画について発表され、それに合わせて組織も再編された。
生涯学習部では吉田部長が退任し、新たに総務部から森下部長が着任した。そして、生涯学習部から独立した新図書館建設準備室長には加藤館長が兼務となり、政策推進室の稲生部長と合わせ、今の鳴滝町役場の実力者であるこの三人が、新図書館計画に携わる事になった。これで、いよいよ鳴滝町の新図書館に向けた体制が整ったことになる。
新図書館建設準備室は、鳴滝町役場の中に設置され、そこに新たに建築課や児童福祉課などからいろいろな知識を持った4名の職員が集められた。
そして、加藤室長が議会対策などで役場にいる事が多くなる為、図書館では僕が館長代理という事になった。後に聞いた話だと、これには加藤室長からの強い推薦があったらしい。
鳴滝町役場での打ち合わせも終わり、僕が図書館の事務室へ戻ってくると、ライブネットの園部さんは事務仕事をしていた。
「それにしても、館長代理なんてすごい出世ですね」
「いや、仮みたいなもんだよ。管理職でも無いしね」
「主査って管理職じゃないんですか?」
「一般的には係長かな。その上の主幹が管理職の課長だったはず」
「なるほど……。あっ、そういえば、長谷川館長代理」
「普段の会話の時は、今まで通りでいいよ。館長代理なんて呼び難いでしょ」
「確かに、長谷川さんは名字も4文字ですから、ちょっと長いですしね」
「うん、そうでしょ」
そう言うと、僕と園部さんは顔を合わせて笑った。
「そういえば、こないだ話してた神奈川県大和市の『シリウス』に行ってきましたよ」
「へえ……、でっ、どうだった?」
「やっぱ噂通りの大きな図書館でした。児童コーナーの近くに屋内の子供広場があったりして、うちの子供も大喜びで遊んでいました」
「もう娯楽施設だね」
「あそこに知り合いの司書がいるので聞いたんですけど、子供広場は、子育て支援施設の位置付けで、保育士もいるんですよ。図書館は文部科学省ですけど、子育て支援は厚生労働省。だからお金の出所も違うみたいですね」
「日本のような縦割り行政で、良くそんな事できたね」
「そうですね。それにスタバがあって、そこで買ったコーヒーは館内どこでも飲めるんですよ」
「やっぱりどんどん変わっていくんだね。僕も考え方を改めないとね」
その日の晩、僕が閉館前の図書館の見回りをしていると、玄関から外に出たところで女性に声をかけられた。
「長谷川さん」
「あ……っ、吉岡さん。こないだの図書館フェスティバルではありがとう」
「いや、私は何もしてないよ。横田さんは頑張ったけどね」
「うん、横田さんには本当にお世話になったよ。それにしても、吉岡さんスーツ似合ってるね。前に田中さんも言ってたけど」
「えへっ、そうでしょ」
「そういえば、東京に住んでるんだってね」
「うん、文京区。会社まで歩いていけるのよ」
「へえ……。で、こっちにはたまに帰ってきてるの?」
僕は何気なく、横田さんの事を意識して吉岡さんに訊いた。
「いや、ほとんど帰ってきてないよ。横田さんが来てくれるの」
「あっ、そうなんだ。なんか、横田さんっぽくないね」
僕が笑みを浮かべながらそう言うと「確かに、そんなマメに見えないね」と言って吉岡さんも笑った。
「――で、今日はどうしたの?」
「うん、今日は仕事で来たの」
「そっか、この辺でも仕事あるんだね」
「うん、ここ」
「ここ?」
「この図書館よ。ちょっと仕事終わってから時間無い? 少しの時間だけでいいの」
「うん、いいよ」
そして、僕は図書館が閉館してから、吉岡さんと役場の裏にある喫茶店モンロで会う約束をした。
「待たせたね、ごめんね」
「ううん、いいよ。今日は実家泊まるから時間はあるの」
「そっか」
僕は、顔馴染みのモンロの店主にホットの紅茶を頼んだ。
「館長代理になったんだってね。すごいね」
「いや、吉岡さんがいた頃と違って、鳴滝町の職員二人しかいないし、クレームとか問題起きた時の対処要員だから」
「まあ……そうだね。図書館は大なり小なりクレームも多いしね」
「うん、それで仕事は順調?」
「本当はどこかの図書館で司書をやりたいけど、ずっと営業をやらされてるの」
そう話す彼女の表情からは、少し不満げな様子が伝わってきた。
「そっか、まあ吉岡さんは営業出来そうだもんね」
「ふふ、ありがと。まあこれはこれで、やりがい感じてるけどね」
「それなら良かった」
「――あっ、そう、それでね、今日来たのは鳴滝町の新図書館計画についてなの」
「うん」
「町長の発表を新聞でも読んだけど、いよいよだね」
「うん、そうだね」
「まぁ、だから私もこのエリアの担当になっちゃった訳だけどね」
「そっか……」
僕はこの時、民間の会社では当然のことだろうなと思った。
「これから、ちょくちょく顔出すからよろしくね」
「図書館では何も決められないから、役場に行ったほうがいいよ。準備室あっちだから」
もう僕の立場から、いくら吉岡さんでも情報を教える事は出来ない。
「そうね」
そうして、この日は吉岡さんが図書館にいたころの昔話で盛り上がった。
図書館の新築計画は、鳴滝町の人々の中でも期待する声は多い。ただ、最近の他の地域の図書館計画では、いろんな意見が出てまとまらなくなる事も多いらしい。図書館の立地を決めるだけで数年を要してしまう市町村もあるくらいだと聞く。
そしてこれから、僕もこの図書館計画に深く関わっていく事になる。
生涯学習部では吉田部長が退任し、新たに総務部から森下部長が着任した。そして、生涯学習部から独立した新図書館建設準備室長には加藤館長が兼務となり、政策推進室の稲生部長と合わせ、今の鳴滝町役場の実力者であるこの三人が、新図書館計画に携わる事になった。これで、いよいよ鳴滝町の新図書館に向けた体制が整ったことになる。
新図書館建設準備室は、鳴滝町役場の中に設置され、そこに新たに建築課や児童福祉課などからいろいろな知識を持った4名の職員が集められた。
そして、加藤室長が議会対策などで役場にいる事が多くなる為、図書館では僕が館長代理という事になった。後に聞いた話だと、これには加藤室長からの強い推薦があったらしい。
鳴滝町役場での打ち合わせも終わり、僕が図書館の事務室へ戻ってくると、ライブネットの園部さんは事務仕事をしていた。
「それにしても、館長代理なんてすごい出世ですね」
「いや、仮みたいなもんだよ。管理職でも無いしね」
「主査って管理職じゃないんですか?」
「一般的には係長かな。その上の主幹が管理職の課長だったはず」
「なるほど……。あっ、そういえば、長谷川館長代理」
「普段の会話の時は、今まで通りでいいよ。館長代理なんて呼び難いでしょ」
「確かに、長谷川さんは名字も4文字ですから、ちょっと長いですしね」
「うん、そうでしょ」
そう言うと、僕と園部さんは顔を合わせて笑った。
「そういえば、こないだ話してた神奈川県大和市の『シリウス』に行ってきましたよ」
「へえ……、でっ、どうだった?」
「やっぱ噂通りの大きな図書館でした。児童コーナーの近くに屋内の子供広場があったりして、うちの子供も大喜びで遊んでいました」
「もう娯楽施設だね」
「あそこに知り合いの司書がいるので聞いたんですけど、子供広場は、子育て支援施設の位置付けで、保育士もいるんですよ。図書館は文部科学省ですけど、子育て支援は厚生労働省。だからお金の出所も違うみたいですね」
「日本のような縦割り行政で、良くそんな事できたね」
「そうですね。それにスタバがあって、そこで買ったコーヒーは館内どこでも飲めるんですよ」
「やっぱりどんどん変わっていくんだね。僕も考え方を改めないとね」
その日の晩、僕が閉館前の図書館の見回りをしていると、玄関から外に出たところで女性に声をかけられた。
「長谷川さん」
「あ……っ、吉岡さん。こないだの図書館フェスティバルではありがとう」
「いや、私は何もしてないよ。横田さんは頑張ったけどね」
「うん、横田さんには本当にお世話になったよ。それにしても、吉岡さんスーツ似合ってるね。前に田中さんも言ってたけど」
「えへっ、そうでしょ」
「そういえば、東京に住んでるんだってね」
「うん、文京区。会社まで歩いていけるのよ」
「へえ……。で、こっちにはたまに帰ってきてるの?」
僕は何気なく、横田さんの事を意識して吉岡さんに訊いた。
「いや、ほとんど帰ってきてないよ。横田さんが来てくれるの」
「あっ、そうなんだ。なんか、横田さんっぽくないね」
僕が笑みを浮かべながらそう言うと「確かに、そんなマメに見えないね」と言って吉岡さんも笑った。
「――で、今日はどうしたの?」
「うん、今日は仕事で来たの」
「そっか、この辺でも仕事あるんだね」
「うん、ここ」
「ここ?」
「この図書館よ。ちょっと仕事終わってから時間無い? 少しの時間だけでいいの」
「うん、いいよ」
そして、僕は図書館が閉館してから、吉岡さんと役場の裏にある喫茶店モンロで会う約束をした。
「待たせたね、ごめんね」
「ううん、いいよ。今日は実家泊まるから時間はあるの」
「そっか」
僕は、顔馴染みのモンロの店主にホットの紅茶を頼んだ。
「館長代理になったんだってね。すごいね」
「いや、吉岡さんがいた頃と違って、鳴滝町の職員二人しかいないし、クレームとか問題起きた時の対処要員だから」
「まあ……そうだね。図書館は大なり小なりクレームも多いしね」
「うん、それで仕事は順調?」
「本当はどこかの図書館で司書をやりたいけど、ずっと営業をやらされてるの」
そう話す彼女の表情からは、少し不満げな様子が伝わってきた。
「そっか、まあ吉岡さんは営業出来そうだもんね」
「ふふ、ありがと。まあこれはこれで、やりがい感じてるけどね」
「それなら良かった」
「――あっ、そう、それでね、今日来たのは鳴滝町の新図書館計画についてなの」
「うん」
「町長の発表を新聞でも読んだけど、いよいよだね」
「うん、そうだね」
「まぁ、だから私もこのエリアの担当になっちゃった訳だけどね」
「そっか……」
僕はこの時、民間の会社では当然のことだろうなと思った。
「これから、ちょくちょく顔出すからよろしくね」
「図書館では何も決められないから、役場に行ったほうがいいよ。準備室あっちだから」
もう僕の立場から、いくら吉岡さんでも情報を教える事は出来ない。
「そうね」
そうして、この日は吉岡さんが図書館にいたころの昔話で盛り上がった。
図書館の新築計画は、鳴滝町の人々の中でも期待する声は多い。ただ、最近の他の地域の図書館計画では、いろんな意見が出てまとまらなくなる事も多いらしい。図書館の立地を決めるだけで数年を要してしまう市町村もあるくらいだと聞く。
そしてこれから、僕もこの図書館計画に深く関わっていく事になる。